15話 誓い
アルノルドさん視点です
それは砦への視察を兼ねた短期訓練が決まった日のことだった。
「やぁ、アル。次は西に行くんだって? この間南で小競り合いを解決してきたばかりなのに忙しいね」
書類仕事を終えて部屋を出るなり、そこでずっと待ち構えていたのかというタイミングで声をかけてきたのは自分が苦手とする騎士団の総隊長殿だ。
振り返ると、長身を魔道士のローブで身を包んでいるのに、腰には無骨な剣を差した男が立っていた。
見た目は自分と同じ25前後、髪は貴族なので長い見事な銀糸。瞳は獰猛な真紅。顔立ちは甘いだけあって、女性のファンも多く、男に対してもある程度人当たりもよいが、その中身は触れると切れるナイフのようなものである。
かつて世界を二分した大戦の英雄の一人で、竜の始祖の血が濃いと言われている。それゆえか、何年生きているのかを知っているものは少ない。
名はウィルシス・スタンフォード。神竜グレン様の友人で、かつて自分とゼノを含めた現在の騎士団の上層部の人間達を地獄に陥れた男である。
「何かご用でしょうか総隊長」
この男が現れるときは大抵碌なことにならない。それはほとんどの騎士団員が知っていて、廊下の先で彼に気が付いた奴らがそそくさと道を変えることからでもわかる。
「うん。ちょっと次の訓練地でね連れてきて欲しいものがあるんだよ」
連れてくる、ということは人か動物か、物ではないだろう。
またゼフォーやチェルシーのときのような竜族の上位種だろうか。以前同じセリフで彼らと契約するに至ったときは、どちらのときも死を覚悟したものだ。今では良いとはいえないが思い出になっている。
「竜ですか?」
「どうだろう。たぶん? 僕の運命だって占いだったんだよね」
その言葉に安堵と共に軽く息を吐き出した。
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ウィルシスが胡散臭い占いに嵌っているのは意外と有名である。そのほとんどがどうでもいい内容で、はずれの確立が大きいために、何もなければ適当な動物でも土産にすればいいかと思っていたのだ。
だが…
アルノルドはそれと目が合うと固まった。
つぶらな瞳(だが魔力量が多いことを示す黄金色)。白く滑らかなはずの体は砂埃で薄茶色。短い手足。
まさか…
「僕の運命だって占いだったんだよね」
頭の中で悪魔の声がリフレインする。だが、気持ちは一つの疑問しか浮かべられない。
これが!?
初めはキラキラと見つめ返してきた小さな子竜はその後何かに挑むように視線を逸らさず見つめ返してきた。
度胸はある。これでも自分は黄金竜のハーフだ。並みの竜なら脅えて逃げ出すはずなのだが、この子竜は脅えるどころか、懐いてきた。
可愛い…
あの悪魔に育てられた一人として、氷の隊長だのなんだの二つ名を付けられたが、子供には弱い。表情も崩れるというものだ。
チェルシーに自己紹介して言葉を噛んだ時は悶えそうになって必死に耐えた。仲間にはばれた様だが。口に出したものは帰ったら徹底的にしごいてやろう。
それにしても、あの悪魔の運命がこれだとしたら、何とも不似合いな運命だ。できれば間違っていることを祈るしかない。
あと私にできることは、あぁ、先にグレン様に会わせることだな。
とにかく、できるだけ神竜たるグレン様に守っていただいて、あの悪魔からは遠ざけるようにしなければ。
アルノルドは見えてきたセルニアの首都を見つめ、心に誓うのだった。




