パン職人
「今日はパンを焼きますっ!」
朝起動するとイブが腰に手を当てて立っていた
家を掃除した時の小麦や酵母など
パン作りセットの保存カプセルを見つけたらしい
――正直私は乗り気ではない
主食は電気だ
食事はあくまで緊急時のエネルギー補給にすぎない
苦い顔をしているとイブに手を引っ張られた
――
「ほら、ちょっと焦げたけど良い匂い」
「炭化の匂い……たしかに【懐かしい人間的】な匂いかもしれない」
イブが嬉しそうに跳ねる
「今日はピクニックに行こう」
「目的地は?」
イブが無言で指を指す
指の先には廃墟と化した高層ビル
「あそこの上?」
イブが笑顔でうなずく
――
周りに空しか無いような感覚を受けた
見回してもココより高い建物は、折れて無くなってしまっている
なんとか骨組みだらけのスカイテラスまで上がってきた
途中は私の炭素繊維ケーブルを使ったウインチが必要なくらいの崖登りだ
イブが屋上に残っていた鉄板にランチョンマットを敷く
布袋からパン、ジャム代わりの果実、マーガリン代わりの合成脂肪を出す
ビル風が無くなった、気持ちの良い風が頬を撫でる
灰色が多かった地面は――
最近は緑が増えたような気がする
人類再定義スイッチを押したテラフォーミング装置の影響だろうか?
「地球再生中……」
思わずライムの人格が出て独り言が漏れる
「そうだね~草のにおいがする」
イブがサンドイッチを準備しながら嬉しそうに答える
少し離れた所では清掃ロボが、ちょこんと待機している
いざという時のお手伝いさんらしい……
――
イブがちぎったパンを、私に差し出す
「あーん」
「エネルギー残量は十分にあるからイブが食べて」
言った後に「失敗した」と思った
イブが不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけている
「……もう1度やってほしい」
下を向きながらリトライをリクエストする
「そうこなくっちゃ」
イブが、誰に言うでも無く言いながら「あーん」を再開した
サンドイッチを食べる
昔の記憶が蘇る
――研究所で徹夜作業する
研究の仲間達
誰かが買ってくる差し入れの食事
ピザ、ドーナツ、ケバブ、コーヒー、サンドイッチ
食事の時間だけは笑いあって食べる――
懐かしさにAIが反応し、顔面表示が悲しげな表情になる
イブが心配そうにコチラを見た
「大丈夫、パンが人間的な味がして……」
言い訳するとイブは元気を取り戻した
「でしょ!私パン職人が向いてるかも」
追加のサンドイッチをドンドン並べながらイブが調子に乗る
――
屋上からパンの香りが風に乗り、東京の街に広がる