第7話 価値のある存在でなければ愛されない
レティシアが急に泣き崩れた。
机の上に、ぽたり、と涙が落ちる。鉛筆が転がり、音がやけに大きく響いた。
「レティシア?」
声をかけた瞬間、彼女の身体がぐらりと揺れた。
まるで糸が切れた人形のように。
反射的に駆け寄り、抱きとめた。
軽い。あまりにも、軽すぎる。
腕の中で、彼女の頭がぐったりと自分の肩に沈む。
「……レティシア! おい、しっかりしろ!」
返事はない。
頬に手を添えると、冷たい。
血の気を失った唇は淡く紫がかっていて、胸の奥がざわついた。
マーサが今朝言っていた言葉が、脳裏にこだまする。
――お嬢様、顔色が……。
胸がひやりとする。思考が追いつかない。
何が悪かったのか、どこで無理をさせたのか――それを考えるより先に、身体が動いていた。
「……くそ」
強く息を吐き、抱き上げる。
あまりにも軽くて、折れそうで、抱く腕に力を入れることすら怖い。
心臓が痛いほど速く打っていた。
廊下を歩くあいだ、彼女の髪が揺れて、グランツの胸元を撫でる。
そのたびに、彼女の命の熱が確かにあることに、ほっとして――そして、その微かな温もりが、どうしようもなく儚く思えた。
机の上の教本を一冊手に取って開く。
紙が柔らかくよれている。何度も指で押さえつけ、読み込んだ跡。
ページの端には、小さな汚れ。――紅茶か、涙か。
「……夜通し、読んでたのか」
呟いた声は、怒りとも、哀れみともつかない。
レティシアの髪を払い、頬に触れる。
冷たい。だが、その肌の下に、かすかな命の熱があった。
撫でる。
あのとき、褒められて微笑んだ顔が脳裏に浮かぶ。
――ああ、きっと嬉しかったんだな。
自分の努力が誰かに認められるということが。
レティシアは、褒められたくて、認められたくて――自分を削ることを厭わなかったのだ。
“価値のある存在”でいなければ愛されないと、どこかで思い込んでいる。
そんな歪んだ痛みを、俺は気づかずに見過ごしていた。
「馬鹿だな、俺は……」
手のひらで顔を覆う。
教育者ぶって、未来を見据えた話なんてして。
けれど、彼女に今必要なのは勉学じゃない。
――人としての温もり、安心して甘えられる場所。
そのことに気づかないなんて、酷い大人だ。
もう一度、彼女の髪を撫でた。
眠る顔は穏やかで、まるで人形のように整っている。
だが、そこには確かに血が通っている。
脈を打つ命がある。それを守らなければ。
「……もう、無理はさせない」
囁きながら、毛布をそっと掛ける。
カーテンの隙間から差し込む光が、彼女の頬を照らした。
その光がまるで「まだ生きている」と告げるように見えて、胸が締めつけられる。
彼女が目を覚ましたとき、最初にかける言葉を考えた。
叱るのでも、諭すのでもなく――。
「おはよう」と、ただ穏やかに笑って言おう。
それが、きっとこの子に必要な勉強だから。
いつも応援コメント、評価、リアクションありがとうございます!
ぜひ面白ければ★★★★★、退屈だったら★☆☆☆☆をお願いします。
ここまで読んでくださったみなさんに感謝!!




