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死んだはずの最強騎士団長、6歳の天使に若返ったので休暇を満喫します ~目立ちたくないのに『死神級』の魔力で国を揺らしつつ、溺愛に息ができません~  作者: 九条 綾乃


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第1話 英雄、死す。そして死神(6歳)が爆誕する

 王都の中央広場に張り出された一枚の羊皮紙が、国中を絶望の淵に叩き落とした。


『王国騎士団長アルベルト・ヴァン・レオンハルト、急逝』


 魔王を討ち、腐敗した貴族たちをその剛腕で黙らせ、民に最も愛された最強の騎士。

 公式発表によれば、凱旋パレードの翌日に謎の熱病に侵され、そのまま帰らぬ人となったという。

 広場は悲鳴と慟哭に包まれた。

 だが、その喧騒を王城のテラスから見下ろす男の顔には、隠しきれない愉悦が張り付いている。


「くく……、あっけないものだ。なぁ、アルベルト?」


 第一王子、エドワード。

 次期国王の座を狙う彼は、以前から第二王子の親友であり、民衆人気が高すぎるアルベルトを目の敵にしていた。


「貴様は目障りすぎたんだよ。平民上がりの分際で、王族である私に意見するなど百年早い」


 エドワードの手には、最高級のワイングラス。

 彼はアルベルトの「病死」が、自身が盛った『呪毒』による暗殺であることを知っている唯一の人物だ。


「遺体は感染防止の名目で、即刻火葬した。骨も残さず灰になったそうだ。……これで騎士団は私のもの。あの生意気な副団長の女も、後ろ盾を失えばどうとでもなる」


 エドワードは高らかに笑う。

 彼は信じて疑わなかった。完全犯罪は成立し、自分の覇道が約束されたと。


 ――だが、彼は一つだけ誤算をしていた。


 火葬炉に入れられた棺の中身が、第二王子の手引きによって『身元不明の罪人の死体』とすり替えられていたことを。

 そして何より。

 英雄アルベルトという男が、ただ毒を盛られた程度でくたばるようなヤワな生物ではなかったことを。



「……おい。鏡、持ってきてくれ」


 王都の下町。とある廃教会の隠し部屋で、俺――アルベルトは戦慄していた。

 視線の高さがおかしい。声が高い。手が小さい。

 差し出された鏡に映っていたのは、歴戦の騎士ではない。

 無精髭の浮いた三十路のオッサンでもない。

 透き通るような金髪。

 宝石のように大きな碧眼。

 薔薇色の頬に、マシュマロのように白くて柔らかな肌。

 どこからどう見ても、昔の俺。六歳くらいの天使系美少年。


「冗談ではないよ、アル。それが現実だ」


 鏡を持っていた男――第二王子ルーカスが、面白がるように肩をすくめる。

 士官学校時代からの俺の親友で、今回の『偽装死』を画策してくれた恩人だ。


「エドワード兄上が盛ったのは、古代の『還り呪い』の一種だったらしい。本来なら心臓を止めて即死させるはずが、お前の魔力が想定以上抵抗し、結果として生命エネルギーが逆流した。……つまり、若返ったんだ」


「若返ったってレベルじゃねぇぞ! ガキんちょじゃねぇか!」


 俺は叫んだ。

 だが、口から出たのは「がきんちょじゃねぇかぁ!」という、鈴を転がすような愛らしい声だった。

 絶望だ。威厳もへったくれもない。


「まあ、いいじゃないか。お前、常々言ってただろ? 『休みが欲しい』『引退したい』『温泉巡りしたい』って」


「……あ」


 俺はハッとした。

 そうだ。俺は社畜だった。

 騎士団長という激務、終わらない書類仕事、貴族との腹の探り合い。

 死んだことになれば、それら全てから解放されるのではないか?


「……悪くない。いや、最高か?」


 俺はニヤリと笑った(つもりだが、鏡の中の天使は花が咲くような笑顔を浮かべただけだった)。


「公式には俺は死んだ。第一王子の目もあるし、表舞台には出られない。……よし、決めたぞルーカス。俺はこの『無害な子供』のガワを利用して、悠々自適なニート生活を送る! もう働かん!」


「それは結構だが、忠告しておこう」


 ルーカスが真顔になる。


「お前の魔力回路だが、身体が縮んだせいで圧縮率が異常なことになっている。今の魔力密度は、全盛期の十倍以上の「死神」級だ。力を込めればその力で、家が吹き飛びかねないから、制御には気をつけろよ」


「マジか」


「あとな、お前の家門だ。レオンハルト家な、お前が死んだことで後継者探しが始まった。お前の地位も財産も、子どもがいなかったから遠縁の親族が引き継ぐだろうな。お前、金ないぞ」


「げげっ!それは困る。どうしたら!」


「まぁ、そこは考えておこう。お前には当面、俺が小遣いをやろう」


 ルーカスは意地悪く笑う。俺は差し出された金貨をひったくるように受け取ると、鼻を鳴らした。


「……なら決まりだ。さっそく街へ出て、美味いもんでも食べてくるわ。悪いな、こいつは返さねえぞ」


 きびすを返そうとした俺の首筋に、冷ややかな金属の感触が走る。


「おい、何だこれ。……冷てぇ」


 思わず首に手を当て、俺は眉をひそめてルーカスを睨んだ。親友の顔には、相変わらず食えない笑みが張り付いている。


「あとな、これをいつも身につけておけ。これは”共鳴のチョーカー”。お前の魔力変動を記録し、居場所を特定できる。あといろいろ便利な機能もある。会話を記録したり、声を変えたりとかな」


 こうして、俺の(二度目の)人生が始まった。

 元・最強騎士団長、現・六歳の無職。

 とりあえず、久々のシャバの空気を吸いに、外に出かけることにしたのだが――。

 それが、間違いだった。



 すっかり夜も更けた、王都の裏路地。

 闇に紛れ、俺はフードを目深に被って歩いていた。

 手には焼き立ての串焼き。平和だ。最高だ。

 そう思っていた俺の耳に、聞き覚えのある怒号が飛び込んできた。


「それが上官に対する態度か!下がりなさい!」


「へっ、そう言うなよ副団長サン。もうすぐ、「元」副団長になるって噂だぜ?」


 心臓が跳ねた。

 路地の奥。五人の男たちに囲まれている銀髪の女性。

 カトリーヌだ。

 俺の元部下であり、俺の右腕であり、そして……俺が死ぬ直前にプロポーズしようと思っていた相手。


(カトリーヌ……!? なんでこんな所に)


 彼女の様子がおかしい。

 いつもなら、こんなチンピラごとき瞬殺するはずの彼女が、剣も抜かずに震えている。

 その瞳は虚ろで、目の下には濃い隈があった。


「アルベルト団長は死んで、お前を守る後ろ盾はもうねぇ。第一王子殿下も、お前のような『目障りな残党』が消えることを望んでおられる」


 男の一人が、下卑た笑みを浮かべてナイフをちらつかせる。


「俺たちの慰み者になるか、ここで野垂れ死ぬか。ケケケ」


「……私には、もう生きる意味なんて」


 カトリーヌが呟く。

 その言葉に、俺の頭の中で何かが切れる音がした。

 あいつ。俺が死んだせいで、あんなになるまで追い詰められて。

 しかも、第一王子の手の者だと?

 俺の大事な人に手を出そうなんて、いい度胸だ。


(……休暇は、開始三十分で取り消しだ)


 俺は懐から、ルーカスに用意してもらった『魔道具』を取り出した。

 正体は明かせない。派手に暴れれば「強い子供」としてバレて、第一王子の捜索網に引っかかる。

 

 ならば、どうする?

 簡単だ。

 あくまで子供のフリをして、「不幸な事故」に見せかけて始末すればいい。


「ケケケ!、まずはその鎧と服を脱いでもらおうか!」

 

男たちがカトリーヌに手を伸ばした、その瞬間。


『――俺の部下に、汚い手で触れることは許さんぞ』


 路地裏に、冷徹な低音が響き渡った。

 それは紛れもなく、死んだはずの英雄・アルベルトの声だった。


「ッ!?!?」」


 男たちが凍りつく。

 カトリーヌが弾かれたように顔を上げる。


「だ、団長……!?」


 もちろん、本人が喋っているわけではない。

 俺は首元の『共鳴のチョーカー』を指で弾き、声を遠話投射したのだ。

 敵が動揺した一瞬の隙。

 俺は幼児の小ささを利用して、物陰から走り出した。


「な、なんだチビ!? どこから湧いてきやがった!」


 一人の男が、足元に走り込んできた俺に気づく。


 俺はフードからあどけない顔を覗かせ、わざとらしく転んでみせた。


「うわーん! こわいよー! 助けてー!」


「ああん!? ガキが、邪魔だ!」


 男が俺を蹴り飛ばそうとする。


 俺は怯えるフリをしてしがみつき、指に魔力を少し込め、男の太腿にペタりと触れた。


(――魔力回路、神経遮断ショート


「あ、が……ッ?」


 男は白目を剥き、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 倒れる拍子に、持っていた剣が、運悪く隣の仲間の足に刺さる。


「ぐべぇっ!」


「おい!? 何してやがる! 味方を刺してどうする!」


「ち、ちが、足が勝手に……!」


 現場が混乱する。

 俺はその隙に、トテトテとカトリーヌの方へ走った。


「ボク!? ダメよ、来ちゃダメ!」


 カトリーヌが叫ぶ。


「チッ、殺せ! ガキごと殺してしまえ!」


 リーダー格の大男が、巨大なメイスを振り上げた。

 俺は慌てふためくフリをして、足元に落ちていた手頃な小石を蹴った。

 狙うのは男ではない。

 男の頭上にある、古びた酒場の看板を支える「錆びた留め具」だ。

 

 パシュッ。

 

 乾いた音と共に、小石は目に見えない弾丸となって留め具を粉砕した。


「死ねェェェ!!」


 男がメイスを振り下ろそうとした、その時。


 ガシャアアアアンッ!!

 

頭上から、巨大な鉄看板が落下した。

 それは男の脳天を直撃し、さらに跳ね返って後ろの二人をなぎ倒した。


「ぎゃあああああああ!?」


 一瞬の出来事だった。

 立っているのはカトリーヌと、俺だけ。

 残りの男たちは、味方の剣で刺されたり、看板の下敷きになったりして全滅していた。


 静寂が戻った路地裏。

 俺は看板の下でピクピクしている男たちを見て、わざとらしく首を傾げた。


「あ、あれれー? おじさんたち、どうしたのー? 急におねんねしちゃったよ?」


 カトリーヌは呆然と、惨状と俺を交互に見ている。

 正体がバレただろうか。

 俺は心臓をバクバクさせながら、精一杯の「無垢な上目遣い」で見つめ返した。


「おねえさん、もう大丈夫だよ!怖かったぁ!」

 

 その瞬間。

 カトリーヌの瞳から、スゥッと正気の光が消え、代わりにドロリとした濃い光が宿った。


「……天使?」


「え?」


 カトリーヌの瞳が、怪しい光を帯びている。

 先ほどまでの絶望に満ちた色は消え、代わりに『何か重い感情』が渦巻いていた。


「こんなに小さくて、愛らしくて……それなのに、私を守ってくれたの? まるで、アルベルト様が遣わしてくれた天使のように……」


 彼女は俺を力いっぱい抱きしめた。

 豊満な胸に顔が埋まる。苦しい。いい匂いがする。じゃなくて、苦しい!


「ああ、神様……感謝します。私が守るべきものが、ここにあったのですね」


「んぐ、むぐ……(あれ? なんだか雲行きが怪しいぞ?)」


「ボク、お名前は?」


「あ…、アルです」


「アル!?アル君なの?団長と同じ名前…尊い! おうちはあるの? ないわよね、こんな夜に出歩いているんだもの。今日から私がママ……いえ、お姉ちゃんになってあげるわ!」


 カトリーヌの『母性』と『依存先への執着』が、俺という存在によってショートした瞬間だった。

 彼女の瞳には、ハイライトが戻っている。戻っているが、方向性がおかしい。

 これは、いわゆる『過保護ヤンデレ』の目だ。


「さあ、行きましょう、アル君。騎士団の寮なら安全よ。悪い虫がつかないように、私が24時間守ってあげるからね……」


「(ちょ、待て! 潜伏するはずが、騎士団のど真ん中に連行される!?)」


 抵抗しようとしたが、俺の身体は軽々と持ち上げられた。


 ――翌日。


 王都の裏社会では、不可解な全滅事件の噂が駆け巡った。


『英雄の死後、カトリーヌのそばに“死神”が現れた』

『その子供に害意を向けると、原因不明の事故が起きて必ず死ぬ』


 俺が手を下した証拠はどこにもない。

 あるのは「不運な事故」の山と、無邪気な子供の目撃証言だけ。

 こうして、「近づくと呪われる死神少年」という、俺の望まぬ最強の噂が爆誕したのだった。

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