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第5話 初めてのラジオ配信

 舞衣さんが倒れてから三時間後。

 美紀恵がマンションにやってきて、引き取りに来た。


 頬を軽く叩いて舞衣さんを覚醒させると、おぼつかない足どりのまま外に出してしまう。


 心配だったから声をかけようとしても、「逆効果になる」と訳のわからないことを言われて拒絶されてしまった。嫌われていることは美紀恵さんにも伝わっているのだろうか。悩みは解決されるどころか深まっていくばかりである。


 絶対に話したくないほど避けられているとは思わないけど、一緒に住むのであれば早々に関係を改善していきたい。理想は引越しが終わる前かな。難しければ一ヶ月以内だ。


 それまでにせめて、ちゃんと話せるようにならないと前に進めないんだけど、それが難しいんだよなぁ。どうすればいいかわからずお手上げだ。悩みは尽きない。


 考えことをして度々手が止まってしまったので、無心で作業を進めることにした。


 * * * * * *


 翌日。いつも通りの時間に家を出て、高校に到着すると一年一組のクラスへ入った。


 少し遅めにきたので人は多い。

 誰にも挨拶せず席に座ると黒板近くに集まっている集団を見る。


 イケメンが三人と、なぜか別クラスの舞衣さんがいた。他にも赤いインナーカラーの入った髪が長い女性もいる。


 仲がいいみたいで軽口を叩き合っていて、会話は盛り上がっているように見える。


 舞衣さんは手で口を隠しながら笑っていた。

 家じゃ、あんな楽しそうにしていない。


 どちらかというと困惑や戸惑った顔をしていることが多く、それが俺と距離があることを証明しているようだった。見えない壁がずっとあるような感じである。


「夜の十時に寝たの? 舞衣は小学生かよ」

 

 一方的に名前を覚えているのが嫌で、イケメンAと命名した男が舞衣さんの肩を叩いた。ツッコミをしただけなんだろうが、クラスにいる男子が一斉に嫉妬の視線を向けた。それでも涼しい顔をしているのは、慣れているからだろうか。


「昨日の夜はやることがなくてね〜。疲れたし家に帰ったらすぐに眠くなったんだよ」


 肩に乗ったイケメンAの手を払いのけると、ちらっと俺を見た気がした。


 でもすぐ視線は元に戻ってしまい、友達との会話を再開してしまう。

 

 ちょっと寂しく思う気持ちはあるけど、入学して数ヶ月経っても友達すら作っていない俺と仲がいいと思われても迷惑だってのは理解している。家族になったとバレないようにしようって決めたんだし、当然の対応だとは思った。


 周囲の話を盗み聞しながら何もせずにいると、先生が入ってきて舞依さんたちは出て行く。みんな別クラスだったのか。なんでここにいたんだろう。


 そんな疑問が浮かんでいると、しばらくして授業が始まる。


 黒板の文字を書き写しながら、余った時間でトークネタをメモしていく。


 舞衣さんたちがカフェの新作メニューで盛り上がっていたので、帰りに寄って味を確認しておこう。他にも隠れながらスマホを使ってSNSをチェック。最新のアニメや漫画、おもしろ動画ネタを集める。


 気に入ったのがあれば自分のアカウントで共有して、リスナーからコメントをもらい返信していくと、学校の時間なんてあっという間に過ぎていった。


 気がつけば放課後。今日も話題は豊富だ。


 一人で教室を出ると駅に向かいながら歩く。


 カフェを見つけたので、話題になっていた新作のジュースを買う。飲みながら味を堪能していると、また舞衣さんの姿が目に入った。


 イケメンAたちはいないようで、友達と二人で歩いている。


 俺には気づいていない。近づかない方がいいだろう。


 どこで時間を潰そうか。

 周囲を見たら誰もいない公園が目に入った。

 都合よくベンチがある。


「スマホで配信しようかな」


 パソコンじゃないからVTuberの体は動かせないけど、声だけならSNSを使ってできる。無線のイヤホンマイクもあるんだし、たまには外でするのもありか。


 公園に入って誰もいないことを再度確認してベンチに座る。無線のイヤホンマイクを耳につけてから、スマホを操作してSNSのアプリを立ち上げて配信を始める。


 しばらくは誰も来なかったけど、リスナー一覧にアイコンがぽこんと表示された。


「メメさん。こんには〜」


 引越しの準備もあって数日配信できてなかったから、久々に会えて嬉しい。


[メメ:イケボ成分が足りなかったので助かります! 最近配信がなくて寂しかったです!]


 配信者なんて沢山いるから、俺が休んでもリスナーのみんなはあまり気にしなと思っていたんだけど、実は違っていたらしい。


 求められているとわかって、ちょっとだけ嬉しくなってしまい口元が緩む。


「ごめんね。親の都合で引越ししなきゃいけなくて。もうしばらく配信できないかも」

[メメ:今は大丈夫なの?]

「うん。ラジオ配信ならスマホで出来るから」

[メメ:それだったら明日も配信できるね!]

「それはそうなんだけど……」


 少しだけ躊躇したけど、メメさんならいいかと本音をこぼす。


「悩み事があって楽しく話せないから、解決するまでは難しいかも?」


 僕にとって配信とは数少ないリスナーと楽しくおしゃべりする場だ。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 だからこそ、僕の精神状態が安定せず暗くなりそうなら、配信をしないって決めていた。


[メメ:え……悩み?]

「詳しくは言えないけど、これから一緒に住む人に少し嫌われているかもしれないんだ」


 一度口に出してしまったら止められなかった。


「俺は仲良くしたいとは思っているんだけど、向こうはまともに話を聞いてくれなくて、どうしようもないんだ。せめてしっかりと会話する時間をとって、嫌われている原因がわかれば状況は変わってくると思うんだけど……」


 やっぱり重すぎた話だったのかな。

 メメさんのコメントがぴたりと止まった。


「って、ごめんね。変なこと言って!」

[キラキラJD;変なことじゃないよ! 大事なことじゃん! 私の推しを嫌いって言うヤツはみんな○ねばいいんだ!]

[ワカメ;バカなこと言わないの。嫌っている相手に近づかなければいいだけなんだから、手を汚す必要なんてないんだよ]


 いつの間にか他の常連リスナーも配信を聞いてくれたみたい。俺を励まし、嫌われている相手の悪口を書き込んでいる。


 こうなって欲しくなかったから、悩みを言うつもりなかったのに。

 失敗したかなと思いつつコメントを眺める。


[メメ:みんな好き勝手いいすぎ。本当に嫌われているかわからないんだから、確認するのが先でしょ。実は銀河くんのことが好きすぎて、距離を置いている可能性だってあるんだし! 諦めるのは早いよ!]

[キラキラJD:確かにしそれはありそう。推しが目の前にいたら逃げ出す自信がある]

[ワカメ:まーねー。好きだからこそ、ってのはあるよねー]


 世界的に有名なタレントやスポーツ選手ならあるかもしれないけど、俺はどこにでもいる普通の高校生だよ。


 そんなのある?

 ないでしょ。


 仮に常連のリスナーと会ったとしても、そんな感じにはならない。気軽に話しかけてくるはずだ。


「俺に限ってそんなことないって」

[メメ:ううん。あるよっ! 絶対に話し合ったほうがいって! 直接だと言いにくいと思うからチャットとか、そういったのでやったほうがいいかも! うん! そうだよ!]


 いつもは下ネタばかりコメントするメメさんが、必死になっている。


 ここまでリスナーに応援されたのであれば応えるのが配信者ってものだろう。


 行き詰まりを感じていた俺の心に、僅かだけど火がついて前向きな気持ちになった。


 リスナーに楽しんでもらうことばかり考えていたけど、逆に元気をもらえることもあるんだな。新しい発見であった。


「ありがとう。チャットのIDを交換してくれるかわからないけど、今度聞いてみるね」


 この返事を持ってお悩み相談は終わりにした。


 話題をカフェの新作メニューにして一時間ぐらいしてから配信を切る。


 どうやってチャットアプリのIDを交換しようか考えながら、帰り道を歩くことにした。



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