プロローグ ~伝説の樹の下で~
「好きですっ! 夢人先輩のことが……好き、です」
前半は勢いに任せて力一杯、後半は怯えるように俯きながら……少女は呟いた。
一年生だろうか。まだ初々しさが残る雰囲気に、パリッとした制服。
校庭の隅にある桜の樹の下。爽やかな風に舞う桜吹雪を浴びながら、花びらよりも真っ赤な顔で俯く少女は……はっきり言ってかなり可愛かった。
告白にこの場所を選んだのも、縁起を担いだのだろう。
根も葉も無いうわさ話だが、この桜の樹の下で大切な人に告白すると、想い人と必ず幸せになれるという伝説が、この学園にはある。
そんな純粋で真っ直ぐなところも、本当に可愛かった。
「……ごめん」
そんな少女を傷つけるのは、本当に辛くて……身勝手だが、少女以上に僕の心が痛んでいるような気もする。
「……どうしても、ダメですか?」
少女は、泣かなかった。
いや、本当は泣いているのかもしれない。
事実、大きくて綺麗な瞳は、太陽の光を反射してうっすらと光っている。
それでも懸命に涙を堪える彼女は……本当に強くて優しい子だと思う。
「うん……ごめん。僕、今、誰かと付き合おうと思えないんだ……」
「そうですか……」
穏やかな風が駆け抜けていく。
桜の樹が少女の涙を代弁するように、花びらを散らせ続けた。
「……あの。逆に、僕からお願いがあるんだけど」
無理だろうなと思いながらも、一応言ってみる。
ここは伝説の樹の下なんだから、ひょっとしたら、僕の望みも何かの間違いで叶うかもしれない。
「……なんですか?」
想いを拒絶し、自分を傷つけた僕の言葉に耳を傾けてくれる少女。
こんな子には、ぜひとも僕以外の……もっと優しい人と幸せになってほしい。
「友達に……なりたいんだ……」
今度は僕が、勇気を振り絞って告げる。
勢いで瞑っていた目をそぉ~っと開くと……
「そ、それは……告白オーケーってことですか!?」
……案の定、少女が誤解していた。
「い、いや、違うんだ。ごめん。単純に、僕と友達になってほしいんだ」
「そ、それはつまり、例の『お友達から始めましょう』ってやつですか!?」
少女のテンションが一気に上がっていく。
お、おかしいな。さっきまでの可憐な雰囲気が消し飛んだぞ。
これが肉食系女子というやつなのかな?
「ごめん、誤解しちゃったよね? 僕が言いたいのは本当に、純粋な意味での友達で……」
「はい! それで、友達から徐々に距離を縮めて行くんですよね!」
うん。まぁ、そうだよね。
普通、そうなるよね。
「いや……非常に申し訳ないんだけど、本当に、本っっ当に、友達関係になりたいんだ! むしろ、友達関係のままがいいッ!!」
「……。……。えっと……話が見えなくなってきたのですが……夢人先輩は、私と友達になって下さるんですか? それで、友達関係のままでいたいってことですか?」
「そうそう、そういうこと」
「それで、恋人に昇格する可能性は……?」
「うん、それは本当にごめんっ! この通り僕は恋人を作らない主義だから、恋人関係に発展することはないと思う! でも、きっと僕達の友情は永遠さ!」
自分でも惚れ惚れするほど爽やかな笑顔で言い切ったのだが……僕に惚れていたはずの少女は、思いっきり引いていた。
「や、やっぱり……夢人先輩ってホ☆だったんですね……」
「ちょっと待ってくれ! それは本当に誤解なんだ!!」
なんで僕が☆モっていう噂が定着しつつあるの!?
いや、原因はなんとなくわかるけどっ!
「う、うぅ……夏原先輩とお幸せにーーーっ!!」
「ま、待ってくれーっ!! 僕は本当に、純粋に友達が欲しいだけなんだーーーっ!!」
桜も散り始めた高校三年生の四月。
僕は、累計108人目の『失友』を経験した。
……『失友』とはもちろん、失恋の友情ヴァージョンである。