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第16話 歪な愛

 


 グランツと共に赴いたパーティーの夜が終わり、ドレスを脱ぎ、湯浴みを済ませて、やっとベッドに潜り込む。

 天蓋の隙間から漏れる灯りが、かすかに揺れた。

 静寂。

 耳に届くのは、布団に沈む自分の体重の音と、心臓の規則正しい鼓動だけ。

 だが、その鼓動は妙に大きく、うるさく、胸を内側から押し潰すようだった。


 ――今日、初めて「憎い」と思った。


 胸の奥に黒い熱がじりじりと広がり、全身を焦がす。

 あの瞬間の光景が、鮮やかに蘇る。

 国王と並んで立つグランツ。

 誰もが彼を称え、手を差し伸べ、微笑みかける。

 その輪の中で、わたしだけが小さく震えていた。


 “誰にも、渡したくない”


 その思いが体を突き抜け、頬が熱くなり、手足がもぞもぞと動く。

 布団の上で、頭を枕に押しつけ、体を何度も転がす。

 シーツが皺になる。

 吐き出せない言葉が、胸の奥で渦を巻く。


「えぇ……絶対に」


 その声は、誰にも届かない。

 ただ自分の鼓膜を震わせるだけ。

 だが、口に出すと、ほんの少し心が軽くなる気がした。

 しかし次の瞬間、胸の奥に冷たい痛みが走る。


 ――ジルベールの顔。


 あの王子は、確かに怯えていた。

 パーティーの最中、グランツを見つめる私の瞳を見て、彼の視線が揺れた。

 その瞬間、心が凍るような感覚に襲われる。

 血の気が引き、背筋にぞわりと寒気が走った。


 あの目は、恐ろしかった。


 ――これは普通の「好き」ではない。


 温かい恋慕でも、微笑ましい憧れでもない。

 胸を温める柔らかな炎ではなく、内側からねじれる黒い熱。

 重く、粘着質で、どうしようもなく、全身を絡め取ろうとする。

 

 人を狂わせる類の想い。


 その存在に気づいた瞬間、呼吸が浅くなる。

 胸の奥の奥がざわつき、体全体が小さく震えた。


 布団を握りしめ、指先に力を込める。

 天井の影を見上げる。

 どうすれば、心を抑えられるのか、わからない。

 ただ一つわかることは、この気持ちを隠さなければ、きっと兄さんに嫌われる――ということ。


 それだけは、絶対に避けたい。


 兄の傍にいたい。

 どんな形でもいい。

 恋人でなくても、家族でなくても、弟子でなくても、影で構わない。

 ただ、同じ場所に、同じ光の中に、並んでいたい。


 でも、どうすれば。


 目を閉じ、昨日のパーティーでの光景を反芻する。

 穏やかで威厳に満ちたグランツの背中。

 誰もが振り返るその背中の前に、自分は何も持たず立っていた。

 あの光の隣に立つには、同じ高さで光を宿していなければならない――と、胸の奥で思い知る。


 ――そうだ。


 わたしも、兄さまのような治癒士になればいい。

 同じ光を宿せば、同じ場所に立てる。

 離れずに済む。

 世界がどう言おうと、何があろうと、わたしは兄さんのそばにいる。


 決意の熱が、胸の奥で小さく爆ぜる。

 目の前の暗闇が、かすかに光で裂かれる気がした。

 涙のように、希望と焦燥が混ざり合う。

 わたしは、絶対に、兄さんの光と同じ高さに立つ――その瞬間から、心は揺るがなくなった。


 翌朝、冷えた空気を胸いっぱいに吸い込みながら、レティシアは学院へ向かった。

 昨日の夜の胸の高鳴り、熱く焦がれた感情――あの憎いという自覚――を胸に、体の隅々まで気持ちを巡らせる。

 目指すは、ただ一つ。グランツと同じ光を宿すために。




 学院でマリアージュに頼み込み、彼女の家で治癒魔術の基礎を教わることになった。

 玄関先で微笑むマリアージュに、レティシアは深く頭を下げる。


「最近、レティシアさん、元気がなさそうですし……気晴らしになるならいつでも来てくださっても構いませんわ」


 その言葉に、ほんのわずか胸が温かくなる。

 ――でも、本当は気晴らしなんかじゃない。

 これは、グランツに届く光を手に入れるための、祈り――いや、願望。救いを求める必死の祈りだ。


 ブナッティー邸の書斎に入ると、分厚い魔導書が所狭しと積まれていた。

 魔力の流れ、術式の構造、詠唱の理論。

 マリアージュの一言一言に頷きながら、レティシアはただ必死に理解しようとする。

 頭の中で繰り返す――流れを止めてはいけない、力を循環させろ、手のひらから命を伝えろ――と。


「グランツ様に教わらなかったんですの?」

 その問いに、心臓が跳ねる。

 曖昧に笑い、視線を逸らす。


 ――そういえば、兄さまは一度も、わたしに魔術を教えてくれなかった。

 どうして?

 信頼されていないの?

 家族として、認められていないの?


 胸の奥で、重く、鈍く、何かがくすぶる。

 でも、疑念に支配される暇はない。

 目の前に広がる魔力の海を、掌に宿らせることだけに集中する。




 三時間ほど経った頃、やっと魔力の循環が安定した。

 深呼吸をひとつ。

 初級治癒魔術――ライトヒールを唱える。


 ぱあっと、光が弾けた。

 明るさが、床の影を追い払い、書斎全体を柔らかく照らす。

 光はただの癒しではない。

 脈打つ命そのものが、掌から立ち上がるようだった。


「……これは……」

 マリアージュの驚きの声が、静寂を切る。

 頬が熱くなる。

 胸の奥で、何かが確かに目覚めた。

 熱く、強く、力に呼ばれた感覚。

 わたしは、今、光を操った――世界を少しだけ抱いたのだ。


「ねぇ、マリアージュ様。私、この力をもっと知りたいのです。どうすればいいですか?」


 目が燃える。静かな、しかし揺るぎない炎。

 マリアージュは言葉を選びながら答える。


「え、えっと……そうですわね……大学院に進んでみてはいかがでしょう? もっと深く学べますわ」


 その瞬間、レティシアの中で、何かが弾けた。

 光を求める者の、静かで鋭い炎が、胸の奥で確かに燃え広がった。

 決意が、身体の隅々まで染み渡る。


「……そうですね。行きます、大学院に」


 声が震える。

 それは涙ではない。決意の震え。

 誓いを立てる者の、体が反応して震えるような、深く濃い震えだった。


 ――わたしは、聖女になる。

 兄さんと同じ場所で、同じ光を放つ。

 その光の中で、離れずに、守られ、守る存在になる。

 もう誰にも、兄さんを奪わせはしない。


 夜、ベッドに戻り、天蓋の影に包まれながら、レティシアはそっと呟いた。


「兄さま……見ていてね。

 次に並ぶときは、きっと、同じ光の中にいるから」


 それは祈りだった。

 しかし同時に、呪いのようにも思えた。

 世界のすべてを背負い、光を奪う者に牙を剥く、静かで決意に満ちた呪い。

 その強さは、まだ自分でも制御できない。

 だけど、確かに――光は、わたしのものになりつつある。





いつも応援コメント、評価、リアクションありがとうございます!


ぜひ面白ければ★★★★★、退屈だったら★☆☆☆☆をお願いします。


ここまで読んでくださったみなさんに感謝!!




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