23話 とある貴族の日記
リーリア倒れる! 城に広がる様々な憶測
我々に明日はあるのか!?・・下っ端貴族視点です
その日、城の上層部がとある情報によって一時機能をストップした。
それは朝議の最中のことだ。ひどく慌てた様子の侍従長が会議中であるというのに割り込んでくると、王様に耳打ちする。そんな様子は、つい最近起きたばかりの南での小競り合いを思い起させる。
あれは危うく南との戦争になりかけたからな。
議場にいる誰もが嫌なものを感じたのだろう。視線は王に向けられていた。
セルニア国の代13代目となる国王陛下は…名前は噛みそうで言えないが、当時迫害されていた竜混じりと呼ばれる人々をあっさりと重用し、共存の道を開いた御心の広い偉大なる方だ。そんな方の表情が、みるみる青ざめる姿などいまだかつて臣下の誰も見たことがなく、議場はざわざわと憶測が飛び交い始めた。
いわく、隣国が開戦を宣言した。
いわく、竜王が一国を滅ぼした。
だのと、あってほしくないがありそうな予想が飛び交い、王がそれに気が付いたようで立ち上がり、制するように掌を議場に向けた。
「いささか驚くべき事態が起きた。詳細は追って知らせる故、今は余計な憶測は口にせず皆各々の職務に励むように。解散」
何の情報も与えられなかったことに皆が愕然とする。
それほどの事態が起きたのか…
私のような下っ端では詳細を知ろうにもあまり伝手がないが、古くから務める大臣以下大物と呼ばれる貴族達にはいかようにも内情を探る手だてがある。と思う。
彼らは王が退室するなり慌てるそぶりは抑えつつ、それでも我先にと議場から出て行った。
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何やらやはり城中がそわそわしている。
同じ下っ端の友人と職場に向かう途中、メイド達がこそこそと話しているのをちらほら目にする。
「変だと思わないか? われわれ貴族院よりも侍従やメイド達の方が事情に詳しそうだとは」
友人の意見はもっともだ。だが、彼らは常に貴人に付き従う役目を追っている。そのうちの誰かが情報を耳にし、漏洩してしまえばそれまでではある。ただ、そんなことをすれば命にもかかわると皆知っているはず。
「王が口にされなかったことをメイド達が口にしているということはそれほどのことでもなかったのだろうか?」
一番考えられる理由はそれぐらいだ。
となると、王が口をつぐんだ理由だが。
「まさか、王妃様が実家に帰ったとか?」
「まさかっ、我々の妻ではあるまいしっ」
言って悲しくなった。
妻の「実家に帰らせていただきます!」は最強の言葉だ。何度土下座させられたことか…。
隣を歩く友人も、その時のことを思い出したのか、情けない顔をしている。
彼は確か溺愛する娘も連れて行かれたのだったな。
「ありえないことだ。だが、少し騒がしすぎ…」
さらに騒がしい足音が響く。
廊下の向こうから騎士達が担架に乗せて誰かを運んでくるではないか。
「けが人か?」
通りの邪魔にならぬよう、廊下のわきに退いて担架の上を見る。
「グレゴール卿!?」
先に議場を出たはずの大物の一人だ。
友人と二人顔を見合わせれば、再び廊下の向こうから誰かが運ばれてくるではないか!
「モントール伯!?」
何事なのか。まさかタチの悪い伝染病の類なのか。いや、それならばまず彼等こそ隔離されるはずだ(彼らは抵抗するだろうが)。
「おいっ! 一体何があったんだ!?」
友人も慌ててメイド達に詰め寄る。あまりの事態に噂話でもなんでも情報が必要だと思ったのだろう。
「あの…。神竜様が、ご病気に」
「「なんだと!?」」
国の一大事ではないか!
慌てて行動を起こそうとしたその矢先、新たな担架に乗せられてきたのは、なんと、国王その人だった。
「お、お前たち、しばらくはグレンに近づくなと皆に申せ。失神者がさらに増える前に…」
国王は力を振り絞って我々に告げるなり、がくりと力を失った。
神竜様ご乱心!
その情報は神速で城中を駆け巡った。
その日、神竜様の娘が過労で倒れたのだと知らされるまで、城の皆がこの世の終わりを想像したという…。




