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最終話 青い空



 無明院夢人は凡人だ。


 少なくとも俺、夏原こな雪はそう思う。

 この学園であいつのハチャメチャっぷりは超有名で、中にはヤツをヒーローだと言う生徒もいるが……俺からすれば「おいおい……」と言ってやりたい。

 確かにあいつは勉強ができる。

 だけど、それは努力しているからだ。決して天才ではないし、特別頭がいいとも思えない。テスト前の一週間をほぼ無睡眠で勉強しているから、テストの点数はいつも上位だけど……普段、委員会の相談活動に従事している時なんて、通常授業の問題が解けないこともある。

 スポーツもできる。

 それも、練習しているから。以前、球技大会でサッカーに参加することになった時にクラス全体で練習したんだけど……あまりにも下手で目も当てられなかった。……まあ、それも本番までにサッカー部に混じって練習したり、他所のサークルに参加したりして経験を積み、本番では割と活躍したんだが。

 容姿も良好だと言われている。

 俺からすれば「どこが?」とツッコみたいのだが……非常に遺憾ながら、女子にはそこそこ人気だ。でも、別に特別背が高いとか、飛び抜けて顔立ちが整っているとかじゃない。髪の毛も微妙にクセがあるらしく、たまにアイロンで伸ばしているらしいし。

 性格もいい…………と言われているが、気のせいだ。

 どうしても学園の生徒には、委員会で他人のために奔走している奴の姿が目に付くため、そういうイメージが定着してしまっているが……みんな誤解している。結局、あいつは友達が欲しいのだ。他人のために頑張り、恩を売り、誰かを助ければ……きっと相手が友達になってくれると信じて走っている。そういう意味では、性格なんて最悪だろう。


 だからまあ、なにが言いたいのかというと、とどのつまり俺、夏原こな雪は、無明院夢人が大嫌いだということだ。

 ことあるごとに「親友だ!」とか、「友達になろう!」とか、「こな雪は僕の嫁!」とか(ほんと、これはどうなんだ……)言ってくるが、ハッキリ言って俺にその気は全くない。

 大体、友達ってそうやって作るもんじゃねーだろ?

 気づいたら一緒にいて、別に『友達になろう宣言』なんかしなくても、なんとなくお互いにそう思っていて、下らない事で笑ったり、バカなこと一緒にやったり、時には相手のことを見捨てたり、でも結局は一緒に居て……そういうのが、友達っていうやつじゃねーのかな。

 他のやつがどうなのかは知らないけど、俺と友達の関係はそんな感じだ。

 だから、自然に……勝手に友達にならないヤツとは、どんなに努力しても友達になれないし、分かり合えないんじゃねーかなーって思う。

 ……断っておくが、これは決して、この世に時を超えて顕現した世界一の女神であるところの隣道日向さんから、あの憎っくきゆめんちゅが、あつ~いご好意を毎日頂戴していることとは関係ない。

 関係ないったら、ないんだよぉぉおおおっっ!!

 …………コホン。

 しかし、まあ。

不本意とは言え、自分に好意を向けてくれる相手を完全拒否するのも人としてどうかと思うわけで。

だから俺なりにあいつのいい所を無理矢理、しゃーなしに挙げるとすれば……それは、『真面目』なところかもしれない。

 超常現象的に不可思議な怪現象だが、ヤツは女の子にやたらモテる。

 だけど……実はあいつ、学園生活中一度も女の子と付き合ったことがない。

 交際したらそれを口実に距離を置こうと、常に情報に耳を澄ませていた俺が言うんだから間違いない。(非常に残念だ……)

 自分が男扱いされることが少なく、ひがみも多少入った偏見かもしれないけど……モテる男って、どうも浮気性なイメージがある。『寄ってくる女の子とは、とりあえずよろしくやっちゃえ~』みたいなのが、俺の中のモテ男……イケメンのイメージだ。

 そんなイメージを真っ向から否定する、今どき珍しい男が、あのバカゆめんちゅ。

 古風な考えの両親に育てれらたせいで、不順異性交遊とかもっての外だと思っている俺としては、その辺、地味にポイントが高かったりする。

まぁ、だからと言って、それでゆめんちゅを好意的に思うわけではないんだけど。

 ……うん。だいぶ前フリが長くなってしまった。

 とにかく、俺が何を言いたかったのかと言うと、そういう『真面目』な部分は、数少ないゆめんちゅの美徳であり、なんだかんだ言いつつも、あいつが俺の近くにいることを許せる、最後の砦だった……のだが。


 目の前に広がる真っ白なシーツ。

 保健室のベッドの上で、ゆめんちゅが真面目そうな女子を押し倒していた。

 しかも、女の子は涙目。


 ――よし、フリーズ解除。再起動。

「てめぇ、こらぁぁぁぁぁあああああああああああああああっっっ!!」

「ごふうっっ!?」

 俺は普段のギャグでやる突きじゃなく、じいちゃんに倣ったマジの掌底をゆめんちゅの水月(体の中心にある急所)に叩き込む!

「見損なったわ! もともと見損なってたけど、今度の今度はガチで見損なったわっ!! ていうか、普通に犯罪だぞ、テメェッ!!」

 倒れ、激しい痛みに痙攣する(本気だったから当然だ)ゆめんちゅの襟首を掴んで顔をこちらに向けさせると……珍しいことに、超マジな表情をしたゆめんちゅと目が合った。

 …………。

 い、いや、なに躊躇してんだ、俺!

 ビビってるのか!? 俺がこのボケボケゆめんちゅに!?

 ていうか、ガチ犯罪者相手に怖気づくなんて、漢じゃねぇだろっ!

「どけ、こな雪!」

「ああ? なに言ってんだ、テメー。絶対どくか。つーか今から普通に警察だから――」

「――どけっ!」

「っ!?」

 ち、違う。

 これはほら……え~っと……そう! 普段のコイツがやたらとへらへらしているから、そのギャップでちょっと驚いただけさ。

 決して、『漢』と書いて『男』と読む夏原こな雪様がビビッてるわけじゃないぜ!(ガクガクブルブル)

「――っ」

 息を呑む音が聞こえた。

気づくと、俺とゆめんちゅが取っ組み合いをしている間に、押し倒されていた女子が保健室から駆け出している。

 それを見たゆめんちゅが、ますます激しく抵抗し始めた。

「いいからどけ、こな雪!! 事情は後で説明するからっ!」

「ふ、ふざけんなっ! いくら俺が弱くて女っぽくても、女の子に迫る暴漢を放置するほど腐っちゃいねぇっ!」

「――その辺にしてやれ、夏原少年」

 この場に相応しくない、嫌なほど落ち着いた声に振り返ると――校舎側の出口とは反対側の、グラウンド側の出口に学園長が立っていた。

 この切羽詰った修羅場で、気だるげにパイポなんぞを吸っている。

「ゆめんちゅ少年も落ち着け。あの子なら、今日に限り大丈夫だ。色々説明すると長くなるので省略するが、私が保証してやる」

 気だるげな割に、やけに真剣味のある学園長の言葉を聞いて、やっとゆめんちゅも大人しくなる。

 ……うぅ。今更だけど、なんかめちゃくちゃ事情あったっぽい。

 ひょっとして俺、完全に部外者だった?

「本当に……大丈夫なんでしょうね?」

「本当に大丈夫だ。だから、そこの夏原少年に事情を説明してやれ。さもないと、君の大好きな夏原少年に、放課後の保健室で女子を無理矢理押し倒していたという、非常にアレな誤解をされてしまうぞ?」

「そう、ですね……」

 ……俺と天秤にかけて揺れるくらいの事情があったのか。

 いや、俺にそんな想いを寄せられても困るが……コイツが俺よりも何かを優先するって、ほんと滅多にないからな……。

 それは、さぞかし壮絶な、現実的でシリアスな展開が――

「空から、女の子が降ってきたんだ」

「死ねぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!」

「ぎゃぴっちゅう!」

 新しいポ○モンの、誕生の瞬間だった。

「真面目にやれ!」

「真面目だよ! あったことをそのまま話したんだ!!」

「……それ、なんてエロゲ?」

 俺とゆめんちゅに被せて、さらりと学園長がアレなツッコミを放つ。

「いやいや! 学園長さんも現場に居合わせたんでしょう? コイツ使えないんで、代わりに説明してくださいよ!」

「いや、私もついさっきここに来たんだ。ゆめんちゅ少年が「大丈夫……痛いのは最初だけだよ……」と囁いた辺りから――」

「おいこら、あんた! 状況をややこしくするなっ!」

 大分普段の調子を取り戻したゆめんちゅがマジでツッコむ。

「はあ……ごめん、こな雪。さすがに僕も気が動転してるもんだからさ……。改めて言うと、あの子が落ちてきたんだよ。校舎の屋上から」

「!!?」

 思わずその場面を思い描き、一気に血の気が引いた。

 あ、危ねぇ……なんて事故だよ……。

「しかもな……その……〝事故〟じゃあ、ないんだよ」

「?」

 は? 事故じゃない?

 ゆめんちゅが気まずそうに、なにやら躊躇っている。

 それを見た学園長さんが全てを見透かしたように、夕焼けに染まる空を眺めた。

「……自殺、か」

「っ!?」

 さらに全身の血が引いた。

 さっきとは違う意味で……もっと強く。

「……ちょっと、職員室にプリントを持って行くのを頼まれてさ。その途中で渡り廊下から、屋上のフェンスを越えて立っているあの子を見つけて。危ないなー、なんて思ってたら……ゆっくりとその体が、前に、傾いて」

 話しているゆめんちゅも、ちょっとだけ震えていた。

 コイツは凡人だ。普通の高校生なら、恐怖だってきっとあるんだろう。

 急に消毒用アルコールの嫌なにおいが鼻につき始めた保健室で、ぽつぽつと続ける。

「気づいたら、走ってた。それでどうにかなるとは到底思えなかったけど……踏み台にして駆け上がった車が、あの子を抱えて落ちたときのクッションになったらしくて、たまたま助かったんだ……」

「は、はは……どこのグレートティーチャーだよ、てめーは……」

 気が動転しているせいで、ついマヌケなツッコミを入れてしまった。

 だけど、後でどんなに考えても、この場に相応しい言葉は見つかりそうにない。

「あの子を抱きかかえて僕が下になったお陰で、あの子は無傷で済んだ。僕の方も落ちる場所が良かったらしく、かすり傷と軽い打ち身程度だ。でも、あの子が泣きそうになりながら謝って保健室に連れて来てくれて。ある程度治療が終わったら、さらりとこの部屋を出ようとしたもんだから、つい……」

 ゆめんちゅも冷静に考えて反省しているようだが、それならあの状況も仕方ないだろうと思った。

 だって、その手を離してしまったら……あの子の手は、もう二度と掴めなくなるかもしれないんだから。

「……なあ、どうしよう? 僕、どうすればいいのかな……?」

「どうって……」

 どうすれば、いいんだ。

 何も分からない。頭の中は真っ白だ。

 いつもの相談とはワケが違う。

 問題のレベルもそうだが、そもそも、あの子自身が助けを求めていない。

 求める気も、たぶん無い。

 あったら一人でこんな行動に移るわけないんだから……。

「わからないんだ……いつも以上に。あの子は、きっと次元が違う。RPGなら、初期のレベル1主人公とラスボスくらいの、絶望的な戦力差だ。どうやったって相手になるわけがない……」

 ……珍しい、と思った。

 うまく回らない頭でもそう思うのだから、きっと相当だ。

 あのゆめんちゅがこんなに弱く、自信のなさそうな表情をするなんて――

「――神無月蛍。三年七組。文芸部。園芸委員。成績は事実上、学園のトップ。部活動こそ文化系だが、運動神経もかなりのもので、スポーツは万能だ。そして、人格は教師陣・保護者全員の折り紙付き。彼女ほど真面目で、模範的で、品行方正な『いい子』も珍しい」

 いつもの日向さんを真似するように、学園長があの子……神無月さんのプロフィールを並べる。

 違うのは、手帳も資料も見ず、ソラでスラスラと話していることくらいだ。

「よく覚えていますね。学園長さんはひょっとして、学園中の生徒のことを覚えているんですか?」

 感心する俺の発言は、学園長さんの「そんなわけないだろう」の一言で切り捨てられた。

「彼女が特別だから、たまたま覚えていただけさ」

「ああ、すごくいい子みたいですしね」

「違う」

 まだうまく回らない頭で会話する俺と、呆然としているゆめんちゅへ追い討ちをかけるように、非情の言葉が飛んでくる。

「彼女が、五人目だ。……いや、ある意味ぶっちぎりで一人目――一位だな。なにせ、【Little Wing】に所属させようとも思えないほど、どうしようもなかったのだから」



 翌日。

 あまりよく眠れず、昨日の疲れを引き摺ったままベッドから体を起こした。

 支度を済ませて家を出る。

 いつもの通学路。

 いつもの街並み。

 いつも通りに朝の生活を送る人々。

 そんなありふれた日常に……『自殺願望』なんて非日常を抱えた女の子がいるなんて、全然イメージできない。

 学園長さんが昨日一日に限りあの子が自殺しないと断言できたのは……あの子が『いい子』だからだそうだ。

『いい子』なあの子が、命懸けで助け、必死に自殺を止めたゆめんちゅの努力を無駄にして、その日に同じように死ぬわけがない……というのが学園長さんの弁。

 ……正直、俺には全然わからなかった。

 学園長が確信を持って告げるその推理も。

 それに納得できるゆめんちゅの考え方も。

 なにより、そんないい子で、俺みたいないい加減な奴とは違う子が……死にたがっているという現実も。

「はぁ……」

 ため息が漏れる。

 俺は、ギャルゲーこそしないものの、二次元の世界にはそれなりに憧れがある。

 マンガならたくさん読むし、たまにRPGもする。時々、その世界に行ってみたいという夢も見る、普通の高校生だ。

 だけど……俺は、真にそれが現実になってほしいとは思わない。

 女の子とドラマみたいに運命的な恋愛をしたいとはちょっとだけ思うけど……それに付随するドロドロした修羅場が苦手だし、ラストで自分の大切な人が死んでしまうエンディングなんて最悪だ。

 世界を救うために命を懸けて冒険するのも嫌だし、何か一つのことのために、楽しい青春を全て犠牲にするのも嫌だ。

 だから俺は『カラオケ部』なんていう、ゆる~い部活に所属しているわけだし、バイトだって短期の気ままにできるものしかしない。

 そうやって、ありきたりで、スタンダードで、形式通りの……『普通の幸せ』を感じていたい人間なのだ。

 ……なのにさぁ。

「おはよう、こな雪! 今日も一段とキレイだね!!」

 ただでさえ『非日常』に巻き込まれがちな委員会に所属させられているのに、その上『非日常の塊』であるところの、この学園のヒーロー(笑)は、どうして朝から俺の日常を壊してくれるのだろうか。

「……死ね」

「ひどくない!?」

 昨日のローテンションで気弱な表情はどこへやら。

 面倒な憎っくきゆめんちゅは、今日も幸せそうに笑っていた。

「……まぁ、非常に遺憾ながら、こな雪が僕のことを嫌っていることは知っているよ」

「じゃあなんで毎日絡んでくるんだよ!? 嫌がらせか!? 嫌がらせなのか!?」

 なんて性格の悪い!

「いやまぁ、それは僕がこな雪を愛しているからなんだが……それは置いておいて。よし、こな雪。じゃあ、ウザい僕がこな雪と距離をとってくれるよう、僕の恋を応援してくれ」

「お前が離れてくれるんなら、なんでもするわ……って、え?」

 今こいつ、なんて?

「よし。それじゃあ早速、三年七組に直行だーーー!!」

「ちょ、おい! 引っ張るな! 一体お前は何がしたいんだ!?」

 今日も今日とて、非日常と仲良くする一日が始まるようです……。


「好きだ、付き合ってほしい!」

「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」」」」」

 その日、恋文学園の校舎は、全校生徒の放った絶叫によって、3mmほど位置を変えることになった。

「えっと……無明院、君……?」

 ゆめんちゅの目の前には、昨日、保健室で見た女の子。

 黒縁眼鏡に、真っ黒なショートカット。

 化粧っ気は無く、髪にも特別、セットのためのなにかを使っているようには見えない。

 校則にゆるい恋文学園の校則を、全部完璧に守ってみました~というような、制服の着こなし。

 俺の端的な感想を言わせてもらえば……非常に失礼だというのは重々承知だが、地味な子、だと思った。

 今時、制服のスカートをそんな長さで穿いてる女の子いたんだ……。

髪を短くしているのも、制服に触れないようにするためだろうし……おそらく、鬼の生活指導教員がどんなに厳重チェックしたところで、校則違反は見つからないだろう。

「え、えっと……」

 地の素材は良さそうなんだから、もうちょっと努力すればモテモテだろうに……と、そんなことを傍観者たる俺が考えている間も、その子……神無月さんは、あぅあぅしていた。

「好きなんだ、神無月さん! ぜひとも僕と付き合ってほしい!!」

 無音。

 ただただ無音だった。

 先程の絶叫とは打って変わって、氷のように冷たく……静かに戦況を見守る生徒達。

 その静寂な世界で音を発するのは、バカゆめんちゅのふざけた(?)告白と、あぅあぅしている神無月さんの困り声だけだった。

「え、っと……。……。……。……。…………は、はい……?」

 そこ、疑問系なんだ。

「ありがとう、神無月さん! わーい! 恋人、恋人~!!」

 場の空気を全く読まないゆめんちゅが、バカっぽく神無月さんの手を握って、握手の格好のまま上下。

 なにこれ。つーか俺、いらなくね……?

「「「「「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」

 思い出したように、再び絶叫が走る。

 今日のトップニュースは決まりだな……。


「……で? 死ぬ覚悟はできたのですか?」

「ちょっ、まっ!? だからなんで俺がぁっ!!」

 もう今日は、授業どころじゃなかった。

 学園中がアホゆめんちゅの告白話題で持ちきり。教師陣も諦め、学園長さんが校内放送で「あー。面倒だから、騒動が治まるまで自習!」と宣言したところで、本格的に学園全体を巻き込んでのお祭りになった。

 そうして俺は……本来なら一時間目の授業を受けているハズの教室で、刀子ちゃんに襲われている。

「夏原先輩がなびかないせいで、ついに私の夢人先輩が、女の子に手を出しちゃったじゃないですか。どうしてくれるんです?」

「それ、普通じゃね!?」

「黙ってください。首が飛びますよ?」

「……すいません」

 のど付近に、冷たい物を感じる。

「そそそそそ、そうね……! ほ、ほんっと、夏原ってば――!!」

「ちょっと待て、灯! なんでお前まで攻撃しようとしてる!? てかそれ、砲丸じゃね!? え、なに、俺今からそれ投げられるの!?」

 絶対死んじゃうよねぇ!?

「夏原先輩……ひなは……ひなは……夏原先輩ルート一択だと信じていたのにーーっ!!」

「ぐはぁっ!!?」

 痛恨の一撃!

 刃よりも鉄球よりも痛烈な、言葉の暴力が突き刺さる!

「し、仕方ねーだろ! 俺が好きなのは――」

 もうこの際だ!

 晴れてゆめんちゅにも彼女ができたことだし、他の女の子はみんなフリーってことだろ!

 言っちゃえ、言っちゃえ!!

「……わかってるわ。あたしよね、夏原」

「なんで俺が灯なんかを好きになるんだよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっっっ!!」

 どんだけ不名誉な誤解なんだ!

「なーに言ってるの、夏原。いつもこっち見てるの気づいてたんだから♪」

 ……日向さんと目が合わせられなくて、逸らした先にお前がいただけだろ。

「なに? もしかして違うの? じゃあ、誰。……まさか、ひなとか言わないわよね~? あたしが大好きなひなに手を出すようなら…………ね?」

「なに!? なんなの今の間!?」

 言葉は聞こえないのに、暴力以上のプレッシャーを感じるのぉぉおおお!

「ふぅ……。夏原先輩が灯先輩を好きだというのは仕方ないとして」

 うん。果物ナイフを収めてくれるのは嬉しいんですが、刀子ちゃん。

 俺が好きなのは灯じゃないんだけど……。

「それで、ゆーと先輩にどんなひどいことしたんですか、夏原先輩?」

「もう、俺が何かしたせいでアイツがグレた、みたいな推測ほんとやめてもらえるかなぁ! 俺だって辛いわ!」

 変な濡れ衣着せられて、俺の好きな人が灯ってことになるしっ!

「そう……やっぱり、あんたも辛いのね……」

 しみじみと灯が言い、砲丸を仕舞う。

 うん。絶対にお前も誤解してるよね?

「……仕方ありません。格なる上は、夢人先輩に引っ付くゴミ虫を削除……いや、デリートして……」

「全然柔らかい表現になってないけど!?」

 普通にR指定!

「あ、いたいた。おーい、こな雪~! 授業潰れちゃったし、遊びに行こうぜー!!」

 当の本人キターーーーーーーーー!!

「夢人、あんたちゃんと理由を――」

「ゆーと先輩! 一体なにが――」

「あ。あれがゴミ虫ですね。すぐにデリート……もとい、イレイズを――」

 なんか、どんどんカオスになっていく予感しかしなかったので、ゆめんちゅが教室に入る前に俺が出口に走る。

「わかった! 今すぐ校外へ遊びに行こう! いざ行かん、争いのない世界へー!!」

 ゆめんちゅが教室に入ってこようとするのを押し返し、無理矢理に手を引っ張って校門へ向かう。

 っていうか、授業が自習になったのは全部テメーのせいだろうがよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!



「はぁ……はぁ……ここまで来れば、とりあえず安心、だろ……」

 電車の切符を買い、改札口を抜けてホームに入ったところで、ようやく息をつけた。

「いやん。離しちゃ、イ・ヤ」

「……(ぶちっ)」

 流れ上ここまで繋いでいた手を離すと同時、俺は全力でゆめんちゅをフルボッコにする作業へ移行。慣れているので、カップ麺が伸びる心配もない。

「……え、えーっと……」

「……?」

 声が聞こえ振り返ると……そこに、神無月さんがいた。

 あれ? ひょっとして、ずっとついて来てたんだろうか?

「す、すいませんっ。無明院君が誘ってくれて、夏原君には迷惑だと思ったのですが、断れず……っ!」

「いや、ちょっと待て……。俺は別にゆめんちゅと二人でいたいわけじゃないというか、そんな場面を思い描くと怖気が走って、さらにゆめんちゅをボコボコにしちゃうのぉっ!」

「いや、ちょっ、まっ!? あふん!」

 足元でゆめんちゅがキモイ声を上げているが、全力でスルー。

 ……なるほどな。

 神無月さんとデートしつつ昨日の事情を聞くつもりか。

 バカなゆめんちゅにしては、なかなかいい作戦じゃねーか……って。

「俺、いらなくね……?」

「……?」

 神無月さんが『?』を顔に浮かべる横で、頭を抱えて地面に伏せる。

 ほんと、どうしてこうなった……。

「……おいこら、ゆめんちゅ。大体お前の考えていることはわかったが、どう考えたって俺は必要ねーだろ。なんだよ、これ。若いカップル+外野一人って、お前……(ぼそぼそ)」

「いや、確かにこな雪には悪いことしたと思ってるけど……僕も女の子とデートなんかしたことないっていうか……。それに、こな雪に隠れて別の娘とイチャイチャなんてできないっていうか……(ぼそぼそ)」

 後半の理由は激しくどうでもいい。

「はあ……ま、事情は大体分かった。協力してやるから、うまくやれよ(ぼそぼそ)」

「ありがとう、こな雪! 愛してるぅぅぅぅううううう!!」

 ちゅーしようと口を突き出してくるゆめんちゅの顔面を本気でぶっ飛ばす。

 ……ちっ。

 あと少しタイミングがズレてれば、線路に落ちて轢かれてたのに、運よく電車内に滑り込みやがった。

「……いや、この物語はグロッキーな要素、必要ないっていうか……」

 何か言ってるが、スルー。

「……ほら、神無月さん。乗って」

「は、はあ……」

 俺達のやりとりを傍観(ドン引きとも言う)していた神無月さんも一緒に車内へ。

 平日だけあってかなり車内は空いていた。

 三人で、長椅子に腰を下ろす。

「あの……よろしかったのでしょうか……? いえ! 無明院君に遊びに誘われたのはすごく嬉しいのですがっ! でも、学校をサボってしまって……」

「いいじゃん、別に。どーせ自習なんだしさー」

 ゆめんちゅが軽く笑う。

 ……いや、自習になったのはお前のせいなんですけどね。

「で、でもでも! やっぱり、学生なのに、こんな平日に勉強もせず遊びに行くのは……い、いえっ! 無明院君と一緒にいられるのは嬉しいですけどっ!」

「……神無月さんさぁ、ゆめんちゅに気を遣い過ぎだって。こいつなんて『バカゆめんちゅ』で十分だよ」

「それは言い過ぎじゃね!? ……まぁでも、恋人なんだから、確かにそんな堅っ苦しい呼び方じゃなくていいよ?」

「恋び……っ!?」

 苦笑するゆめんちゅと、顔を真っ赤にする神無月さん。

 ……うん。帰りたいです。ものすごく。

「……。……。……じゃ、じゃあ……『ゆー君』って呼んでも、いい……です、か?」

 ぷしゅー、と音がしそうなほど真っ赤。

 ……飾り気の無い地味な子だけど、さすがにこんな女の子らしいところは可愛いかも。

「うん、いいよ! じゃあ僕は……『蛍』って、呼んでもいいかな?」

「……あぅ。…………よ、よろしくお願いしますです……」

 なぜか、死ねばいいのにゆめんちゅに向かってお辞儀をする神無月さん。

 本人達は忘れているようだが、ここは人が少なくても電車内なので、乗り合わせたお客さんから微笑ましいものを見る視線が集まっている。

 ああ……ほんと、帰りたいです。ものすごく。



 電車に揺られること数十分。

 繁華街のある市内へと出てきたところで俺達は電車を降りた。

 学園のある町も別にそこまで田舎というわけではないけど、さすがに県で一番栄えているこの街ほどは賑わっていない。

 平日だけあって俺達みたいな制服姿の学生はいないが、それなりに人がいて、みんな楽しそうにショッピングなどを楽しんでいた。

「さて。じゃあ、どこに行こうか?」

 ノープラン!?

 こいつ、どんだけデートをナメてるんだ!

「……いいか、ゆめんちゅ。よーく聞け。デートっつーのはさあ、男の実力が見極められる戦場であり、そこへ手ぶらで来るなんてありえねーっつーか、つまり前もって準備を整えると共に、神聖な女の子を楽しませるために最高のデートプランを構築してだな――」

「私、ずっと行きたかったお店があるんですけど……」

「よし、じゃあ、そこへGO!」

「…………」

 なんだろう。

 男女が付き合うデートって、非常に重要なイベントじゃないのでせうか……?


「わ~! ありがとうございます、無明い……ゆー君! 私、ずっとこのお店入りたかったんですよ~!!」

「そっか、それはよかったよ」

 神無月さんが入りたがったお店は、女の子向けのファンシーなグッズが置いてある雑貨屋さんだ。

 俺からすれば「女の子なんだから、堂々と入ればいいじゃないか」と思わなくもないのだが……神無月さん曰く、「恋人での来店が多くて、一人だと気まずい」らしい。

 店内を見渡してみると、確かに恋人同士で来ている人も多いようだが……それでも、そんなに気にすることじゃないと思うんだけどなぁ……。

「可愛いですぅ~。もふ~~」

 神無月さんが大きな猫のぬいぐるみを抱きしめて、嬉しそうに笑う。

 ……きっと隣で、ゆめんちゅも同じことを考えているだろう。

『どうしてこんな子が自殺なんて望んでいるんだ』、と。

 なんだか胸の辺りが苦しくなり、同じであろうゆめんちゅを振り返ると――

「……?」

 そこに、ゆめんちゅの姿は無く。

「ほんとだー。もふ~~」

 神無月さんと一緒に、ぬいぐるみに抱きついている死ねばいいのにの姿が、反対側にあった。

 …………帰りたい。

「ようしっ! せっかく僕達の初デートなんだ! 彼氏らしく、可愛い蛍に、なにかプレゼントしようかな~!!」

「か、可愛いって……!? うみゅ……」

 神様。これ、なんていう罰ゲーム?

 ただでさえ好きな女の子とうまく行かなくて涙目な俺に、幸せなカップルのイチャつく様を見せ付けるって……俺、何か、そんなに悪いことしましたか?

「……じゃ、じゃあ、ゆ、ゆゆゆゆ、ゆび――」

「……うん?」

「……こ、これが欲しいですぅっ!!」

 神無月さんが指差したのは、端に小さな桜の花びらがデザインされたヘアピンだったけど……あれは絶対、隣にある『指輪』が欲しかったんだな……。

 なんだよ、指輪って……。

 そんなやりとり、高校生でできるものなのかよ……。

「オッケー! じゃあ、これを買ってくるぜ~!」

 そんな人の心の機微に疎いゆめんちゅは、神無月さんの言葉を間に受けて、ヘアピンを持ったままレジへ。

「……神無月さんさ。あのバカは人の気持ちを察するとか超苦手だから、ちゃんと素直に自分の気持ちを伝えた方がいいよ……?」

「あはは……確かにそうかもしれませんが、無明い……ゆー君は、ちゃんと大切な所では他人の気持ちに気づいてあげられる人だと思いますよ……?」

「…………」

 ……ちょっとだけ、拗ねてしまった。

 そんなことは俺だってわかってる。

 なんだかんだで、もうあの変態とも三年の付き合いだ。

 だから分かっていて、あえて意地悪な発言をしたわけだけど……今日、ほんの数時間前から付き合い始めた神無月さんが、俺と同じくらいにアイツのことを知っている風なのが、なんとなく面白くなかった。

 なんだこれ。俺はアイツが誰とどうなろうが構わないし、恋人はもちろん、友達とすら思っていないのに……。

「あと、私のことはゆー君と同じように『蛍』で構いませんよ?」

「わかった。俺のことも『こな雪』でいいよ。ちなみに、なんで敬語? 同い年だろ?」

「すいません。私、基本が敬語っぽいしゃべり方なので……。気にしないでください、こな雪さん」

 あはは……と苦笑する蛍を見て、ああ、ほんとにこの子はいい子なんだなー、と思った。

 そして、夏原『君』からこな雪『さん』は、本当に距離が近づいたんだろうか……。


「そろそろお昼だな。こな雪、なに食べたい?」

「聞くべきなのは俺じゃなくね!?」

 振り返りながらランチのリクエストを聞いてきたゆめんちゅに全力でツッコむ。

 そういうのは、今お前の隣を歩いている彼女に聞いてやれ!

「じゃあ、蛍はなにか食べたいものある?」

「じゃあってなんだ、じゃあって。それじゃあまるで、お前の中のランキングで俺の方が上位みたいじゃねーかよ」

「そっか。ごめん、蛍。こな雪なんて、どーでもよかったよね」

「それは言い過ぎっ!」

 俺達のいつものやりとりに、蛍がくすくす笑う。

 ほんと俺なんか邪魔でしかなく、刀子ちゃんみたいに殺意混じりに恨まれるかも……と怯えていたが、蛍はあまり気にしていないようだ。

「私、お魚料理が好きなんです。すぐ近くに美味しいお店があるので、いかがでしょうか?」

「おお! 僕も魚大好きー!」

「嘘をつけ、嘘を。お前が魚食べてるところなんて、三年間で2回も見てねーよ」

「いやん、こな雪ったら……そうやって、ずっと僕のことを見ていてくれたのね……」

「ふざけんな! どんなに逃げたって「昼ごはんはこな雪と食べたいーっ!」って地の果てまでも追いかけてきただろうがよぉっ!!」

「ふふふ……。本当に仲がいいんですね」

「腐れ縁だよ……勘弁してくれ……」

 どうして俺がいつもこんな目に……。

「あ、そのお店です」

 落ち込んで下を向いていた俺が顔を上げると……そこには、すごく立派な、和風の料亭が佇んでいた。

「「…………」」

 ゆめんちゅと二人、笑顔のまま、ダラダラと嫌な汗をかく。

 いやいやいやいや!

 外見だけ見ても、一介の高校生がランチに気軽に入れる店じゃないって!

 ていうか、いくらすんの!?

 人は見かけによらないと言うけど、お店は見かけによると思うんだ!

「えっと……うん、そう……蛍、さ。蛍のご両親は、どんなお仕事をしていらっしゃるのでせうか……?」

 あ。緊張のあまり、ゆめんちゅが変なことになってる。

 だが、気持ちはすごくよく分かるわっ!

「親ですか? お父様は……その、小さいですけど会社を経営しています。お母様は大学で研究を……」

「…………」

 ……うん。オッケー。なんとなくだけど、事情は把握した。

 どうも蛍、割とお嬢様らしいぞ。

「…………」

「……がんばれや、ゆめんちゅさん」

 今後のことを考えて青ざめるゆめんちゅの肩にポン、と手を置いて覚悟を決め、店の暖簾を潜った。

「へいらっしゃい! おー! 蛍ちゃんじゃねぇか!! 久しぶりだなー! 大きくなったもんだ!!」

 店に入るとすぐに、店主らしきマッチョなおっさんが蛍を見て、大声を出した。

 蛍も「ご無沙汰してます~」と頭を下げているところを見ると、相当な常連さんらしい。

 ……ゆめんちゅ、マジがんばれ。

 今後、蛍とのデート費用はきっと、大変なことになると思うぞ。

「後ろの二人は彼氏か~い? 蛍ちゃんもやるねー! 二人いっぺんとかさー!!」

「はぅっ!? ち、違……っ!」

 あわあわと反論する蛍。

 店主さんは絶対分かってからかってるな……。

 あと、今日は男用の制服とはいえ、俺を男扱いしてくれたのが地味に嬉しい……。

「よーし! じゃあ、彼氏さんにも気に入ってもらえるように、とっておきのやつ作るぜ! 待っててくれ!」

「いや全然! 僕は一番安いやつで――!!」

 珍しくゆめんちゅがガチで焦っていたが、店員さんに背中を押され、席に案内された。

 ……ゆめんちゅ、超がんばれ。

「むふふふふ……」

「おいこら、こな雪。なに楽しそうに笑ってんだよ!」

「いやぁ~……あの超カッコいい、スーパーイケメン(笑)たるゆめんちゅさんが、この後、涙ながらに土下座して皿洗いを始めるのかと思うと、ほんと涙が止まらなくて……」

「笑い泣き的な意味でねえ!」

「ぎゃははははは! 超ウケるんですけど~~~!!」

「……こな雪。重大な事実を忘れているようだから教えてやる。お前も、同じ運命だってことをなあっっ!!」

「し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」

 ゆめんちゅが不幸になってるのが幸せ過ぎて忘れていたが、俺だって金はねえっ!

 全っっっ然、ねえっ!!

 くっ……格なる上は、秘儀『あとの支払いはお前に任せるぜ!』作戦を――

「あ。大丈夫ですよ。ここのお店はお父様の行きつけで、お父様が既に出してくださっています。お友達と一緒に来るように言われていたのですよ」

「「た、助かるぅぅぅ~~~……」」

 ゆめんちゅと二人、女の子の前であることも忘れて、机の上にへばりつく。

 よかった……。この年で犯罪者にならなくて、ほんっとよかった……。

「ふふ……本当にお二人は面白いですね。あ。お料理来たみたいですよ」

 運ばれてきたのは、鯵の一夜干し定食が三人前だった。

 ここまで引っ張っといてアジかよ……と、内心バカにしていた俺は、数秒後、お店に土下座をしたい気持ちでいっぱいになった。

「うんめぇー! なにこのアジ! 俺が今まで食ってきた『アジと呼ばれていた魚』は、本当にアジだったのか!?」

「超うめぇーーー!! これはお魚の、水族館やーーー!!」

 それは普通に水族館なわけだが、俺にそんなことをツッコんでいる余裕はなかった。

 マジでうまい!

 なにこれ! 魚って、こんなに美味くなるものなの!?

 断然肉派の俺がうまいと思うんだから、きっと誰が食べても美味だと思う!

「喜んでもらえて嬉しいぜぇ!」

 カウンターの中から、マッチョな店主さんがグッっと親指を突き出している。

「よかったです、お口に合って……」

 お店を紹介した蛍も胸を撫で下ろしていた。

「いや、このアジで満足できない人間はいないって!」

「こな雪……まさか今のは、魚の〝鯵〟と料理の〝味〟を掛けたのか!? 恐ろしい子っ! ……ブルブル。おじさん、熱いお茶おかわり」

「俺がつまらないダジャレ言ってスベったみたいにするの、やめてもらえますかねぇ!?」


「いやー、マジでおいしかったよ。ありがとう、蛍」

「いえいえ。本当に、気に入ってもらえてよかったです」

「しっかし、ゆめんちゅ。お前のアレはなかったわ。もうちょっとキレイに食えよな~」

「……うぐっ。し、仕方ないんだい! 僕は、そんなに頻繁に魚料理を食べる方じゃないんだからっ!」

 そう、ゆめんちゅの食事マナーは、結構ひどかった。

 特に、魚を食べるのに慣れていないせいだろうが、魚の骨のとり方というものを、まるで分かっていない。

 俺も別に上手い方ではないが……その俺と比べても惨憺たる有様だったのだから、とてもキレイに魚を食べていた蛍からすれば、信じられない光景だっただろう。

「うぅ……ごめんね、蛍。僕、ほんと魚食べる機会が少なかったからさ……」

「えぅ!? い、いいです、いいです! 全然大丈夫ですよっ!! 別に公式なお食事会とかでもないのですし、マナーなんて気にせず、美味しく召し上がって頂ければ十分です!」

 ゆめんちゅをフォローする蛍だったが……さらりと『公式なお食事会』とかいう単語が出てくる辺り、マジでお嬢様なんだと思う。

「次一緒に食べる時までに練習しておくよ……。さあ! 気持ち切り替えて次行くぞー! じゃあ、次はこな雪、どこ行きたい!?」

「だからなんで俺に聞くんだよっ! そこは蛍だろっ!!」

「そっか……ごめんね、蛍。こな雪なんて、いらない子だったよね……」

「それは言い過ぎ……じゃなくて、この状況だと事実だよ、ちくしょぉぉぉおおおおお!!」

 どう考えてもカップル+男一人は、いらない子だ。

「あはは……私はこな雪さんとも遊べて楽しいですよ? じゃあ、次はあそこでプリクラ撮りたいですっ!」

 そう言う蛍に引っ張られるように、ゲーセンを目指した。


 そこから先、本当に遊びまくった。

 プリクラを撮り終わった後は、ゲーセンでレースゲームをしたり、蛍が欲しがった猫のぬいぐるみをゆめんちゅとどっちがとれるか競争したり。

 ゲーセンを出た後は、すぐ近くにあるカラオケで歌を歌いまくった。

 カラオケ部たる俺が本領を発揮し、意外に音痴気味だったゆめんちゅの歌声に俺が爆笑し、俺もゆめんちゅも知らないような賛美歌を蛍が歌い、澄んだ声に感動して……そんなことをしている内に、辺りはすっかり暗くなってきた。

「あー。よく遊んだなー。おっ。公園あるじゃん。ちょっと休んで行こうぜ! 俺、飲み物買ってくるわー」

 さり気なく、蛍とゆめんちゅを二人っきりに……しようとしたのだが。

「いや、いいって。美少女にパシらせるわけにはいかないだろう。僕が行くよ」

 そう言って、颯爽とゆめんちゅが公園の外に走り去ってしまった。

 いや、ちょっ、待っ……!

 おかしいだろ!?

 なんで俺が二人っきりになる方なの!?

 どう考えたって、ここはお前がさぁ!

「こな雪さん、とりあえず座りましょう」

「あ、ああ……」

 バカゆめんちゅのせいで気まずく思っているのは俺だけらしく、意外に冷静な蛍に勧められて、一緒に公園のベンチへ腰を下ろす。

 ……なにこの状況。

 まだ罰ゲームは継続中なのでしょうか?

「…………」

「風が気持ちいいですね~」

 確かに涼しいような暖かいような、心地良い風が吹いて気持ちいいが、俺の心中はそんな状態じゃない。

「…………」

「…………」

 なんとなく、お互いに言葉を失う。

 くそぅ……あのバカゆめんちゅがぁ~~~っ!

「…………。…………あの。聞かないんですか? 今日、ゆー君が告白してくれたこととか、こな雪さんも一緒に遊んでくれたこととか……全部、私のため……なんですよね?」

 あはは……と苦笑いしながら、蛍が切り出す。

 ああ、もう、最悪。

 こういうシリアス展開は、ちゃんと、物語の主人公とやってくれよ。

 俺みたいな脇役相手にストーリー進行させんの、やめてくんね?

 心からそう思ったけど……相手が自殺志願の女の子だと知っていると、文句を言えるハズもなく。

 俺はまた、自分が望まないまま、『非日常』へと取り込まれていく。

「私……生きている価値が、無いんです。私が生きていても、死んでいても、何も変わらない。何も無い。私自身が生きていて楽しいわけでも、幸せなわけでもない。だから……死のうと、そう思ったんです」

 やけに落ち着いた顔で、ヘヴィな発言をする蛍。

 ああ……今は俺が死にたい気分です……。

「……なんで? 生きてるって基本、楽しいことじゃね?」

 諦めて、前を向く。

 蛍と、会話する。

 それで何かが変わるとは到底思えなかったけど。

今日一日遊んでみて、本当にいい子だと思ったし……友達とまで行かなくても、同級生以上の関係にはなれたと、信じているから。

「……こな雪さんは、生きていて楽しいですか?」

「……楽しいよ? カラオケしてると楽しいし、マンガ読んでると楽しいし、音楽聴いてると楽しいし、友達と話していると楽しいし、学校でバカやってるのも楽しい。ご飯食べてる時も寝てる時も楽しいかな」

「……そうですか。羨ましいです……」

「…………」

「私、これまでの人生を振り返ってみて……本当に、ゴミのような人生だったなって、思うんです」

「……ゴミはないだろ」

「あはは……汚い言葉でごめんなさい。……でも、本当にそう思うんです。私が欲しかったものは何も手に入りませんでしたし、嫌なことも、辛いことも、痛いことも、いっぱいありました。……もう、疲れたんです」

「…………」

 それきり、蛍は黙ってしまった。

 俺も、何か言おうとは思ったけど……何か言うべきだとは思ったけど、何を言えばいいのか分からず、黙っているしかなかった。

「そんなことない」とか、「死ぬなよ」とか、「俺達、まだまだこれからじゃん」とか……そんなことを俺が言っても、蛍には絶対に届かないだろうという、悲しい確信だけが心の中にあった。

 そうして、どれくらい沈黙の時間が過ぎただろう。

 三十分か一時間か……それとも、数秒だったのか。

 息を切らせてジュースを抱えながら走ってくるゆめんちゅが見えて、その時には蛍も、何も無かったかのように笑顔になっていた。

 それを見て、本当にこの子はいい子だな、と思うと同時。

 ああ……これがアイツの言っていた『次元が違う』ってことなんだと、少しだけ、淋しく思った。



 翌日。

 土曜日だったが、カラオケ部のミーティング(という名の駄弁り会)がある俺は、いつも通りの時間にベッドから体を起こした。

 支度を済ませて家を出る。

 いつもの通学路。

 いつもの街並み。

 土曜日なりに、いつも通りの朝の生活を送る人々。

 俺はそんな、普通でありきたりの日常が大好きだ。

 ゆめんちゅにはちょっと悪いし、蛍について思うことも色々あるが……俺は、この件から手を引かせてもらおうと考えていた。

 だって、別に俺がいたってどうにかなるわけじゃないし。

 もし蛍を救えるとしたら……まぁ、不本意ながらあのバカだろうし、俺は必要ない。

 もし蛍を救えなかったら……それが、俺が協力していた結果なら、きっと、イヤだ。

 だから俺は手を引く。

 褒められる選択じゃないことはわかっている。物語の主人公なら、きっと最後まで諦めずに頑張るんだろう。

 だけど、俺は主人公じゃない。

そしてここは……物語の世界じゃなく、現実なんだ。

 この冷たい現実で、進んで自らの身を削り、誰かを助けるなんて馬鹿げている。

 俺はこの現実を、ぬる~く、ゆる~く生きたいんだ。

 主人公なんてもっての外。

 主人公の親友キャラだってごめんだ。

 バカゆめんちゅがよくやるギャルゲーに喩えるなら、俺は、主人公達が会話している時に映っている、後ろの背景になりたい。

 壮絶な物語にも、感動的な事件にも関与しない、ありきたりの学園生活。

 それが、俺の望むものだ。

 ……そう。

そう、思っていた。


ハズなのに――!!


「――……っ!!」

 旧校舎に向かって走り出しながら、俺は今日の……いや、これまでの俺の行動全てを後悔していた。


 どうして今日、寝坊しなかったのか。

 どうして今日、カラオケ部の駄弁り会に参加しようと思ったのか。

 どうして俺は、カラオケ部に入部してしまったのか。

 どうして俺は、恋文学園なんて非日常な学園に入学してしまったのか。

 どうして俺は――蛍と、知り合ってしまったのか。


 屋上に死神の鎌が見えた。

 そんな幻影が浮かぶほど、普通の高校生である俺には衝撃的な光景だった。

今の新校舎よりもさらに高い旧校舎の屋上――そこに、小さな制服姿の女の子が一人、フェンスを越えて佇んでいた。

 冗談だろ、と思った。

 俺は脇役で、背景で、物語には関与しない普通の人間なんだから……こういう場面に出くわすのは、ゆめんちゅであるべきだろ、と思った。

 普段あまり使わない筋肉を全力で使って、非常階段を駆け上がる。

 土曜日だから女子用の制服だが、スカートが捲れるのも気にしない。

 ただ、必死だった。

 必死に走りつつも……心の中では『間に合わないでくれ』と、最低な祈りを捧げていた。

 どうせ俺が行ったって、なにも変わらない。

 目の前で女の子に飛び降りられて、また新たな……過去最大級のトラウマが増えるだけ。

 だから、心底『間に合わないでくれ』と……そう心中で叫びながら、体が爆発しそうなほどの勢いで階段を上っていった。

「――蛍っっっ!!」

 非常階段を、これまでの人生で最も速く駆け上がった俺は、屋上へと続く扉をぶち破ると同時、腹の底から叫んだ。

 ただでさえ肺に空気が不足していたので、直後に咽て咳き込んでしまったが、そんなことはどうでもいい。

 頼む……!

 頼むから、どうか、『間に合って』――!!

「……こな雪さん」

 フェンス越しに振り返った蛍は、いつも通りの優しい笑顔を浮かべていた。

 とてもじゃないが、一時の気の迷いや自暴自棄によって、そこに立っているようには見えない。

 それが、さらに絶望的な状況であることを指し示していた。

「はぁ……っ! はぁ……っ!! は。はは……マジで……っ。……超、イカした、表現してくれんぜ……」

「……?」

 蛍が『よく分からない』、と言うように小首を傾げる。

 ……本当だ。

 こいつは確かに、レベル1の状態でラスボスに挑む『勇者』の気分だよ、バカゆめんちゅ――!!

「……死ぬな、蛍。きっとこれから、いいことがある」

「そんなことはありません」

 何も考えていない軽い言葉だったが、何かを考えている余裕も無かった。

 ただ一分、一秒でも長く蛍をこの世界に留めておけるよう、俺にできることは全部やる!

「そんなことあるよ。昨日の魚料理、超うまかったじゃん。あれ食べられなくなるの、嫌じゃね?」

「確かに少し残念ですが……もう、いいです」

「寝るの気持ちいいじゃん。やっぱり布団は、羽毛布団が一番だよな」

「これから永眠できるんですよ。すごく幸せです」

 ……うまいこと返されてしまった。

 さすが、学園一の頭脳の持ち主。

「蛍ほどのいい子が死んだら、泣く人がいっぱいいるよ? 友達を悲しませるのは、嫌じゃない?」

「私に、友達なんていませんよ」

「――――は?」

「私に友達はいません。一緒にお話ししたり、遊んだり、お昼ご飯食べたり、いつも一緒にいたり……そんな人はいっぱいいますけど、私は友達だとは思っていません。……思えません」

 何を言っているのか分からなかった。

 それこそ、ゆめんちゅが聞いたら、羨ましくて卒倒するような状況なのに――

「親もいません。いつも仕事ばかりで……まともに私と会話もしないような人を、私は親と呼べません。先生も、保護者の方々も……みんなが好きになってくれる『私』は、『いい子』の私なんです。……私は。本当の私は……全然、『いい子』なんかじゃないっ!!」

 悲痛な叫びが、屋上に響く。

 俺は初めて、蛍の本心を聞いた気がした。

「嫌ですっ! 私だって、普通の女の子になりたかった!! 普通に友達と遊んで、普通に女子高生らしい格好をして、普通にワガママを言って、普通に悪いこともして、普通に大好きな男の子と幸せな恋愛をして……っ!! そんな学園生活を送りたかった!!」

「…………すれば、いいじゃないか」

「私だって、したかったですっ!! でもっ! みんなが期待する私は、『いい子』の私なんですっ!! みんなが求めている私は、『いい子』の私なんですっ!! それを……裏切れと言うんですかっ!?」

「――――」

 わからない。

 俺には、わからない。

 俺と同じく……いや、俺以上に〝普通〟を望んだ女の子。

 そして、俺以上に〝普通〟になれなかった女の子。

「――そうやって、誰かのために頑張って、誰かの期待に応えて、誰かを守り、誰かを助け続けた私を……一体、誰が、助けてくれるのでしょうか……?」

 ……たぶん、同じものを求めていた俺と蛍の違いは、とてもシンプルで、つまらないくらい『大きな』ものなんだと思う。

 俺も普通になりたいと願った。

誰かから期待されてもその期待を裏切るし、裏切ることしかできない。

 だけど蛍は……その期待に、応えることができる人間なんだ。

 俺と違って、ずっと力を持っていて……誰かのために頑張れる、優しい子なんだ。

 だから頑張り続けて……きっと、その度に自分の幸せから遠のいて行ったんだと思う。

「もう……疲れました……。休ませてください……」

「――――っ!」

 止めなくちゃ、と思った。

 だけど、言葉は出なかった。

 代わりに、涙は出た。

 蛍は力があって辛い思いをしたようだけど……俺はいつも――いつだって、力が無くて辛い思いをしている。

 どちらの方が辛いかはわからない。

だけど、今の俺は、本当に辛い。


 蛍の身体が、青い空へと傾いていく。


それでも、俺の体は動いてくれない。

ちくしょう……!

頼む……頼むよ……!!

 俺には、ここらが限界だ……!

俺なりに頑張ってはみたけど、やっぱり俺は、脇役なんだ……! これ以上、今の俺にはどうしようもねぇ……っ!

 だから、頼む……っ!!


 誰か……俺に代わって、この子を救ってやってくれ――!!


 ぐしゃぐしゃになった視界で己の無力さを嘆く俺の隣を、疾風が駆け抜けた。

 ああ……そうだよな。そりゃあ、そうだ。

 俺と違って、本物のヒーローなお前が、ヒロインのピンチに駆けつけないハズがないよな……。

 悔しかったけど、その頼もしい背中を見て、ようやく体が動くようになる。

すぐさま俺も、風を追って走り出した。



「ぜっっっっったい、あきらめねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」



○無明院夢人


 旧校舎の屋上にいる蛍の姿を見て、反射神経以上の速度で階段を駆け上がった。

 そうして、開きっぱなしになっていた扉越しに、青空へ傾く蛍の姿が見えて、さらに限界を超えて加速した。

 頭の中は真っ白だった。

 なにも考えられない。なにも浮かばない。

 ただ、なんとなくこのままではマズイということだけは感じた。

 だから僕は、自らに気合を入れるために叫んで、後のことなんか微塵も考えず、ただ蛍の手をとることだけを目的に、フェンスから飛び出した。

「!!?」

 いきなりの僕の登場に驚いたのだろう。

 蛍が目をまん丸にして驚いている。

 そんな蛍の手を、僕は全力で掴み――半ば落ちかけた体勢でつま先を、なんとか屋上の縁に引っ掛けた。

「ぐっ!」

 ……が、さすがにこれは無茶っぽい。

 僕の愛する『GRAND』によると、『女の子は羽のように軽い』らしいが、蛍は普通に重かった。

……いや、女子高生の平均体重以下の重さではあると思うけど。

「は、離して下さいっ! このままでは、ゆー君も一緒に落ちてしまいますっ!!」

「オーケー。それじゃあ、これから先、頑張って生きるって誓うかい?」

 この切羽詰った状況で、無理矢理に最高の笑顔を浮かべてみた。

『逆境に置かれた時こそ強く笑え』って、誰の言葉だったっけ?

「な、なにを言っているんですか! 本当に落ちますよ!?」

 確かに、足はもう限界が来たみたいに痺れている。

 映画のワンシーンでは女の子を片手で掴んだまま、崖の淵で何分も粘るシーンがよくあるけど……どうやらあれもフィクションっぽいぞ。

 もっとリアリティを出すように文句を言ってやろうか。……いやしかし、映画なのにリアリティを求め過ぎるのも変かな~……。

 蛍の手を掴むという唯一無二の目的が達成されたせいで、いつも通り脳内の思考があちこち散策を始めてしまった。

 ……足、プルプルしてるけどねっ!

「あー。今日は快晴だねー。空が青い!」

「その空へ落ちちゃうって言ってるんで――」

 蛍がそこまで言ったところで、ついに僕のつま先が屋上の縁から滑り落ちた。

「――~~~っ!」

 声にならない悲鳴を蛍が上げるが、僕は余裕綽々だ。

 ……大丈夫だよ。

 ちゃんと、僕の……僕〝達〟の、大切な友達が助けてくれるから。

「こな雪ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

「うるせぇーーー!! ちゃんとわかってるわぁぁぁあああああああああああああ!!!」

 一応上げた絶叫に応え、こな雪が僕の脚を掴んで、屋上の縁に自らの足を引っ掛ける。

 うし。計画通り。

 これであとは、引き上げてもらうだけ――

「……っ! わ、悪いが、引き上げるほどの余裕はねぇぞ……っ!?」

「えええっっ!? ちょっ、まっ! ど、どんだけぇーーー!!」

 計画というものは、些細な事故で狂うのが、世の常だ。

「も、もう本当にいいですっ。離して下さい……!! 私一人死ぬのは構いませんが、お二人まで道連れにするわけにはいきませんっ!」

「つれないこと言うなよー。僕と蛍は恋人である以前に、友達だろー?」

「恋人よりも友達という関係性が重いみたいな言い方ですね……っ!」

 こな雪が震えながらもツッコんでくれる。

 うーむ。こりゃ、マジでヤバイな。

 もって、あと2~3分かな。

「蛍さぁ……他人に気を遣い過ぎだって。別に蛍が『いい子』じゃなくたって、友達になってくれる子はたくさんいると思うよ? とりあえず、僕とこな雪はなるし」

 この状況でのん気な説得を続ける僕に、呆気にとられていた蛍だったが……逆に冷静になったらしく、真面目な顔で返答をくれた。

「……それでも、全ての人がそうではないです。そして、きっと、私が『いい子』であることを願っている人の方が、ずっと多いと思います」

「うーん。そうかもねー。『いい子』な蛍は僕も好きだし」

「おいこら、ゆめんちゅ!」

 こな雪が焦ってツッコむが、事実は事実だ。

『いい子』が嫌いな人間なんて、滅多にいない。

「……でもさ、蛍。この世界ではね。全ての人に好かれようなんて、難しい話なんだよ。それは『いい子』な蛍だって一緒。勉強ができて、運動ができて、優しくて、真面目で、頑張り屋で……そんな『いい子』の蛍が嫌いな人だって、きっといるでしょ?」

「それは……」

 蛍が言い淀む。

 そう。そうなんだよ。

 結局、どんな人間になったって、難しいことなんだ。

「僕は夢を追う男だからね。世界中の人間に好かれることが、絶対に無理だとは言わない。言わないけど……それはとても難しい。特に今の蛍みたいに、本当の自分を隠して、自分自身さえも自分を好きになれないような……そんな人間が、世界中の人間から好かれるのは、かなり難しいと思う」

「…………」

「……これからさ、蛍を傷つけることを言うよ。

蛍はさ……本当は『いい子』になって、世界中の人から好かれたいだなんて、思っていないよね? ただ仲良くなりたい人がいて、でも、その人と仲良くなる方法が……自分を好きになってもらう方法がわからなくて。その手段として『いい子』になろうとしたんだよね?

それは本当に大変で、しんどくて、辛くて……そんなことができた蛍は、本当にすごいと思うよ。でもね……だからといって、そんな『いい子』の蛍に振り向いてくれない人を不服に思うのは、やっぱり、違うと思うんだ」

 きっと僕は、ひどいことを言っている。

 これまでの蛍の頑張りを。

 これまでの蛍の人生を全否定するような、ひどい言葉を並べている。

「それに、もし振り向いてもらって仲良くなって……蛍を好きになってくれた人がいたとしても……その人は『いい子』な自分しか見ていないんじゃないかって、今度は蛍自身が相手を信じられなくなっちゃうよね?」

「…………そう、です……」

 蛍が、泣いていた。

 俯いて前髪の陰になり、その瞳は見えないけど……綺麗な頬から透明な雫が、いくつもいくつも宙に流れている。

「私も……最近になって、やっと気づきました。……自分の失敗に。

でも、もうどうすることもできない。どんなに嘆いたって、私の欲しかった『普通の学園生活』は、手に入らない。もうすぐ、受験勉強や就職活動が始まって、この学園を卒業して……。私はお父様の期待に応えて海外へ行って……。…………それで、私の欲しかった〝夢〟が、壊れるんです……」

 蛍の、血を吐くような告白。

 ……僕にはわからない。

 未だ夢を追いかけ続けている僕には、その夢が崩れ落ちる瞬間の絶望を……今はまだ、理解することができない。

 だけど――これだけは、言ってあげられる。



「夢は無限だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 しんみりした雰囲気をぶち壊すように、爽快な青空に向かって絶叫した。

 蛍もこな雪も唖然としている。

「まーだ『学園生活』は終わっていませんよ、蛍さん? ほーら。今だって素敵な青春の一ページは継続中ですし、〝まだ一年も〟、学園生活が残っている――」

「それは……っ。でも、今さら……っ!!」

「はい、ダメー。蛍さんは、この私、無明院夢人さんが大嫌いなワードの一つ、『今さら』を使用しましたー。そんな言い訳は聞きませーん」

「「…………」」

 沈黙だった。

 蛍もこな雪も「なに言ってんだ、コイツ……」くらいの視線で僕を見ている。

 だけど、いいのさ。

 きっと、これくらいバカで何も考えていない、単純思考の僕みたいな奴が、誰よりも上手に蛍に力を貸せる――

「夢と未来は無限だよ、蛍。

これまでがダメだったなら、それを参考に、もっとうまく行く方法を考えてこれから頑張ればいいし……もし、その夢が壊れてしまっても……きっと、それ以上の幸せな夢が未来に待っている――そう考えて生きてみると、楽しくない?」

「……でも、これまでダメだったのに、これから先、そんなことが起こるとは……」

「違う、違う。『起こる』んじゃなくて、『起こす』んだよ。

他の誰でもない蛍が、蛍のためだけに、蛍自身の可能性と力を信じて、心から望んだ夢と未来を、無理矢理に手繰り寄せるんだ。それはきっと――最高に生き甲斐のある人生だと思う!!」

 蛍の方を見て、にっこり笑顔で声を掛けていると……やっと蛍の方も顔を上げて、こっちを向いてくれた。

 蛍に、僕の言葉が届いたかどうかはわからない。

 僕の言うことを、信じてくれたかどうかもわからない。

 それでも、いいのさ。

 なぜなら僕は、【Little Wing】。



――【汝、隣人に力を貸す、小さき翼となれ】


 僕の持つ小さな羽根が。

ほんの少しでも君の背中に追い風を送れたなら……それは、この上ない幸福だ。



「感動的な場面に水を差すようで悪いんですけどね……お二人さん……! そろそろ、マジで限界なんですが……っ!!」

 ……さすが現実。綺麗な物語として成立しないことに定評がある。

 しかしまぁ、確かに、僕が推測した限界の時間はとっくに超えている。

 こな雪も、頑張ってくれた方だろう。

「よし。仕方ない。一丁、空でも飛んでみるかーっ!」

「へ?」

「ふぇ?」

 僕の発言の意図が掴めないのだろう。

 戸惑いの声を上げる二人を無視して、僕は全力全開のバタ足を開始!

「ちょっ、うえっ!? なに考えてやがるバカゆめんちゅ!! 落ちるって! マジで落ちちまうってぇーーー!!」

「ふ、ふぇぇえええええええええ!?」

 振動とこな雪の発言で何が起こっているのか理解したらしい蛍も、同様に慌てた声を上げる。

「大丈夫だ! 信じれば、空だって飛べる! 夢は、叶う!!」

「ゆ、ゆー君! それはさすがに信じられないというか……っ!!」

 蛍が何か言っていたが、僕はバタ足をやめない。

 そしてついに、こな雪の手が僕の脚から外れた。

「あい・きゃん・ふらーーーーーーーーーーいっっっっっ!!」

「ばかやろーーーーーーーーーっ! 人間が飛べるかぁぁああああああああああああ!!」

 屋上に取り残されたこな雪が叫ぶ。

 一人にしてごめんよ、マイ・スイート・ハニー。

すぐに戻るからネ☆(キラッ)

 ウィンクしてみるも、こな雪はガチで青ざめていた。

「――~~~……っ!!」

 ちなみに蛍も、僕に抱きついたままぎゅっと目を瞑り、カチコチに固まっている。

 はは。ついさっきまで自殺しようとしていた女の子とは、思えない表情だ。

「……絶対に大丈夫だよ。やり直せない人生なんてない。不可能なんてない。願えば何度だって奇跡が起こるし、信じれば何度だって夢は叶う。失敗したらその度にやり直して、失敗した幸せ以上の幸福を創造すればいい。

僕達の未来はきっと。この世のものとは思えない、物語のような二次色に輝いているさ!」

 腕の中の優しい頑張り屋さんに確信を持って告げ、どこまでもどこまでも青い空を、僕達二人は飛んで行った。



○夏原こな雪


 ――後日談。

 とりあえず当日の結果から言うと……非常に残念ながら、バカゆめんちゅは生きていやがった。

 落ちる寸前に『空を飛ぶ』なんてカッコいい発言をしていたけど……そんなファンタジーな能力がアイツにあるハズもなく、自然の摂理に従って、どんどん落ちて行った。

 そしてここからは……俺にとってはマジでファンタジーっぽい展開だったわけだけど、あの野郎、自分の身体を犠牲にしやがった。

 落ちていく途中の階にあるベランダや手すりに、骨折覚悟で自分の腕を引っ掛け……最後は校舎の壁を蹴ることで落ちる地点を変更。

 頼りない木の枝を突き抜けて落ちたのは――花壇だった。

 後から知った話だが……何も植えられていなかったその花壇の土は、今すぐにも使えるくらいの量が、とても綺麗に手入れされ、非常に柔らかくなっていたらしい。

 そのお陰で、蛍を上にして落ちたゆめんちゅも一命を取り止めたのだとか。

 ……まったく。

旧校舎の無人花壇まで手入れするなんて、ほんと今期の園芸委員は、真面目な『いい子』なんだなぁ……。

「こな雪、助けて!! もう無理! 財政的に、マジで無理なのぉっっ!!」

 事が起こった旧校舎は立ち入り禁止になったが、新校舎の屋上は特に制限されなかった。

俺はお気に入りのその場所でまったりしていたのだが……右腕を脱臼、左腕を骨折してギブスをつけたアホが、騒々しくやって来てしまった。

「はぁ……またメンドくせーやつが来た……」

「うん、そのガチで傷つくセリフ、なんとかモノローグという『てい』にしてもらえないでせうか……?」

「どうでもいいけど、何? またデート迫られてんの?」

「そうなんだよーっ!! なんか知らんが、唯一の友達であるハズの灯にまで「……そろそろ死のうかな」って言われる始末だしーーーっ!!」

 orzと、ゆめんちゅが屋上の床にひれ伏す。

 そう。あの日から、ゆめんちゅ相手に『死ぬ死ぬ詐欺』が横行している。

 俺達としてはバラす気はなかったのだが……週明けに、やけにスッキリとした表情の蛍が、事の顛末をキレイに暴露してしまった。

 それはもう、質問による質問全てに答え、細部まで隅々と。

 あの子、やっぱり地がいい子なんだなー、という、ほんわかした感想で和んだのは俺だけで、当のゆめんちゅはそれどころじゃなかった。

 なにせ、『死ぬ』と発言して迫れば、少なくとも一日デートをしてもらえることがわかったのだから。

 それを知って何もしないほど、うちの女子生徒達は草食系じゃない。

「ま、どうでもいいけどなー。俺は基本、イケメンは死ねばいいと思ってるしー」

「そんなっ! こな雪ぃーーー!!」

 おいおいと泣き、俺の足に縋り付く変態を、一蹴りでどかす。

「うぅ……しくしく……」

「…………」

 ……うん。

 せっかくだから、この機会に聞いてみようかな。

「なあ……お前はさ、なんでLWで人助けなんかしてんの? やっぱ、友達が欲しいから?」

「うぅ? そうだよ……?」

 ……やっぱりな。

「……だけど別に、友達になってもらえなくても、それで相手をどうこうは思わないよ。……悲しいけどね。『力貸したんだから友達になれー』って、ヘンな話だと思うし。結局のところ僕は、僕がしたくてこういうことをしているだけだしさ……。

 だから僕は、友達になってもらえれば最高に嬉しいけど、友達になってくれなくても全然構わないんだ……。その時はさらに頑張って、僕を友達と想ってもらえるように努力するだけだよ……」

「…………」

 相変わらず床に突っ伏したままの、投げやりな返答。

 だからこそそれが、コイツの本心なんだとわかってしまった。

 それと同時、同じく理解する。

どうして俺が、コイツを苦手としているのか。


 こいつに魔法は使えない。

 超能力も持っていない。

 神様の奇跡さえ、ほとんど味方しない。


 悲しいほどに残酷で、どうしようもなく冷たい現実を……ただただ自らの努力によって切り開き、己の望む未来を手繰り寄せる凡人――


 そんなゆめんちゅは……やっぱり凡人で、かつ、確かにヒーローであると思った。

 そしてそれは、同じく凡人である俺にだってできるハズなんだ。

 俺もこいつみたいなヒーローに、なれるハズなんだ。

 いや、地のスペックや才能がほとんど無いコイツに比べたら、遥かに楽になれるだろう。

 だから俺はコイツと居ると……努力していない自分が、どうしてもカッコ悪く見えてしまって。

それでこのバカを、なるべく避けるようにしていたんだ。

「……ったく、腹が立つぜ……」

「なんで!? 僕、何かした!?」

 床に伏せていたゆめんちゅがガバッと起き上がり、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「……寄るな、キモイ」

「なんで今日はそんなにツンなわけ!? ……まあ、いいや。よくないけど、いいや。

 それよりも、言い忘れていたけどさ……こな雪、屋上での一件は、本当にありがとな」

「……別に俺は、いらない子だっただろう」

 コイツのことだ。

 最初から落ちるという状況も想定し、あの花壇に目をつけていたハズだ。

 気に入らないが、普段から白鳥のごとく水面下で努力しているし。

「なに言ってんだよー。全部、こな雪のお陰じゃないかよー。こな雪がいてくれたから蛍が落ちる前に僕が間に合ったんだし、こな雪が僕の脚を掴んで必死に耐えてくれたお陰で、蛍を説得できたんだ。そういう意味じゃ、マジで今回の一件、僕こそいらない子だったよなー。本当にありがとう、こな雪!」

 ははは……と苦笑するゆめんちゅに、謙遜している様子はない。

 恐ろしいことだが、コイツの頭の中ではマジで今回の一件、全てが俺の手柄ということになっているらしい。

「……あー。マジでゆめんちゅ殺してぇー」

「なんで!? お礼言ったらダメなの!?」

 こいつから女神を奪い取るには、一体どれくらい努力すればいいんだろうか……と、俺はブルーな気持ちで空を見上げた。


 そして、今回のオチ。

 蛍から呼び出されたゆめんちゅに連れられて、俺も『伝説の樹』と呼ばれる、校庭の隅にある桜の樹に来ていた。

 ……うん。どう考えてもまた、俺がいらない子になるパターンですね、わかります。

「ゆー君、こな雪さん」

 蛍の声が聞こえて、桜の樹の後ろから女の子が出てきた……のだが。誰、この娘?

 軽くシャギーの入れられたショートカットと、俺が見ても絶妙と思える丈のスカートが、心地良さそうに風になびいている。

 顔はナチュラルメイクに彩られ、何よりも、未来を視ているかのようにキラキラと輝く瞳が印象的だ。

 そして前髪の左側に――小さな桜のヘアピンをさしている。

「……びっくりした。蛍……だよ、ね?」

 同じく大分驚愕しているらしいゆめんちゅが、念のために確認。

 俺も返事を聞くまで、確信が持てない。

 いつぞやの帰宅部少年の変貌ぶりも相当なものだったが……やっぱりこういうのは、女の子の方が驚異的であると思う。

「えへへ……いめちぇん、しちゃいました」

 はにかむように笑う笑顔を見て、一瞬で心を奪われた。

 眼鏡からコンタクトにしたんだろうけど……非常に表情が明るい。

 うわ……ちょっ、これはマジでポイント高い――い、いや、俺には全宇宙を統一するほどの美貌を持つ、日向さんという心に決めた女性が……っ!!

「……それ、私のための怪我ですよね……。謝って済むことではないと分かっていますが……それでも、本当にごめんなさい……」

 蛍がゆめんちゅのケガを見て、心底悲しそうな顔をする。

「だーいじょうぶだよ。夢人さんはタフだからねっ!」

 対するゆめんちゅは、全然大したことない、というように笑って見せた。

 ……両腕を脱臼・骨折し、全身を打撲している人間とは思えない笑顔だ。

「それにさ……僕は蛍のそんな顔は見たくないかなー。どうせなら、いつものとびきり可愛い笑顔で『ありがとう』が聞きたいよ」

 さらりとそんなセリフを宣うバカに、蛍が赤面する。

 ……イケメン、マジで爆発しろ。

「あぅ……。で、では……ゆー君。今回は、本当にありがとうございましたっ! あ、こな雪さんも……」

「いえいえ。僕も蛍と恋人になれて楽しかったよ。本当にありがとう!!」

 俺はオマケのいらない子なんですよね、わかってます。

 ゆめんちゅの言葉を聞いて……蛍は、ちょっぴり傷ついたような顔をした。

 そして、今日呼び出した本当の用件を切り出す。

「……前は事情がありましたから。ゆー君……いえ、無明院君。今度は私から、言わせてください」

 可愛く一度、深呼吸して。

『いい子』の作り笑顔じゃない……蛍の本当の笑顔で。

自分の、心からの気持ちを。

「好きです、無明院君。……本当はずっと。一年生の頃からずっと、私はあなたのことが大好きでした。これからも私と、お付き合いしてほしいです」

 頬は紅潮し、緊張もしているようだけど……以前のような陰はない。

 ゆめんちゅも気づいたんだろう。

 ニヤリ、と、コイツも最高の笑顔で告白した。

「ありがとう、蛍! だけど……絶対に嫌だっ!! 僕は蛍と、恋人じゃなく、友達になりたいっ!!」

 ……いや、お前、『絶対』って……。

「……ひどいです、ゆー君……。私これでも、いめちぇんしてから何度か男の子に告白されたのに……」

 しくしく……と、蛍が泣き真似をする。

「うん。今の蛍なら、全男子生徒攻略も、夢じゃないと思うよ!」

「あ。でしたら、ゆー君も――」

「もとい、全男子生徒マイナス僕とこな雪の攻略も、夢じゃないと思うよ!」

「ちょっと待て! なんで俺も一緒に除いた!!」

 俺の気持ちというよりは、すでに誰かに落とされる予定がある、みたいなニュアンスを感じたぞ!?

「というわけで、蛍。僕と友達になろう」

「……お友達から恋人に昇格する可能性は?」

「ない」

「ぜ~~~ったいに、イヤですっっっ!!」

 べーっと舌を出して拒絶する蛍は……楽しそうに笑っている。

「私、すごく大きな夢ができたんです。『普通の学園生活』なんて比較にならないほど、特別で、大切で、幸せな夢です!」

「へー。どんな夢?」

「ゆー君の、お嫁さんです」

「ぶふっ!?」

 軽いノリで聞き返したゆめんちゅが噴き出す。

 いや、今のはどう考えてもそういう流れだっただろう……どんだけ空気読めないんだ、お前は……。

「お、おーけー……。夢を見るのは個人の自由だしね……。僕が蛍を友達にするのが先か、蛍が僕のお嫁さんになるのが先か、どっちが早いか勝負だ!」

「でも私……もう『いい子』じゃないので、手段は選びませんよ?」

 へらへらと笑う隙だらけのゆめんちゅに、蛍が抱きついた。

 そして――

「――っ!? !? !?」

「――……。え、えへへ……」

……ちょっと衝撃的かつ非現実的な光景が見えてしまった気がして、俺も思考フリーズ。

必死に再起動。

 う、うん。なんか知らんが、蛍が死ねばいいのにアホバカの唇に、自分の唇を押し付けたような気が……っ!?

「……ハッ!? 待ってくれ、こな雪! こ、これは違う!! そ、そうだ! こな雪には、ちゃんと僕の童て――」

「いるかぁーーーっ!! ちくしょうっ! これだからイケメンはっっ!!

 やっぱりお前なんか友達でもなんでもないっ! 灯や日向さん、刀子ちゃんにバラしてやるからなぁぁあああーーーーーー!!」

「待って! とりあえず、刀子ちゃんだけはマジで勘弁してぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

 絶叫しながら走る俺達を、蛍が幸せそうに微笑んで見守っている。

 初夏に近づく空は青く、今日も一段とキレイに、輝いていた。




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