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死んだはずの最強騎士団長、6歳の天使に若返ったので休暇を満喫します ~目立ちたくないのに『死神級』の魔力で国を揺らしつつ、溺愛に息ができません~  作者: 九条 綾乃


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第5話 死神の休日、または騎士団寮の地獄訓練

「……見つけた。アル君、そこね?」


 背筋に特大の氷柱を押し当てられたような悪寒。俺――かつての最強騎士団長であり、現在は六歳の美少年に若返ってしまったアルベルトは、騎士団寮の天井裏でピタリと息を殺していた。


 かつて魔王軍の親衛隊が敷いた包囲網すら、単騎で、かつ無傷で抜け出した俺の最高ランク隠密スキル。だが、愛に狂った副団長カトリーヌの『母性レーダー』の前では、そんな伝説的隠密技術すら風前の灯火だった。


 昨日の「はじめてのおつかい」という名の暗殺者ギルド壊滅事件。俺はうまく「不運な事故」に偽装したつもりだったのだが、爆発跡地で俺を保護したカトリーヌの保護欲は、ついに危険水域を突破してしまった。今の彼女の瞳には、一切のハイライトが存在しない。俺を24時間監視し、一歩も外へ出さない『愛の監獄』を自室に構築しようとしているのだ。


「さあ、出ておいで? 悪いお化け(暗殺者ギルドの関係者)は、お姉ちゃんが昨日みんな『綺麗なお星さま』にしてあげたから、もう何も怖くないわよ?」


(お前が一番怖いんだよ! 冗談じゃない。このままじゃ、憧れのニート生活どころか、一生ヤンデレ女騎士の抱き枕として生涯を終えることになる。……よし、強行突破だ!)


 俺は極限まで魔力を抑え込み、ネズミすら気づかないほどの足捌きで通気口から中庭の木陰へと滑り降りた。

 朝の中庭では、新米騎士たちが合同訓練に励んでいた。土煙の中、一人の青年がボロボロになりながら木剣を振るっている。カイル。俺が団長だった頃に直接拾い上げた、見込みのある平民出身の新人だ。


「ハァッ! ハァッ! ……くそっ、これじゃ全然、先輩たちに追いつけない!」


 カイルの足元がふらついている。それもそのはず、現在の中庭は、第一王子エドワード派の汚職騎士たちがふんぞり返り、まともな指導もせずに新人たちをイビリ倒すだけの「地獄の訓練場」と化していたのだ。


「おいおいカイルゥ! いつまで素振りしてんだよ。ほら、俺たちが『実戦稽古』をつけてやるから、さっさと木剣構えろや」


 ニヤニヤと笑いながら近づいてきたのは、エドワード派の先輩騎士三人組だ。彼らの手には、訓練用とは思えないほど分厚く重い木剣が握られている。完全に私刑リンチの構えだ。


(……ったく。俺がいなくなった途端に、本当にどいつもこいつも腐りやがって)


 俺の有給休暇(無断取得中)を邪魔するだけでなく、俺の可愛い部下をいじめる奴は許さない。だが、ここで俺が直接しゃしゃり出ては目立ちすぎる。ここは一つ、カイル自身の力で勝ったように見せかける『陰からの完璧な支援』をしてやろう。


 俺は気配を完全に殺したまま木陰に潜み、指先に米粒ほどの極小の風魔力を三つ、超圧縮して練り上げた。


「ほらほら、どうした! 防いでみろよオラァ!」


 先輩騎士の三人が、卑劣にも同時にカイルへと襲いかかる。前後と上段からの完璧な包囲攻撃。

 カイルは絶望的な表情を浮かべながらも、決して逃げずにヤケクソ気味に木剣を横になぎ払った。


「うおおおおおっ!」


(――今だ)


 カイルの木剣が空を切るその『コンマ一秒前』。

 俺は指先から、目に見えない三発の『極小真空弾』を無音で弾き飛ばした。


 パパパンッ!!


 弾丸は三人の先輩騎士の足首、手首、そして顎のツボに寸分の狂いもなく同時着弾した。

 カイルの振るった木剣が届く直前、三人の体勢は完全に崩れ、武器を取り落とし、意識を刈り取られていた。そして、カイルの木剣が巻き起こした「ただの風圧」に押し出されるようにして、三人は派手に宙を舞った。


「ぎゃあああああああべらばっ!?」


 三人は空中で無様な悲鳴を上げ、訓練場の強固な石壁にカエルみたいに激突して白目を剥いた。傍から見れば、カイルが放った起死回生の神がかった一撃が、三人まとめて吹き飛ばしたようにしか見えない完璧な偽装だ。


「えっ……? う、嘘だろ? 俺、今の一振りで……?」


 現場は大混乱。気絶した汚職騎士たちを見て、他の新米騎士たちもパニックを起こしている。俺は木陰でそれを見て、満足げに頷いた。


(よしよし。これでカイルは『火事場の馬鹿力で勝てた』と勘違いして、さらに自信をつけて鍛錬に励むだろう。俺の存在もバレてないし、平和な解決だな!)


 だが、計算外だったのは、その光景を「あのひと」が特等席で見ていたことだ。


「……あら」


 鈴を転がすような、しかし地獄の底から響くようなねっとりとした甘い声。

 背後を振り返ると、そこにはいつの間にか、俺の逃走ルートを完全に塞ぐ形でカトリーヌが立っていた。

 彼女の視線は、粉砕された壁と気絶した騎士、そして俺の指先に残っていた『極微量の魔力の残滓』を交互に見ている。


「アル君。あのお兄ちゃん、急に凄く強くなったわね? ……ううん、違うわね。まるで、誰かが『見えざる神の手』で、こっそりと勝利をプレゼントしてあげたみたい……」


(マズい、勘が良すぎるし、魔力の残滓を見抜かれた……!)


 カトリーヌはゆっくりと歩み寄り、俺の前に跪いた。その瞳には、かつてないほど濃密な「信仰心」と「歪んだ独占欲」がどろりと混ざり合っている。


「自らの力を誇示することなく、陰から導く慈愛の精神。やっぱり、あなたはただの遠縁の子なんかじゃない。亡きアルベルト様が、不甲斐ない私を導くために遣わしてくれた『勝利の幼神(天使)』なのね……!」


「あ、あれれー? おねえちゃん、何言ってるのー? ボク、わかんない!」


「いいのよ、アル君。あなたは無垢なままでいて。……さあ、お部屋に帰りましょう? 今日からは、外の汚い空気に触れさせないための『特別な防音室』を用意したわ」


 カトリーヌの背後に、まるで幻覚のように分厚い防音扉と幾重もの鍵穴が見えた気がした。

 カトリーヌは俺を軽々と抱き上げると、俺の顔を豊かな胸の谷間にすっぽりと埋めた。


「んぐっ! むぐぐ……ッ!(ちょ、待て! ニート生活は!? 自由な有給休暇は!?)」


 俺の必死の抵抗じたばたは、ただの「じゃれ合い」として処理され、狂気的な愛の前に虚しく散った。こうして、俺の正体隠蔽サボり計画は、なぜか後輩を間接的に覚醒させ、カトリーヌを「過保護な狂信者」へと最終進化させるという、全く望まない結果に終わったのである。

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