第10話 呪いと、術者と、効かない理由
妙な事件の噂が立った。
近くの遺跡に近づいた者が体調を崩すらしい。
調べた結果、原因は地下から発せられる呪いのせいという事がわかった。
役所からギルドへ正式に探索調査依頼が入り、いくつかの冒険者が現地へ向かった。
しかし、調査に行った者たちもことごとく被害を受け、撤退を繰り返した。
戻ってきた者たちは皆、顔色が悪かった。妙なことに、実力者ほど症状が重くでた。
ギルドで合同調査が組まれる事になった。
Aランクのリーダーを筆頭に、Bランクの前衛が二人、同じく魔法使いが二人。さらに、手練れの斥候が一人。
そこに、アルファスとニャリエナが加えられた。どう考えても荷物持ちの人数合わせだった。
「おまえらは後ろでいい。足引っ張るなよ」
Aランクのリーダーがアルファスを一瞥して言った。
「は、はい……わかりました……」
アルファスは小さくうなずく。
ニャリエナは気にした様子もなく、鼻をひくひくさせながら周囲のにおいを確かめていた。
遺跡に入った瞬間、空気が重くなった。体に見えない何かがまとわりつくような感覚がある。
奥へ進むほど、その嫌な感じはどんどん強くなっていった。。
先頭を歩いていた斥候が、不意に足を止めた。眉をひそめ、周囲を警戒するように視線を動かす。
「おかしい……感覚が、鈍い」
斥候が小さくつぶやく。その声を合図にするように、後ろでも変化が出始めた。
魔法使いの一人が顔をしかめた。体の中の魔力が、勝手に抜けていく。
前衛の一人が剣を持つ手を見下ろす。握力がなくなり、武器が重い。
リーダーが膝をついた。立ち上がろうとしても、うまく力が入らない。
ニャリエナもふらついた。耳がぺたりと下がる。
「変なにおい、強いニャン……」
異常が広がる中、アルファスだけが、何事もないように立っていた。
周囲を見回す。
斥候は壁にもたれかかり、前衛は剣を引きずるように歩いている。魔法使いは額を押さえていた。
リーダーも、立っているのもやっとという感じだ。顎を引いて、それでも前を向いている。
「足が重たいニャン」
ニャリエナもしっぽが垂れ下がり、足をひきずっている。
アルファスは、自分だけ何も影響を受けていない事を悟った。
皆、歯を食いしばって進む。プライドと意地だけが支えだった。
アルファスを除いて。
奥の部屋にたどり着くと、床一面に魔法陣が広がっていた。
複雑な線が幾重にも重なり、中央に黒いローブの男が立っていた。
「ほう……ここまで来たか」
男が顔を上げた。視線が巡り、倒れかけた者たちを確認して、やがてアルファスで止まった。
「ククク、この場は効率がいい。強い冒険者ほど、呪いがよく馴染む。私の力の源となるのだ」
男が手を上げると、空間が歪んだ。黒い揺らぎが広がり、冒険者たちが苦しそうに膝をついた。
アルファスを除いて。
「……えと、あの……?」
アルファスが首を傾げた。
男は眉をひそめると、もう一度、黒い揺らぎを放った。しかし、アルファスに触れた瞬間、消えてしまう
アルファスは変わらずに立っていた。
「なぜ……効かない」
低い声だった。男の表情が歪み、アルファスを舐めるように見た。
それから、アルファスにだけ聞こえるように静かに言った。
「……呪いが効かない人間は、二種類だ。強力な神の加護を受けている僧侶か――」
一度言葉を切り、再び口を開く。
「もしくは……すでに、呪われている者だ」
アルファスは、ぴたりと動きを止めた。
それから眼鏡を押し上げる。
「……その……どちらかは、想像に任せます……はい……」
短い沈黙があった。
「……ならば始末する。ちょうどいい。この肉体強化の実験台になれ」
男が足を踏み出すと、床が砕けた。一歩で距離が詰まり、鉄をも裂くような一撃を振り下ろす。
アルファスは体の芯を半歩だけずらした。拳が空を切り、風が頬をなぞった。
「……踏み込みに、癖があるな……右に入る時、左肩が先に動く……呪いで強化した筋力に、体が追いついていない……」
術者は舌打ちして、より大きく踏み込んだ。
アルファスは外に逃げず、逆に内側に入った。手首を打って力を流し、肩を当てて軸をずらした。
男がぐらりと体勢を崩したところで、足を払う。男の体が仰向けに倒れた。
間を置かず、アルファスが押さえ込み、刃を喉へ当てる。
「……終わりですね……はい……」
あっという間だった。
男がアルファスに飛びかかり、そのまま勝手に倒れて終わった。
周囲には、そう見えた。
アルファスは男を縛り上げ、魔法陣の要点の線をいくつか踏み潰した。部屋の空気が変わり、黒い靄が散っていく。
斥候が顔を上げた。前衛たちが剣を握り直し、魔法使いが息を吐いた。ニャリエナが体をぶるりと震わせた。
「……軽くなったニャン」
リーダーが最後に立ち上がった。
ギルドに戻ると、視線が集まった。
Aランクのリーダーが前に出て話し始めた。
「……強力な呪いだった。能力が高い奴ほど影響を受けるんだ。俺たちは皆、動けなくなってしまった」
ギルド中が静まり返る。
「だが、今回Dランクがいたからな。低ランクの者はほとんど影響を受けなかったようで、結果的には助けられた」
そう言って肩をすくめる。
視線がアルファスに集まり、失笑が起きた。
「術者は大したことなかったよ。なにせDランクにやられるくらいだからな。勝手に転んで自滅してた」
笑いが漏れた。
「今回は低ランクに助けられたよ。お手柄だったな。ありがとさん」
リーダーが言い終わると、笑いが広がった。
「役に立たないのが役に立ったな」
「陰気すぎて呪いも逃げたんじゃね?」
「存在自体が呪いっぽいもんな」
もはや、ギルド中がどっと沸いていた。
ニャリエナの耳が逆立った。
「違うニャン!! 勇者様が全部やったニャン!! 助けられたくせに何いってるニャン!」
空気が一瞬だけ止まった。
「いや、別に助けてとも頼んでないし」
「なあ」
「な」
軽く頷き合った。空気が戻り、笑いがまた広がった。
ニャリエナの尻尾がぶわっと膨らんだ。
「話にならないニャン!! もう行くニャン!!」
アルファスの腕を掴み、出口へ向かって引っ張っていく。しかし、途中でくるりと振り返った。
「……報酬、もらうニャン」
受付へ戻って袋を受け取ると、中身を確かめた。
「よかったな、稼げて」
「もらうもんはもらっとけよ」
「俺なら恥ずかしくてもらえないけどなー」
飛んでくるヤジを無視して、二人はギルドを後にした。
後ろではいつまでも笑い声が聞こえていた。
夜の通りを二人で歩いた。ニャリエナはまだぷんすかしていた。
「まったく! 呪いは大変だったニャン」
尻尾は膨らんだままだ。
「勇者様がいなかったら、大変な事になってたニャン。なんで誰も認めないニャン!」
拳を握りしめてから、アルファスに向かって振り返った。
「勇者様も勇者様ニャン! 何で言い返さないニャン!」
「いや……今回は、たまたま……呪いの影響を受けなかったから……」
アルファスは、目を合わせずにぼそぼそとつぶやいた。
「呪いって、変わったにおいだったニャン。でも……」
ニャリエナは足を止めると、首を傾げた。
「そういえば、勇者様から、たまに似たようなにおいがするニャン」
「ふぁっ……そ、そうですか?」
「そうニャン。不思議ニャン」
ニャリエナは、そう言ってアルファスを眺めた。
「まあ……僕は……存在が呪いみたいなものです……ので……」
そう言いつつ、アルファスは目をそらした。
ニャリエナはしばらくアルファスを眺めていたが、やがてにこっと笑った。
「勇者様が術者なら、いくら呪われてもかまわないニャン」
そのまま振り向いて歩き出した。
「……ちょ、ニャリエナ氏……意味がわからな……な、何ですか……?」
慌てて後を追った。ニャリエナは振り返らなかった。尻尾だけが、機嫌よくゆれていた。




