34話 そこのけそこのけ羊が通る
セレニア王国の首都、セレイルの町を取り囲む防壁はもう何百年も昔に作られた対魔物用のものである。
その防壁は東西南北に門を有し、日が落ちる頃に閉められるようになっている。
いまは大戦時ほど魔物も多くなければ、物騒なことも起きにくいのだが、町の外、特に夜は、熟練の冒険者でも対処しきれない事態が起きることもあるため、門の開閉は習慣化されていた。
城から派遣されている門の兵士達は、篝火を炊きながら眠気と戦いつつ門を守る。今夜はギルド側から外でベアウルフが出たと報告されているし、ギルドの冒険者と王城の騎士団が大勢森へと向かったのだ。いつも以上に気を引き締めていなければならなかった。
「ん? お~いっ!竜が飛んでくるぞ~っ」
防壁の上の見張りからの声に空を見上げれば、確かに巨大な竜が飛んでくる。月明かりでははっきり見えないが、かなり大きくて、雄々しさの中に優美さを兼ね備えた竜である。
竜は翼で起きるはずの風を感じさせずに門の上空にホバリングすると、その声を響かせた。
「すまんが門を開けてやってくれ。おかしなのが一匹と、まぁ、すぐにギルドのケガ人が運び込まれるだろうからな」
「は、ははははいっ!」
篝火に照らされた竜の色は紅。
この国にいる紅の竜は、城でこの国を守護しているという神竜だけである。
兵士は慌てて足をもつれさせ名がら、命じられた通り、木でできた頑丈で巨大な門を、仕掛けを使って開いていく。
扉を開いてほっとしたのも束の間、神竜の言っていた「おかしなの一匹」という言葉を思い出して首を傾げた時、街道を土煙を上げて走ってくる何かが近づいてきていた。
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「めぇ~っ」
「ぶえぇぇぇ~っ」
もう駄目です…。行ってください…。そんな念話を口にして、次々と羊達が脱落していく。
全力疾走の羊は持久力がなかったようです。少しずつ数を減らしながらもついに町の外壁へとたどり着きました。
『あと少しですよ~っ!』
激励叱咤。現在羊の数は30ぐらい。ぽつぽつと脱落するものの、頑張ってくれています。
そして、ついに外壁の門を潜り抜けました!
門を抜ける際、兵士が唖然茫然の表情で口をぽかんとあけてましたね。口に砂入りますよ~とだけ思いながら、通りますとばかりに「ピャッ!」と声を上げて一路ギルドへ。
門を抜けた瞬間から、町に着いたからいいよね、といった様子で羊の脱落が増え、私は残っている羊へと飛び移りながらついに最後の一匹へ。
「め・・・めへぇぇぇぇ~」
素晴らしいです。頑張ってくれました。ギルドが目の前です!
ガクリっと前足を下り、地面に突っ伏した羊をねぎらい、ギルドの扉へと飛びつきます。
バンッ!
「むぎゅっ!」
開ける前に開けられて、潰れました。
「あ、あれ? あ…リーリア?」
どうやら羊の声に何らかの異変を感じたらしいギルドのアルバイト、受付のキールが扉を開けたらしいのですが、ひどいです。鼻が潰れたかもしれませんよ。
ジト目で彼を見ると、目を逸らされました。
「ほれ、何やってるんだ、中に入れ」
鼻を押さえながら扉の取っ手にへばりついていた私を掴み上げ、キールを促したのは、いつの間にいたのか、赤い髪に蒼い瞳の長身の偉丈夫。人型のグレンですね。
「もう竜形態やめちゃったのですか? 見たかったのに」
「町中ででかい図体さらして突っ立っているわけにもいかんだろうに」
じっくり見ていないのです。できればかぶりつきで見たかったのですが、そういうことなら今度おねだりしてみようかと思います。いろいろな人の話では、普通の竜とは違って醸し出す雰囲気がとても高貴なんだという話でしたからね。
キールが戸惑いながらも私達を中へと通してくれます。
ギルドの中はとても静かで、今は床に簡単な布団が敷かれ、例のケガ人二人はそこに寝かされていました。どちらもまだ息はありますが、やはり一人は息も浅く、顔も真っ白であまり状態は良くないのだそうです。
お医者様がずっと付いていて下さり、毒消しも与えたそうです。ですが、町で出回る質の悪いもので、効きが弱いため、一人はすでに意識がなく、もう一人は呼びかければ目を覚まし、何とか答えるといった状態のようです。
「グレンさん。この最強万能毒消し与えたらこの二人死んじゃいますかね?」
ジャジャ~ンと取り出したのはずっと手に握っていたワカメです。その効果の程は戦場で見ました。
気絶した人々が腹を立てて目覚めるほどのある意味劇薬。そして目の前の二人はかなり弱っていると来れば・・。
ショック死しちゃいますか?
ワカメを見て口をぽかんとあける医者とグレンに、私は首を傾げるのでした。




