表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/35

第10話 後輩からの助言と情報収集

 


 レティシアが学院に通い始めて、もう五日。

 夕暮れの光が屋敷の窓から差し込む食卓で、グランツはいつものように尋ねる。

「学院はどうだ? 友達はできたか?」


 しかし返ってくるのは、決まって同じ言葉だった。

「ワイズ家の名に恥じぬよう、つつがなく過ごしております」


 その声は整っている。笑顔も、声音も、まるで誰かに教え込まれたように完璧だ。

 だが――整いすぎている。その精緻な微笑みの裏に、何か隠されたものがあるのを、グランツは本能で感じ取った。


 マーサは、紅茶を差しながら柔らかく笑う。

「お嬢様も反抗期ですわ。微笑ましいですねぇ」

 確かにマーサの言う通りかもしれない。けれど、グランツの胸の奥はざわつく。

 夕暮れの橙色の光が差し込む食卓で、レティシアの白銀の髪が微かに揺れるたび、まるで薄氷の上に立つような不安が心を貫いた。

 あの子は――本当に学院でうまくやれているのだろうか。


 夜になり、研究室に腰かける。外では木々の影が月明かりに揺れている。

 静まり返った室内で、グランツは机の上に肘をつき、深く息を吐く。

 心配で胸が締めつけられ、まるで重い鉛を抱えているかのようだ。

 何度も問いかけたくなる衝動を押さえ、昔の伝を辿って学院時代の後輩――リタに連絡を取った。


 リタは治癒科の出身で、今は高等部の教員として生徒たちを見守っている。

 少しお茶目で頼りなさもあるが、仕事ぶりは確かで、正義感と実務能力は折り紙付きだ。


 窓の外では、春の夜風がカーテンを揺らす。

 星明かりに照らされた屋敷の庭が、静かに影を伸ばしている。

 その穏やかな風景の中で、グランツの胸のざわめきは止まらない。

 ――あの子が、ほんとうに無事でいられる環境にいるのか。

 ――誰かに傷つけられていないのだろうか。





「いやー、久しぶりですね先輩っ! っていうか、もう、私の身長の話はナシですよ!? 体格は遺伝ですから!」

「そんなことより、レティシアの件だ」

「え、スルーですか!? ちょっとは女の子のデリケートな気持ちを――!」


 昔から、この調子だ。

 グランツは軽くため息をつき、手元の紅茶カップをそっと持ち上げる。暖かい蒸気が、夜の静かな部屋にゆらめく。

「本題に入れ。学院で、レティシアに何かあったか?」


 リタは少し口元を引き締め、書類の束を取り出した。紙の感触が手に伝わるたび、グランツの胸のざわつきも増す。


「端的に言うと……あの子、侯爵家のご令嬢に目をつけられています」

「侯爵家? お前のクラスに、ブナッティー家の娘がいたはずだが」

「そのブナッティー家のご令嬢です」

「……なぜ?」


 リタはじっとグランツを見つめる。

「理由は、その、先輩のせいなんですよ……!」


 グランツは一瞬、言葉の意味が理解できず、眉を寄せた。

「俺の……?」

「国で一番の治癒士ワイズ卿の妹、というだけで注目の的なんです! さらに、最近は“未婚の優良物件”だって噂ですよ? 治癒士の最高位称号“聖人”を持ち、王から爵位の打診もあるとか」

「……初耳だ」

「ですよね! 屋敷から出ないから情報遅れてますよ、この引きこもり天才!」


 二人は、紅茶の香りが漂う静かな室内で、言葉を交わしながら息を整える。

「……つまり、レティシアが注目されすぎたってことか」

「それが一番大きいです。ただ、取り巻きもいて、ちょっとした嫌がらせに発展しかけています」

「放っておくわけにはいかんな……」


 グランツは窓際に歩み寄る。昼のあたたかな風が静かにカーテンを揺らし、書類の束を淡く照らす。

 心の中で、薄紅の光のように、心配が静かに広がっていく。

 ――レティシアが、あの冷たい世界に飲み込まれはしないか。


「心配いらん。原因が分かれば、後は手を打てる」

 リタは小さく眉を寄せ、疑念の色を浮かべる。

「どうとでも、って……また何かやらかす気じゃないでしょうね」

「“やらかす”とは心外だ。ブナッティー家には、軽く手紙を送るだけだ――『お嬢さんの指導を怠ると、将来的に毛髪の治癒ができなくなりますよ』と」


 リタは思わず笑いをこらえきれず、紅茶を少し吹き出した。

 グランツは小首を傾げ、窓の外に目をやる。

 庭の樹々は夜風に揺れ、陽の光りが柔らかく地面を染めていた。静かな光景の中で、胸の奥の不安がより鮮明に浮かび上がる。


 ――この子を守らねば。

 ――何があっても、誰が何をしても、俺が守る。


 グランツは目を細め、月明かりの中で指先を机に置きながら、静かに決意を固めた。

 夜空に散りばめられた星々の光が、まるでレティシアの無垢な瞳のように瞬いている。


「……あの子を、必ず守る」

 その声は静かだったが、胸に深く、確かな決意として刻まれていた。

 リタを見送ると、ちょうど玄関の扉が開く音がした。





「……おかえり、レティシア!」

 振り返ると、春の風を纏って、レティシアが立っていた。

 マーサと買い物帰りなのだろう。

 両手いっぱいに紙袋を抱えながら、彼女は微笑む。


 その笑顔は、ほんの少しだけ――疲れて見えた。


 グランツの胸に、再び小さな棘が刺さる。

 何気ない仕草、何気ない返答。

 その“何気なさ”の裏で、彼女がどんな感情を押し殺しているのか。


 ――知らぬことが、こんなにも怖いとは。


 グランツは微笑みながら、彼女の手から荷物を受け取った。

「昼飯にしよう。今日は、レティシアの好きなものばかり用意してある」

「……はい、兄さま」


 その返事は、まるで硝子のように儚く透き通っていた。

 彼女の笑顔の奥に沈む影に、グランツは気づかぬふりをした。


 ――だが、もう二度と誰にも傷つけさせはしない。


 心の奥で、そう固く誓いながら。





いつも応援コメント、評価、リアクションありがとうございます!


ぜひ面白ければ★★★★★、退屈だったら★☆☆☆☆をお願いします。


ここまで読んでくださったみなさんに感謝!!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ