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午前零時の図書館シリーズ

午前零時の図書館 ― 配達されないままの手紙

作者: ブラウニー
掲載日:2026/04/11

午前零時の図書館シリーズの第一話です。

初の投稿ですが、宜しくお願いします。

・プロローグ


 遠くから鐘の音が、夜の闇に(にじ)むように聞こえてくる。

気づけば、目の前に見知らぬ扉があった。

古びているが、りっぱな木の扉。

取っ手に手をかけると、ひやりと冷たい。

なぜか、開けてみたい気がしてくる。

ゆっくりと、扉を押し開く。


 その先にあったのは――図書館だった。

無数の本が並ぶ静寂の空間。

そして、受付にはひとりの男が立っていた。

黒いコートに、黒いシルクハット。

手には黒いスティック。

男は静かに微笑む。

「ようこそ。午前零時の図書館へ」


 この場所は、極限まで追い詰められた者だけが辿り着くという。

ここで何が起こるのか――

それを知る者はいない。

ただひとつ確かなのは、

ここで“人生が書き換わる”ということだけだ。



・冒険者ギルドで仕事を探す


 ここはソルダス国の東の外れにあるランスの町である。

町の近くには奥深い森があり、獣や魔物が徘徊していた。

ランスの町では、その獣や魔物を狩るのを仕事とする多くの冒険者がいた。

 まだ駆け出しの冒険者ルークスは、冒険者ギルドに来て依頼を探す。

しかし、仕事が貼り出してある掲示板に、ろくな依頼が残っていないことにがっかりしていた。


「あ~あ、俺が受けられる依頼が何も残ってない……」

ルークスのつぶやきに、受付カウンターから声がかかる。

「そこにひとつあるじゃない」


声のする方に振り向くと、ギルド受付のエイミーさんだった。

「そこっ、そこよ!掲示板の右の一番下」


そこには黒いコートに黒いシルクハットをかぶり、手に黒いスティックを持つ男が依頼書をしげしげと見ていた。

半年以上、放置された手紙の配達依頼だ。


その場に不釣り合いな格好だなとルークスは思ったが、やがて彼の視線に気付いたのか、すぐに男はその場を離れギルドを出て行った。


「あれって、何ヶ月もほったらかしになってるやつじゃないか。報酬はわずか銀貨5枚。宛先はアンナって名前だけで住所が不明。どこに届けりゃいいんだよ!」


なげやりなルークスにエイミーが受け答える。

「適当な魔物討伐も護衛の仕事もないし、割に合わないかもしれないけど、受けてもいいんじゃないの」


「あ~あっ、どうせ他に仕事もないし。財布の中身もとぼしいし。受けるよ!受けりゃ良いんでしょ!!冒険者なんだし、少しは人の役に立たないとな」

少しやる気を出したルークスは依頼書を手に取った。


「取りあえず依頼人に話を聞いてみるかな」

ルークスはそう言いながらギルドを出ようとする。


「その人、去年亡くなったわ」とエイミー。


「えー、どうやって探せってんだよ」


人差し指を額に当てながら、エイミーが言う

「う~ん、依頼人の住んでたとこ行ってみたら。家の近所とか、よく行ってた店とか……」


「はぁ、とりあえず頑張ってみるよ」


「応援するからしっかりね~」

エイミーの声援を背に、ルークスは依頼人の住んでいた家に向かった。



・依頼主の家の前


 こぢんまりとした一軒家。

玄関には、鍵がかけられている。

家の周りをうろうろしていると、不審に思った近所のおじいさんが声をかけてきた。


「おまえさん、その家になんか用かい」


いぶかしげな声に、ルークスは緊張した顔で応える。

「この家のエルマさんからアンナさん宛に郵便配達の依頼をギルドから受けたんですが、宛先の住所が書いてないんで、ちょっとでも手がかりがないか来てみたんです」


「エルマは去年亡くなったから、分かる人はいないかもな」


「お友達とか、通っていた店とかありませんか」


おじいさんは、周囲を見渡すようにしていると思い出したようだ。

「そういや、近くのパン屋でよく買い物していたそうだ。パン屋の女房とはすごく仲良かったみたいだぞ」


おじいさんに礼を言うと、そのパン屋に向かった。


 依頼人エルマさんの家から5分ほどでパン屋にたどり着いた。

店からは、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂ってくる。


「こんにちは。冒険者ギルドからエルマさんの依頼を受けた者です。アンナさん宛の手紙の配達先を調べていて……」


パン屋の女将ブレアは、ふくよかで陽気な女性だった。

ルークスが手紙を見せると、目線を下げたまま手紙をしっかりと見つめる。

両手を前掛けで拭き、右手で髪をなであげると寂しげに話し始めた。


「エルマとアンナとは昔から知ってる。以前同じ町に住んでたからね。

アンナはエルマの娘なんだけど、二人は十年以上会っていないと思う。」


「どうしたんですか」


「戦争だよ。隣国との紛争で、アンナは志願兵に応募したのさ。アンナは冒険者で凄腕の剣士だったんだ。エルマは必死で止めたんだけど……あの子はそれを振り切って行ってしまったよ」


ルークスは静かに聞いていた。


「戦いがだんだん大きくなってね。住んでた町にも火の手が伸びてきたんで、やむなくエルマはこの町まで逃げてくることになったんだ」


「戦争は終わったんですよね」


ブレアは小さく息をはくと

「ああ。戦争は終わったんだけど、それっきりアンナの行方が分からなくなったらしい。随分探したようだけど」


「アンナさんは生きてるんでしょうか」


「エルマの調べたところによると、紛争の早い時期に怪我して、治療で後方に戻されてるみたいだね」


さらにブレアは続けた。

「後のうわさじゃ、そのとき指揮していた警備隊員と首都で夫婦になってるみたいだけど、この町じゃこれ以上分かりようがないから、首都に行ってみたらどうだい」


「はぁ、やっぱりそうなりますよね。冒険者ギルドで護衛依頼がないか相談してみます」

ため息をついたルークスは、すぐにギルドに向かった。



・首都ロンサール


 首都ロンサールへは、近くの町まで護衛依頼の馬車に同乗して10日間。

そこから徒歩でさらに一週間ほどかかった。


都市の南側にある正門に到着する。


出入りする門は、馬車が三台くらい余裕で通れるくらいの幅がある。

人の背丈の五~六倍は、ありそうな高さの塀が正門の左右に広がる。


門の両側に衛士が立っている。

アンナさん宛の手紙配達に来たことを話すと、すぐに分かってくれた。

「隊長の奥さんの家だね。俺が案内してやるよ」

どうやら、この人の上司の奥さんになるらしい。


親切な衛士の案内で、ほどなくアンナさんの家に着いた。


 家を訪ねると三十歳くらいの女性と、横に五歳くらいの女の子が一人いた。

アンナさんに手紙を差し出す。


「俺は、ルークスです。ランスの町の冒険者で、エルマさんからの手紙配達の依頼を受けました」


アンナさんは、手紙を一目見てから重い口調で話す。

「受け取ることは出来ません。

もう、あの人と縁は切れてますから」


手紙を差し出したまま、ルークスは伝える。

「この手紙は病気のエルマさんが、どうしても娘さんに気持ちを伝えたいと書かれたそうです。

だけど何ヶ月もの間、誰も依頼を受けていませんでした」


ルークスは懸命に続ける。

「エルマさんはもう、先月に亡くなっています」

ここでルークスは言葉に詰まる。


「俺に両親はいません。小さいとき戦争で亡くしました。家は焼けて、何も残って無いです。⋯⋯だから

⋯⋯これ、届けたいと思いました」

それだけを、やっとの思いで口にする。


 アンナは答えない。

ただ、封筒を見つめている。


色褪せた文字。

角の折れた紙。

見覚えのある筆跡。

指先が、わずかに震えた。


ゆっくりと、その手が伸びる。

――触れた瞬間。

何かが崩れるように、涙がこぼれた。

「……遅いよ……待ってたのに……」

かすれた声だった。


 手紙を胸に押し当て、アンナはうつむく。

アンナの娘が母の足にしがみつく。

握りしめた手紙を胸に当て、ゆっくりと崩れ落ちていくアンナ。


依頼完了のサインをもらい、ルークスは一礼してその場を去った。



・依頼完了報告


 首都ロンサールよりランスに戻り、ギルドで依頼完了の報告をする。


「エイミーさん、配達完了しました」

手紙の受取書をギルドの受付に渡すルークス。


「お疲れさま。よく完了できたわねぇ」


「こんな依頼、割に合わないと思ってたけど、なぜか放っておけなかったんだよな」


「そういえば、ルークスに指名依頼が来たわよ」

完了印を押しながら、エイミーは話しを続ける。


「ロンサール冒険者ギルドからアンナさんの依頼を送ってきたわ。今朝、早馬で届いたばかり」


カウンターの下から、依頼書を取り出して見せる。

「えーと内容は、エルマさんの墓前にアンナさんからの手紙をお供えする仕事ね」


「そうか、どうせエルマさんに報告しようとおもっていたから丁度良かったよ」


「今から行けるかしら。今回は、依頼完了を私が確認することになってるから、一緒に行くわよ」


エルマさんのお墓は、町外れの小高い丘の上にあった。

その墓標のところに、お花とアンナさんからの手紙を供え、一礼して報告する。


「エルマさん、無事アンナさんに手紙を配達することができました。アンナさんからのお返事もありますので、どうか読んでください」


ルークスの言葉に墓標が光ったように見えた。

カチャリという音が聞こえる。


音のした方を見ると手紙が消えていて、代わりに古い鍵が落ちていた。

それには感謝の想いがこもるような温もりを感じた。


「ルークス君、それはエルマさんの家の鍵よ。

これが今回の依頼の本当の報酬なのよ」


「俺がもらって良いんですか」


「これは正当な報酬なんだよ」

エイミーは鍵をルークスの手に渡す。


「いや、俺なんかが……」


「エルマさんは、わずかな額でも依頼を受けてくれる、誠実な人に手紙を届けて欲しかったの。

そして依頼を達成したら自分が大切にしていた家を、そんな誠実な人に託したいと言っていたわ」


エイミーはじっとルークスの目をみつめて、いつもと違う強い口調で続けるのだった。

「だからルークス、自信を持って受け取りなさい!」


ルークスは決心したように、鍵をしっかりと握りしめ力強くうなずいた。



・エピローグ


 数ヶ月前のある夜のこと

 屋根から聞こえる大きな雨音。

今夜は冷たい雨が降っていた。

あと数日したら年が明ける。


 ちいさな一軒家。

ベッドには小柄な老女が横たわっていた。

老女の左脇には神父が聖書を片手に祈っている。

パン屋の女将ブレアは、老女の右手をしっかり握りしめている。


「エルマっ。しっかりおしっ。まだアンナちゃんと会えていないんだから」

エルマは息をほとんどしていない。


「もう、まもなくお迎えのようです」

神父はブレアに、かぼそい声で話す。


「まだ逝ってはだめっ。エルマっ……」


そのとき遠くから、かすかな鐘の音が聞こえてくる。

ブレアと神父はその音色に気づくことなく、老女の冥福を祈っていた。



 ここは午前零時の図書館


 扉が開くと、そこには受付に一人の男が立っていた。

黒いコートに黒いシルクハットをかぶり、手には黒いスティックを持つ。


「ようこそエルマさん。

私は午前零時の図書館の管理人です。

この図書館には多くの人々の、人生が記された本があります。

あなたの本も、その机の上にあります。

過去は変えることは出来ませんが、これから起こるであろう未来の行動を

人生で一度だけ書き換えることが出来ます。

一文にまとめた形で、書き換えてください。

ぜひとも後悔無きよう、よろしくお願いします」


 彼女の目の前に机があった。

その上に一冊の本が置いてある。


弱った身体で椅子に座る。

ゆっくりとペンをとり、文字を書いていく。


『ギルドに放置された手紙は娘へ届き、そして……』

ここで力が尽きたのかペンが動かなくなった。

命が尽きようとして、徐々に身体が薄くなっていく。


ペンを持つ彼女の手に、後ろからそうっと手が添えられ、文言の続きが書かれる。

『……娘に想いが伝わる』


身体が消えゆく中、ゆっくりと振りかえり管理人に一礼する。

管理人はうなずき、静かに言葉をかける。


「未来は書き換えられました」


管理人の言葉に笑みを浮かべるエルマ。


その頭上から柔らかな光が降り注ぎ、身体全体を包みこむ。

身体を包む光がひときわ輝きを増し、やがてエルマと共にゆっくりと消えていった。

このシリーズの短編を、毎月第二土曜日の午後9時ごろ投稿していきます。

第二話『 午前零時の図書館 ― 精霊の祈り 』も投稿してますので、宜しくお願いします。

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