35話 夜が明けました
「そんなものどこで拾ってきた?」
グレンがワカメを指さして尋ねます。その表情はひたすら驚きで、私としてはこれが瀕死な二人の冒険者に与えられるのかどうかを知りたいのですが、説明しなくてはいけないでしょうかね?
「いや、初めて見ましたな」
医者は、ほとんど白髪の髪をオールバックにして後ろで縛った、顎髭の長い仙人のような風体のご老体です。そんな彼が顎髭を何度か撫でながら感心したように頷きます。
「「別名:死ねず草」」
グレンと医者の声が重なりました。
私は手に持つワカメをデロンと開いて摘み、まじまじと見つめます。
紫色のワカメです。これが死ねず草なんて妙ちきりんな名前がついているとはクロちゃんも教えてくれませんでした。クロちゃんは、飲んでも毒消し、塗っても毒消し、毒と共に混ぜればあらゆる毒を中和する万能毒消しと怪しいキャッチフレーズで商売する薬屋さんのようなことを言ってました。
「預けてもらえるかの。わしの爺さんの爺さんの、まぁ、大昔の大戦時に活躍した草での、あまりのまずさにあの世に行きかけた意識も戻ってくるらしくての、これを飲むと死にたくても死ねないことから死ねず草と付いたんじゃ」
最強の劇薬だったようです。ですが、そんな蘇り草らしき草ならばあらゆる人が持っていてもよさそうなものですし、現在の冒険者たちが毒みたいなものだと訴えるのは腑に落ちません。
「どうして皆これを毒だっていうんですか?」
くるりと顔をグレンに向けると、それに気が付いたグレンが苦笑を浮かべました。
「大戦時にほとんど採り尽くしたんだよ。だから効能を知ってる奴の方が珍しい。これは爆発的に増える草だったが、敵も味方も増やす暇もなく採り尽くして食べてしまって、もう大陸にはないものだと思ってた。どこかで増えてたんだなぁ」
感慨深げに返されました。無いと思っていたものをふとした瞬間に見つけるとなんだか懐かしかったり、古い友人に会ったかのような切ない気分になるものですが、見た目がグロテスクなこれを採り尽くして食べたという大戦の方が気になります。
「大戦って」
尋ねようとしたその横で、医者がスプーンの先に付いたワカメの汁を一滴、口を開けさせた患者の口に直接垂らしました。
なんということをっっ!!
私の視線に気が付いたグレンも驚愕に目が開いてしまっています。
「おじいちゃん!それは原液だとっ!」
素早い動きはもう一滴をすでにもう一人の口の中へ。そして
「「う、ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!!!!!!!!!!!」」
うん、そうですよね。私が気にしたのはこれだったんですけどね。
二人の患者はカッと目を開き、凄まじい悲鳴を上げて喉を抑えた後、ガクッと事切れたように気を失いました。
ショック死…してませんよね?
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とりあえず、あまりの苦さに意識を無くしていた人は目が覚め、かろうじて受け答えできていた人の方は、とりあえずずっと水を飲み続けています。お腹こわしますよ?
医者は耳をつんざくような悲鳴を聞いた後、驚きのあまり倒れてしまい、こちらの方が危険じゃないかとあたふたしました。今は眠っているようですね。イビキかいてます。
私達はといえば、ギルドの受付アルバイト、キールの用意してくれたお茶を飲んで優雅にギルドメンバーを待っています。たぶんそう時間はかからないとグレンが言っていた通り、お茶を一杯飲み終える頃には、ところどころ負傷した冒険者達が戻ってき始めました。
ギルドというのは、こういう不足時には場所を開放して寝泊りもできるようになっているのだそうです。この喫茶店のようなスペースはそれほど大きくないので、雑魚寝で20人ぐらいしか入れませんが、この建物の裏にギルド専用の集会場があるので、そちらに皆寝泊りするようですね。
トイレ、シャワールームの完備された200人は収容できる施設だそうで、軽傷の人達はさっさとそちらへ向かい、そうでない人達は医者を起こして手当てしてもらっていました。
「お、お前ら助かったのか~」
戻ってきた人達が、ぴくぴくしている元重症者と、水でお腹をたぽんたぽんにした男を見て笑います。その中の一人は、二人が駆け込んできたときパフェを食べていたおじさんでした。
「おかげさまで。今は別の意味で死にそう…」
「そっちは生きてんのか? ぴくぴくしてるが、それはやべぇ症状じゃねぇのか?」
「あぁ、あれ…。あれは水を飲む体力がないせいで今も戦ってるんだよ」
ふ、と悟りきったような表情に、冒険者達は皆首を傾げ傾げ、何があったとばかりに視線を向けてきたので、仕方なくあのワカメを見せれば、皆その顔は引きつりました。
「お前らも塗られたのか…」
彼らは、切り傷でも怪我をしていれば毒の危険を回避するためにあれの汁を塗ったようで、同じ経験をしたのかとばかりに同情的な目をします。が、二人は違います。
「二人はですね、目が飛び出すほど苦い原液を飲みました。2・3日は毒を飲んでも平気ですよ」
「のんだぁ? 毒だと噂のあの草をか?」
「いえ、草を食べると量によっては死に至るので危険です。一滴汁を飲んだのですよ」
「へぇ、飲めるのか?」
皆が「あ」と思った時にはパフェおじさんはワカメを指先で潰し、ぺろりと舐めてしまいました。
悲鳴…はありませんでした。硬直したパフェおじさんは、そのままアメリカのアニメのように、パターンとその場に倒れたのでした。
皆挑戦せずにはいられないのですかねぇ?
かくいう私も気絶した派ですけど!
騎士達が戻ってきたのは世も明けようかという頃、コクリコクリと舟を漕いでいた頃です。
「終わったか?」
ぞろぞろと入ってくる騎士と、屈強な戦士達が難しい顔をしながら頷きます。彼らは多分巣穴を潰す役目を負っていた人達でしょう。魔道士の姿もちらほら見えました。
「巣穴に陰険な魔法が掛けられてたみたいでね、手こずったってさ。その間中こっちは湧いて出るベアウルフを倒すのに必死」
勝手に椅子を引いて腰を掛けたのはウィルシスである。いつにない鋭い瞳が怖いけれど、ちゃんとお礼はせねばなりませんので、彼の足元へ近づき、お膝に乗っけてもらいました。
「助けてくれてありがとう」
ぺこりとお辞儀すれば、鋭い瞳が和らぎ、いつものふにゃっとした笑みを浮かべる。
「和むね~」
で、それは終わったのですぐに膝を飛び下り、今度は騎士達の方へ。
「皆もありがとう」
再びぺこり。その姿に「ふ」と笑いをもらした人を見れば、そこにはナイスバディが!
「レイナさん! ご無事だったのですね! よかった!」
ぴょ~いと彼女の腕の中に飛び込み、すりすりすりすり、うらやむ騎士達の視線を無視してその小麦色の肌に顔を摺り寄せました。
ふっふっふっ、女同士&愛玩竜の特権なのだよ君達。
「あんたも元気そうで何よりさ」
ふと、気が付けば、鳥の鳴き声が聞こえ始め、ショーウィンドウの外がうっすらと明るくなり始めていました。
「あぁ、夜が明けちまったねぇ」
・・・・・
「大変です 、お肌が荒れますよ! 寝なくては!」
大慌てでレイナの腕から飛び降りた私は、適当な場所に陣取ると、皆の笑いを買いつつも、瞼をゆっくりと閉じるのでした。
ふっ、笑うがいいさ若者め、今の睡眠を後悔するのは後になってからよ!
リーリア「若いからいいも~ん。なんて人は30になって後悔するんですぅっ!」
鈴木保奈は後悔した組らしい・・・・・。




