第17話 最終学年とレティシアのための日
とうとう高等部最終学年を迎えたレティシアは、最後の学科試験を控えていた。
グランツはふと、昔の自分を思い出す。進路希望調査の紙を前にして、胸の内で迷いながらも、未来を模索していたあの頃――懐かしい感覚が、ゆっくりと蘇った。
しかし、目の前の紙に視線を落とすと、グランツは思わず息を止めた。そこには、第一志望に「大学院」と書かれていたのだ。
「もっともっと学問に触れていたくて……グランツ兄さま、応援してくださいますか?」
レティシアの声はわずかに震えていたが、瞳には迷いがない。照れと決意が混ざり合った、その声に、グランツは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「いいのか? レティシアは、他にも道があるだろう?」
「兄さまと同じがいいのです」
胸を張って言い切るその姿は、柔らかさと力強さを兼ね備えていた。言葉を失ったグランツの胸に、誇らしさと、少しの切なさが押し寄せる。
最近のレティシアは、目のやり場に困るほどに成長していた。女性らしい丸みを帯びた身体付き、それでいて男に媚びることのない凛とした佇まい。
一年の間に流行した、身体のラインを際立たせるドレスを自然に着こなし、知性と品格が一層際立っている。
その立ち姿に、グランツは思わず息を飲んだ。
――てっきり、この子は在学中に伴侶を見つけ、俺のもとを巣立っていくのだと思っていたのに……。
可憐で教養があり、誰もが心を惹かれる彼女が、それでも大学院を目指すという事実は、嬉しさと同時に、胸の奥をくすぐるような恥ずかしさを伴った。
だが、ふと目を見上げると、レティシアの瞳は真っ直ぐに自分を見つめている。
そのまっすぐさに、グランツはすべての迷いを忘れた。
胸の奥で、静かに、しかし確かに決意が広がる。
――誰にも踏まれていない新雪。
今、この瞬間、人生の分かれ道に立ち、自分の意思で未来を選ぶ彼女を、俺は支えたい。
守りたい、導きたい、背中を押してあげたい。
それは義兄としてだけでなく、一人の大人として、彼女の力を信じる気持ちでもあった。
心の奥で、グランツはそっと呟く。
――頑張れ、レティシア。
どんな困難があろうとも、君が選んだ道を歩む限り、俺はずっとそばにいる。
涙を流すことも、迷うことも、立ち止まることもあるだろう。
でも、そのすべてを受け止め、支え、見守るのが俺の役目だ。
頬に軽く息を吹きかけるような想いで、彼は心の中で何度もその言葉を繰り返す。
――頑張れ、レティシア。君は強い。君は賢い。だから、きっと歩き続けられる。
その瞬間、グランツの胸に静かな熱が広がった。
誇りと、愛情と、応援の気持ちが混ざり合った、深い熱。
彼女の未来を信じ、心から背中を押す覚悟――それが、まるで光のように、胸の奥で静かに揺れていた。
グランツは小さく微笑む。
――よし、行け、レティシア。
俺は、ずっと、君の味方だ。
高等部最後の学科試験を無事に終えたレティシアに、ついに卒業式の日が訪れた。
その日、首席で卒業することは誰の目にも明らかであり、兄として、家族として、グランツの胸は誇らしさで満たされていた。
黒の治癒士の正装に身を包み、厳かな式典に出席するグランツ。普段なら、正式な場で向けられる視線の鋭さに身がすくむのだが、今日は違った。
全ての視線は、目の前で堂々と立つレティシアの姿に吸い込まれる。凛と背筋を伸ばし、胸を張って答辞を述べるその姿は、まるで光を放つように輝いていた。
「学んだことは、我が兄である聖人グランツのように、人のために正しく使えるよう、これからも精進して参ります」
その声は凛としていて力強く、しかし温かさも含まれていた。
グランツは言葉を聞きながら、胸の奥で熱いものが込み上げるのを感じた。
――この子がここまで成長したのか。こんなにも立派に、しっかりと自分の意思で未来を選び歩んでいる。
言葉では言い表せないほどの、誇らしさと嬉しさが、胸をぎゅっと締めつける。
同時に、少しくすぐったくて、胸がじんとするような感覚もあった。
式典が終わると、グランツは学院長や、マリアージュの両親であるブナッティー侯爵夫妻、護衛に囲まれながら卒業式がよく見えなかったと嘆く国王陛下に挨拶を済ませ、早々と学院を後にした。
長く残っていれば、視線や期待の矢が一身に降り注ぐだろう。シワやシミを取ってくれとせがむご婦人方や、聖人に憧れる令嬢たちの群れが、気を遣うどころではなく押し寄せるのは目に見えていた。
――今日は、レティシア家でゆっくりしてもらおう。
グランツはそう思って、早めに会場を後にした。
帰宅したグランツは、マーサとともに卒業祝いの準備に取り掛かる。
レティシアの好物の柑橘類をふんだんに使ったサラダ、うずたかく積まれた特大ケーキ、甘い香りのデザートの数々。
学院を卒業したことで、貴族として一人前と認められ、ついに飲酒が解禁される日でもある。
女子に人気の甘めの白ワインを数本揃え、回復薬の応用で創ったカクテルや、かつて自ら醸造した酒も並べた。
グランツは心の中で何度も繰り返す。
――喜んでくれるだろうか、楽しんでくれるだろうか。
――今日は、すべて君のための一日だ。
部屋の準備を終えたとき、温かく華やかな空気が満ち、グランツの胸にも落ち着いた幸福感が漂った。
――さあ、レティシア、今日は君のための一日だ。
扉が開くと、白銀の髪が光を受けて淡く輝くレティシアが帰宅した。女性らしい身体のラインはしなやかさを増し、瞳には自分の意思で未来を切り拓く力が宿っている。
「兄さま、ただいま」
「おかえり、レティシア。卒業おめでとう」
微笑みを返すグランツの胸には、誇らしさとともに、守りたいという静かな炎が揺らめく。
――立派になったな、この子は。本当に。
レティシアがグラスを手に取り、静かに微笑む。
「今日は、楽しみましょうね、兄さま」
その言葉に、グランツは力強く頷く。
――よし、思い切り祝おう。君がここまで歩んできた全てを讃えよう。
二人の祝福の夜は、ゆったりと、しかし確かに温かく幕を開けた。
グランツの胸には、今夜の光景が永遠に焼き付くように、喜びと誇りが静かに満ちていった。
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