第8話 第一王子の晩餐会、毒入りケーキを美味しく頂く
王宮のシャンデリアが、眩いばかりの光を大広間に投げかけている。
今宵は第一王子・エドワードが主催する、有力貴族や騎士団幹部を集めた豪奢な晩餐会だ。
表向きは「王国の結束を固めるため」という名目だが、実態はルーカスの人気を陰で支えていた俺という最大の目障りが消えた今、エドワードが自らの権力と次期国王としての威信を誇示するためのデモンストレーションである。
「アル君、もし退屈だったらすぐにお姉ちゃんに言うのよ? こんな空気の悪い場所、一秒だってあなたには相応しくないのだから」
豪奢な深紅のドレスに身を包んだカトリーヌが、俺を膝の上に乗せて周囲を威嚇するように睨みつけている。彼女の放つピリピリとした殺気のせいで、俺たちのテーブルだけ半径五メートル以内に誰も近寄ろうとしない。
俺が着ているのは、第一級の職人が仕立てた小さな礼装だ。
ルーカスが「見習い騎士の社会見学」という名目で俺を潜入させたのだが、俺の目的はただ一つ。
(王宮のタダ飯……しかも最高級スイーツの食べ放題! これぞニートの極み!)
目の前に並べられた色とりどりの料理に、俺は六歳児らしく(いや、中身三十歳としても)目を輝かせていた。
「やあ、カトリーヌ副団長。随分と可愛らしいお連れ様じゃないか」
ふと、背後からねっとりとした蛇のような声が響いた。
振り向くと、そこには金髪を撫でつけ、余裕の笑みを浮かべた第一王子エドワードが立っていた。その後ろには、数名の護衛騎士が控えている。
「エドワード殿下……」
カトリーヌがスッと目を細め、ドレスの下に隠した短剣に手を伸ばそうとするのを、俺は慌てて彼女の腕に抱きついて止めた。ここで暴れたらケーキが食べられなくなる。
「ほほう、これが例の『アルベルトの遠縁』の孤児か。あの小生意気な男に似て、不愉快なほど整った顔をしているな」
エドワードは俺を見下ろし、口元を歪めた。
(相変わらずのクソ野郎だ。俺の葬式から数日もたたないうちにパーティーを開くとは、いい度胸してるぜ)
俺は内心で中指を立てつつ、表面上は「こわいよぉ」とカトリーヌの胸に顔を埋めた。
「殿下、この子はまだ幼いのです。あまり脅かさないでいただきたい」
同席していたルーカスが、胃を痛めそうな顔で割って入る。
「はっはっは、冗談だよルーカス。未来の騎士団を担う若葉だ、私も歓迎しているさ。……そう、歓迎の印に、この少年に特別なデザートを用意したんだ」
エドワードが指を鳴らすと、従者が銀のドーム型の蓋を被せた皿を恭しく運んできた。
蓋が開けられると、そこには宝石のように美しい、真っ赤な苺のタルトが乗っていた。
「さあ、お食べ。これはルーカスと親しい侯爵が王宮に献上した特製のタルトだそうだ。遠慮はいらないよ」
エドワードの目が、獲物を狙う爬虫類のように細められる。
その瞬間、俺の『魔力感知』が、タルトから立ち昇るどす黒いオーラを捉えた。
間違いない。これは俺を暗殺した時に使われた、古代の『還り呪い』をベースにした超・遅効性の猛毒だ。致死量は成人男性でも耳かき一杯分。このタルトには、その十倍以上がたっぷりと練り込まれている。
(……なるほど。無味無臭のこれをここで食わせても、発作が起きるのは数日後。俺が『謎の病死』を遂げた後、スケープゴートの侯爵に暗殺の罪を被せて粛清し、俺の財産を根こそぎ奪う気か。自分は安全圏から見ているだけの、えげつない完全犯罪ってわけだ)
あまりの悪辣さに、俺は感心すら覚えた。
ルーカスの顔がサッと青ざめる。彼も微弱ながら魔力感知ができているのだろう。何より自分の派閥の貴族が「毒殺犯」に仕立て上げられようとしている意図に気づいたのだ。
「待て、兄上! そのケーキは……!」と止めに入ろうとする。
カトリーヌも本能的な危機感から、俺から皿を遠ざけようとした。
「美味しそう! ボク、これたべるー!」
俺はルーカスとカトリーヌの制止をすり抜け、満面の笑みでフォークを握りしめ、タルトを大きく切り取った。
「やめろ、アル……ッ!」
ルーカスの悲鳴にも似た静止の声。
エドワードの口角が、勝利を確信して三日月のように吊り上がる。
俺は、躊躇なくその毒入りタルトを口に放り込んだ。
パクッ。
(ほう……)
口内に広がったのは、王室御用達の極上の甘み。
そして直後、猛毒の呪いが俺の心臓に巣食うべく、静かに牙を剥こうとした。
――だが。
俺の体内には、三十歳から六歳へと肉体が縮んだことで、全盛期の『十倍以上』に超圧縮された、規格外の「死神級」魔力が渦巻いているのだ。しかもこの毒はすでに経験済み、耐性がある。
俺の体内に侵入した猛毒は、圧倒的な魔力の壁にぶち当たり、瞬時にすり潰され、分解され、ただの『魔力のチリ』へと変換されていく。
さらに、毒が持つ微小な「呪いのピリピリとした刺激」が、タルトの甘みと絶妙に絡み合い……。
(……なんだこれ。美味いぞ!?)
タルトの甘さを引き立てる、ほんのりとしたスパイシーな刺激。まるで高級な洋酒を隠し味に使ったかのような、複雑で奥深い大人の味わいに進化しているではないか!
「おいしーい!! なにこれ、お口のなかでパチパチするー! 『のろい』みたいな味がするね!」
俺は目を輝かせ、無邪気な声を上げながら二口、三口と、猛スピードで毒入りタルトを平らげていく。
致死量の十倍の猛毒が、ただの「極上スパイス」として消費されていく。
「な、に……?」
エドワードの顔から、一瞬にして余裕の笑みが消え失せた。
彼は信じられないものを見る目で、空っぽになった皿と、口の周りにクリームをつけて「えへへ」と笑う俺を交互に見つめている。
(馬鹿な……! あれは無味無臭で、誰にも気づかれずに数日後に心臓を止める『完全な遅効性』の呪毒のはずだ! なぜこのガキは味の違いを感じ取っている!? しかも『呪い』だと気付いた上で、平然と食い尽くしただと!?)
「え? おじさん、なにかいったー?」
俺が無邪気に首を傾げると、エドワードは後ずさった。
その額には、滝のような冷や汗が浮かんでいる。
(こいつ……このガキは一体何だ!? 完全に私の計画を見透かしている……! その上で私を試しているのか!?)
エドワードの脳裏に、最近王都の裏社会で囁かれている噂がフラッシュバックする。
『英雄の死後、近づく者に不運な死をもたらす“死神”の子供が現れた』
そして、数日前に聖女ソフィアが王宮で狂乱気味に叫んでいた言葉。
『あの方は人ではありません! 女神様が遣わした、純真無垢なる聖獣様なのです!』
「ひっ……!」
エドワードの喉から、情けない引きつった音が漏れた。
俺はフォークをカチャリと置き、極上の笑顔(中身は三十歳の腹黒)を浮かべてエドワードを見上げた。
「おじさん、このケーキとってもおいしい! おねえちゃんとルーカスのお兄ちゃんにも、おなじ『あとでにチクッてするのろい』入りのをちょうだい!」
「――――ッ!!」
俺の言葉は、エドワードにとって『死刑宣告』に等しかった。
「あとでチクッとする」――遅効性の毒であることを完全に看破している上に、「同じものを出せ」ということは、「お前が毒を盛ったことを知っているぞ」という暗黙の脅迫。
そして、それを自分と同じように、カトリーヌやルーカスにも平然と食わせてみせろという、人知を超えた怪物からの挑戦状に聞こえたのだ。
「あ、ああ……あぁぁぁ……ッ!!」
エドワードは顔面を土気色に染め、ガタガタと震える足で後ずさりし、ついに耐えきれずに背を向けて走り出した。
「殿下!? いかがなさいました!」
「く、来るな! 私に近づくな! 化け物め……ッ!」
悲鳴を上げながら晩餐会の会場から逃げ出す第一王子の姿に、集まっていた貴族たちは騒然となった。
次期国王としての威厳は、今この瞬間、完全に地に落ちたと言っていい。
「……アル。お前、今、何を食べたか分かってるのか?」
ルーカスが、震える声で俺に耳打ちをしてきた。
「ん? 極上のスパイシータルトだろ? ルーカスも食うか?(小声)」
「食うか! エドワード兄上の寿命が五年は縮んだぞ、今の顔……!」
ルーカスは頭を抱えたが、その口元は隠しきれない歓喜に歪んでいた。これで第一王子派の勢力は大きく削がれる。
「アル君、お口の周りが汚れているわ。もう、食いしん坊なんだから」
カトリーヌが、何も知らない様子で優しくハンカチで俺の口を拭ってくれる。
彼女には、ただ俺が美味しいケーキを食べて、王子が勝手に体調を崩して退席したようにしか見えていないだろう。
(ふぅ。危うく暗殺されるところだったが、美味かったから許してやるか)
俺はふかふかのカトリーヌの膝の上で、食後の心地よい満腹感に包まれながらあくびをした。
俺の完璧なニート生活を守るため、そして俺の安眠を脅かす者には、これくらい精神を削る「無自覚な恐怖」を与えてやらなければならない。
だが、俺はまだ知らなかった。
恐怖によって精神のタガが外れたエドワードが、ついに「最後の暴挙」に出る決意を固めたことを。




