第26話 腐敗の戦場で
※微グランツ無双描写があります。注意
作戦は単純。敵の殲滅。
それだけだった。
もっとも、グランツからすれば、殲滅といっても大げさな話ではない。
ただ魔法を使うだけで、人間は勝手に死んでいく。
手を伸ばせば触れられるほど近くにある、生と死の境界線を、いつでも好きな方向へ傾けることができた。
魔法とは対の存在でできている。
生命を奪うことも、与えることも、どちらも同じ“作用”にすぎない。
グランツが扱う魔法はとくにその性質が強く──治癒と腐敗。
癒しも殺しも、同じ手つきでできてしまう。
ゆえに、今回つけられた一個中隊という規模の護衛は、おそらくグランツ自身を守るためのものなのだと、彼は淡々と理解していた。
他国から借り受けた“聖人”を死なせれば、それこそ国際問題に発展する。
いくらニーア帝国の皇帝が好戦的といえど、世界中の国を本気で敵に回す愚を犯すほど無謀ではない。
だから今、グランツは馬の背で軽い揺れに身を任せながら行軍している。
森を抜ける風は冷たく、軍靴の踏みしめる土の匂いが広がる。
木々の隙間から差し込む光が揺れ、影が規則正しく地面を滑った。
その中を、軍列は静かに進んでいく。
とはいえ──
暇だ。
いくら万能に見える魔法も、遠く離れた位置への魔法は使えない。
視認できるか、あるいは座標が正確でなければ“範囲魔法”は展開できないのだ。
結果、敵の小拠点を見つけては魔法をかけ、即撤退。
腐った匂いを背にグランツは馬に次の目的地までを導く。
ただそれを延々と繰り返している。
──楽な戦だ。
皇帝が言った「お前も剣を振るえ」は「自分の身は自分で守れ」という意味だったのだろう。
その通り、グランツはほとんど客人扱いで、無理をさせられることもなく、淡々と務めを果たしている。
罪悪感はなかった。
この場において殺し合うことは仕事であり、役割であり、日常だ。
普通──というものを、グランツはたぶん幼いころにどこかへ置き忘れてきたのだろう。
そう思った矢先だった。
「遊兵がこっちに突っ込んできた!」
前方から報告が飛んだ。
軍勢がざわりと揺れ、騎馬兵も歩兵も、ほぼ同時に剣を抜く。
金属の擦れる高い音が、森の静寂を破った。
グランツは即座に攻撃用の魔法を練る。
空気に触れた魔力が微かに震え、周囲の温度が下がったような錯覚を起こす。
視界の奥から、敵兵が勢いよく飛び込んでくるのが見えた。
森の木々をなぎ倒すような速度で、重い足音が地面を震わせる。
──遊兵の割に強い。
あっという間に前にいた歩兵が数名倒れた。
その装備は明らかに豪華で、動きも鈍くない。
(重装兵……? こんな森の中で?)
疑問を抱きつつも、今は考える暇もない。
グランツは瞬時に指揮を取り、敵兵を包囲する形に追い込んでいく。
倒れた歩兵たちは、すでに蘇生済みだ。
全員が死んでいなかったのは幸いだった。
やがて大ぶりの剣を振り回していた敵兵を、どうにか円形に囲い込んだ。
荒い息を吐くその男は、鎧の重量が信じられないほどの速度で動いている。
明らかに只者ではない気配。
ひとまず対話を試みることにした。
「あー、我らはニーア帝国軍だ。
この状況ではなにもできないだろう。大人しく降参するか?」
男は獣のように息を荒げ、剣先を震わせながら睨みつけてきた。
「あれは貴様の仕業か!!」
「あれ?」
「腐敗した死体のことだ! なぜ、あんなむごいことを……!!」
怒号が森に響き、木々が震えるようにさえ感じられた。
(ふむ……)
リーダー格らしき男の言葉を整理する。
つまり、前線で腐敗死した兵を見て、それを確認しに来た偉い人物──ということらしい。
「ああ、俺は魔法使いなんでね。これがお前たちの“剣を振るう”のと同じことさ」
その瞬間、男の顔が怒りで染まった。
剣を振るう自分たちの行為と、腐敗した死の魔法が同列だと言われたことが耐え難いのだろう。
しかし、もとは部下であったはずの死体を、腐敗という結果に至った経緯を想像する余裕も男にはない。
怒りに任せ、男は重装備のまま信じがたい速度で詰め寄ってきた。
剣が大きく振りかぶられ、馬ごとグランツを斬り捨てんとする──
──いや。
グランツのレイピアが、その大剣を容易く弾く。
金属同士がぶつかる鋭い音が響く。
護衛の騎馬兵たちは呆然とし、グランツをまじまじと見つめていた。
「……おいおい、おいたがすぎるぞ。俺は一応話し合いを」
「黙れ外道め! 貴様のような奴に我らは負けん!」
声は届かない。
グランツはそう判断すると、一瞬の隙を突いてレイピアを男の肩に突き刺した。
肩から自らの血が噴き出す光景に、男は何が起こったのかわからないように呆然と肩を見る。
そして、数秒の空白のあと、絶叫した。
「そんな大げさな。腕が落ちたわけでもあるまいし」
冷静な声が、妙に響いた。
レイピアを引き抜き、今度は男の膝へ。
膝の皿を砕かれた瞬間、男は喉が裂けるほどの悲鳴を上げた。
周囲の兵が一斉に息を呑む。
グランツは、これまで“虫も殺せない治癒士”として護衛されていたのだ。
そのイメージが一瞬で崩れ去り、彼らには怪物を見るような目でうつっていた。
グランツは馬を降り、うずくまる男へ歩み寄る。
「うんん。今からあんた、捕虜ね」
一番いい笑顔で言い放つ。
そして、重装備の男をまるで小石を拾うかのように軽々と担ぎ上げた。
細身の体で重装兵をかつぐ姿は、常識から逸脱した光景だった。
部下たちが追ってくるのは面倒だと考え、グランツはそのまま早々に撤退を決めた。
この捕虜が──
後にとんでもない人物だと知るには、もう少し先の話である。




