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第20話 清廉な乙女であれ

 


 正直、あの夜のことを思い出すと、どうにも顔を合わせるのが少しだけ気まずい。酒に酔っていたとはいえ、記憶は鮮明に残っている。あの、どうしようもなく幼い口調、ふわふわとした言動、笑いながら自分でも意味のわからない言葉を並べてしまったあの瞬間……。大学院進学を控えた受験生としての自覚はどこにいったのかと、思わず突っ伏したくなるほど恥ずかしい。机に向かいながら、時々頭を抱えて悶え、頬を赤らめては思い出して悶える自分に、また少し笑いもこみ上げる。しかし、その笑いもすぐに恥ずかしさで押しつぶされる。


 だが、現実は変わらない。私は大学院へ進学するために、確実に試験を突破しなければならない。幼等部から高等部までは貴族の義務教育であり、誰もが通る道だった。しかし、大学院は義務ではない。将来、自分の意思で学びたい人だけが受験する場所だ。実践や実験を主とした学問に打ち込む場所。貴族の三男坊や、結婚せずに学問を続けたい令嬢が選ぶ、特別な道だ。だから、ジルベールやマリアージュのような仲間はここにはいない。少し寂しさを覚えることもあるが、逆に何もないことは平穏であることの証明でもある。それなら、それでいい、と、私は心の奥で自分を納得させる。


 勉強の合間には、優しいマーサがスープや軽いお菓子を差し入れてくれる。温かい器を手に取り、ほっと息をつく瞬間がある。机に突っ伏してうとうとしてしまうと、静かに毛布を肩にかけてくれるグランツの気配も思い出す。その優しさがどれだけ自分を支えてくれているか、言葉にできないほどだ。二人とも、私のことをいつも考えてくれる――そのことだけで、私はここまで頑張ってこられたのだと実感する。


 試験は筆記と面接の二つがある。筆記試験は高等部までの範囲なので、問題なく突破できるだろう。だが、面接試験が問題だ。面接は、ただ話すのとは全く別物だろうと想像する。少しでも油断すれば、緊張で頭が真っ白になりかねない。そこで、グランツに相談した。すると、いつも通り静かな口調で、「将来何がしたいか、どんな大人になりたいかを聞かれるだけだ。レティシアなら大丈夫だ」と言ってくれた。その言葉に、胸がぎゅっとなるほど嬉しかった。しかし、失敗すれば恥ずかしさで顔が真っ赤になることは間違いない。だから、私はグランツにお願いした。面接の練習をしてほしい、と。


 グランツは迷わず、「いいよ」と二つ返事で了承してくれた。その瞬間、胸の奥が温かく、そして少し誇らしくなった。私のことを信じ、応援してくれる存在が隣にいる。それだけで、どんな不安も少し軽くなる。


 そして、面接練習の日。ワイズ子爵邸の客間で、大きなローテーブルを挟んで対面に座る。普段、グランツと向き合うのは食事のときだけだった。ダイニングテーブルは幅も長さもあり、距離が遠かった。しかし、この客間のテーブルは小さく、距離が近い。少し戸惑いながらも、心の奥底ではその距離感に胸を高鳴らせていた。


「……こんにちは、ワイズさん。本日の試験を担当します、グランツです。よろしくお願いします」


「受験番号1番、レティシア・ワイズです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 互いにワイズなのに……と思い、危うく笑いそうになる。しかし、面接は始まった。面接官が質問をひとつ出し、受験生が答える。その答えをさらに深掘りして質問される――これを五回繰り返し、さらにセットを重ねるらしい。グランツは、「一つの質問が深掘りされる傾向にある。今まで学んできたこと、将来像はきちんとまとめておくべきだ」と教えてくれる。その声は落ち着いていて、でも温かく、心の奥まで届くようだった。


 久しぶりに、グランツから直接学ぶことができる。高等部に編入する前、小等部や中等部で勉強を教えてもらって以来だ。真剣な顔でアドバイスを受けながら、内心では心が躍る。二人きりで話せること、私のために時間を割いてくれること、そして何より、グランツ自身の昔の話を聞けること――そのすべてが、言葉にできないほど嬉しい。


 胸の奥で、知らず知らずにこみ上げる感情。――ああ、私はやっぱり、この人が好きだ。聖女という治癒士の最高峰を目指す自分でありながら、なんてどろどろとした感情を抱いてしまうのだろう。恥ずかしく、醜い心だと自覚しても、止められない。グランツは、屋敷で研究に明け暮れたり、国王や貴族の定期検診、治癒をこなしたりと、休む暇もない日々を過ごしている。そのスケジュールは、訪問医よりも忙しいと独りごちることさえある。私のために無理やり時間を作ってくれた過去もあったのだろう。――その無償の献身を思うだけで、胸が張り裂けそうになる。守ってくれる存在が、こんなにも愛おしいなんて、どうしてだろう。


 面接の最後、グランツは静かに質問した。

「尊敬する人は誰ですか?」


 私は、心の奥で恋する乙女のように小さく胸を震わせながらも、清廉な表情で答える。

「敬愛する聖人、グランツ様です」


 その言葉を口にするだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。恍惚を押し殺し、雪の妖精のように透明で清らかな声で。――でも、心の中では、喜びと愛おしさが渦巻いている。


 試験はきっと、上手くいく。だって兄さまが見てくれたのだもの。






いつも応援コメント、評価、リアクションありがとうございます!


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