36話 お仕置き開始
ふと気が付くと、自分は100メートル走のトラックで、スタートの構えを取っていた。
いったい誰と競争するのかと疑問に思って横を見れば、そこには後ろに引いて手を放すだけで走り出すおもちゃの車がある。サイズは少し大きかったけれど、おもちゃはおもちゃだ。
「用意」
どこからともなく響く声にハッとして前方を見れば、隣のおもちゃの車はきゅるきゅるとスタートよりも後ろへと下がっていく。
ハンデのつもりだとしたら失礼な話だ。いくら年を取ったからと言っておもちゃに負けるような女ではありません。
普通ならおもちゃと張り合うことを疑問に思うのだが、そんなことも考えず気合を入れて前を見据えた。
「スタート!」
ヒールの靴を履いた足がスタートの線を越え、一歩地面に着いた時、その足は小さな白い脚に変わり、ちょっとたるんできたかな~?と気にしていた体は、引き締まってはいるものの、ぽってりとせり出したお腹を持ち、つるりとした滑らかな鱗に覆われる。
背中には翼。これを必死にパタパタ動かし、前へ前へ。
ゴールまであと一歩。
やっ…
ぎゅううぅううんっ
足がゴールの白線を踏む前に、隣車が駆け抜けていきました…。
______
「チョロ丸に負けたっ…」
飛び起きて、朝からガクリと床に手をつきます。と、ついた手の下は、床ではありませんでした。
おや?と周りを確認すれば、薄い紗幕のかかった向こう側に見える部屋の中は、見知らぬ部屋なれど、精緻な模様のタペストリー、金のゴブレット、透かし彫りの入ったマホガニーのテーブルなど、高級家具や道具を見るに、グレンの部屋ではないけれど、城の一室であると知れます。
私がいるのはベッドの上ですね。薄い紗幕は天蓋のカーテンです。
確か、ギルドで眠りについたかと思ったのですが。
てんてんてんと、視線が目に入ったベッドの上の腕に行きます。
無駄なく引き締まった腕をたどれば、肩、首と続いて、引き締まった胸、整った顔立ちにたどり着きました。
こういう展開はそうじゃないかとは思いましたけどね。
思った通り、ウィルシスが隣に半裸で寝てました。
乙女としましては、ここで「やだっ、私昨日はどうしたのっ? 記憶がないわっ」というべきでしょうか、それとも、大人の女性としては「アタシ・・やっちゃったか~?」と落ち込むべきでしょうか。
まぁ、どちらも古竜の姿には似合わないセリフなので次回にいたしましょう。
「ウィルシ~ス。起きてくださ~い。説明求むですよ~」
ぺしぺしと腕を叩けば、嫌そうに逃げられます。
説明求むといっても、きっと、ギルドからそのまま運んで一緒に寝たんだ、というところでしょう。それをグレンママが許したのが不思議なところですが、昨日はウィルシスも大活躍だったと思い、ご褒美を上げたということで納得することにしました。
きっと疲れているのでそのままにしておきますかね。
起こすのをあきらめてよっこいしょっと立ち上がり、フカフカベッドの上をよたよたと端へ向かい。
むんずっ
あぁ、またこの感触。
顔だけ背後に向ければ、私の尻尾はウィルシスにつかまれておりました。
「おはようリア」
「おはようございますウィルシスさん」
いやですね、無駄に色気を振りまかないでほしいのですよ。なんで人の尻尾にキスするんですか。でもって尻尾は引っ張らないでほしいのですがっっ。
無言で見つめあい、静かな攻防を広げたが、まぁ、筋力のない古竜です、すぐにウィルシスに引き寄せられ、頭のてっぺんに頬をすりすりされました。
しばらくは放っておいたのですが、放っておくと撫でまわされるわ、舐めようとするわの傍若無人ぶりを発揮されたので、綺麗なお顔にべしりと片足を乗せて反撃。行動を阻止した後、ふんっと胸を張って怒りを表現しておきます。
すると、返されたのは嬉しそうなくすくすという笑い声。もう、この人は何が楽しいのかよくわかりません。
「覚えてないの、リア?」
ニコリというより、にたりと言った方がよさそうな笑顔で、酒による情事の後の男女の会話、見たいな言葉を吐かないでほしいのですが…。
「覚えてませんよ。ギルドで寝たところまでしか」
「ひどいなぁ。あんなに(僕が)楽しかったのに」
「帰りに何があったかは知りませんが、私は寝てました」
「リアはちゃあんと応えたよ。城に帰ったらって。だから同意だよね?」
嫌がらせですね。これはいつもの嫌がらせですね。ここで慌てて何か言うと言質を取られます。言葉は慎重に選んで、うまくかわさねばどんな目に合うか…。
しばし睨みあい、次の言葉を考えます。まず、ギルドの帰りの話など記憶にはないのでこれは無効を主張すべきです。ですが、何が無効かにもよります。これが、もし自分に条件がいいことの方が無効ですと、それを主張したとき罠にかかります。ですので、まずは内容を聞き出すべきですが、目の前のタヌキは一筋縄ではいかない雰囲気を醸し出していますね。
うむむむむ~と唸っていると、ウィルシスはぶはっと吹き出しました。
「あはははははっ。考えすぎ、リア。ほんとに覚えてないの? 昨日帰りに、お仕置きするからねって言ったら、城に帰ってからって言ったの」
「言ってません! お仕置きは同意してません!」
「残念。騎士団の皆が証人」
私の否定をものともせず、今度はニコリとほほ笑んだウィルシスは、私を腕の中に閉じ込め、シーツでぐるぐる巻きにして動けないようにすると、チュッと額にキスしてきました。
「さ、お仕置きの始まりだね」
「キュアアアアァァァア~!(そんなばかな!)」
シーツにくるまれた私は、人の手足を持つ4歳くらいの子供に姿を変えておりました。
人型にて、お仕置きデイ開始のようです…。
あれ? リーリア高校生くらいじゃないの?とお思いの方へ。
あれはウィルシスがちょっといじってしまった幻です。正確に人型にするとまだ子供なのです。




