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第4話 推しの声を近くで聞いたら

 顔合わせが終わってからすぐ、父さんは籍だけ先に入れた。


 俺たちが住んでいたマンションは四人で住むには小さかったため売却し、継母になった美紀恵さんが住んでいる戸建てに引っ越すことで話がまとまる。


 家の間取り図と写真を見せてもらったんだけど、一階はリビングやダイニング、キッチンがあって二階はプレイルームと呼ばれる遊べる場所、三階に子供二人と夫婦の寝室がある。階段の上り下りが面倒だなと思ったけど、実はエレベーターまで完備されていたから生活はしやすそうだ。敷地面積はかなり大きく庭まであって、控えめに言っても豪邸である。


 そう、再婚相手はお金持ちだった。


「美紀恵さんって何の仕事をしているの?」


 なんでお金を持っているのか気になってしまい、父さんと二人で引越しの準備をしているときに聞いてしまった。


「小さい会社の経営をしていたはずだ。なんだお前、あの家の間取りを見て気になったのか?」

「そりゃそうでしょ」


 台所で食器をダンボールに仕舞いながら、もっと詳しく話してと目で訴えかける。


 父さんは少し黙ったけど誤魔化すつもりはないみたい。作業の手を止めて俺を真っ直ぐ見た。


「あの家は前の旦那と離婚するときに財産分与で手に入れたと言っていたから、稼ぎがすごいって訳じゃないからな」


 前の夫。


 男としてあまり触れたくなかったんだと思う。


 意識したくない気持ちはわかるので背中をポンポンと叩く。


「終わった相手に嫉妬したら、美紀恵さんに小っちゃい男だと思われるよ」

「わかってるわ!」


 俺の手を払いのけると父さんは立ち上がった。


「それよりお前は恋人の一人や二人、さっさと作ったらどうだ?」

「今が楽しいからいらないかな」

「あれか、配信だろ? あんなのどこがいいんだ?」


 俺がからかえば乗ってくれるぐらい父さんとの関係は悪くないし、やりたいことをやらせてくれるので感謝しているけど、考えが古いんだよなぁ。今は活動を認めているけど本心では反対している。


 何か大きなトラブルが起こったらパソコンを取り上げるぐらいはしそうだ。


「知らない人と気兼ねなく話せることかな」

「学校の友達じゃダメなのか?」

「うん。声がね」

「……お前まだ」

「うん」


 父さんは俺が中学の時に声でからかわれて、酷く傷ついていたのを知っている。


 今も引きずっているんだと気づいて何も言えなくなったのだ。


「それにさ、地声を褒めてくれるからリスナーとの会話は楽しんだよ」


 配信に集まってくれる人たちは俺の話を聞くためにだけ来てくれる。


 これは友達じゃ作れない関係だ。


 おしゃべり好きにとっては最高の環境で、俺が唯一素を出せる場所。だからこそ手放せない。


「ふーん。ならリスナーに好きな相手はいないのか?」

「恋愛的な意味ならいないよ。みんないい友達」

「だが向こうは優希のことが好きなんだろ? すぐに付き合って、ヤれそうじゃないか。もったいない」


 父親ともあろう男が、下品な顔をしながら最低なことを言い放った。


 どうやってお説教しようかと考えていると、ガタンと音がする。リビングを見ると舞依さんが顔を赤くして立っていた。


 え、どうしているんだろう?


 下世話な話を聞かれたのであれば、さらに嫌われてしまうかもしれない。


「今の話聞いてた?」

「うん。すぐに付き合ってところから……」


 よかった。配信していることはバレてない、って違う! そうじゃない!


 もっと最悪なケースの発生だ。すぐヤりたがる男と思われたじゃないか!

 時間をかけて関係を修復するどころじゃなくなる!


 舞依さんはクラスでもトップの人気者でカースト最上位。友達のいない俺とは天と地ほどの差があって、もしヤリたいだけ――ヤリモク男なんて誤解が流れたら訂正なんて不可能だ。


 灰色どころか真っ黒な高校生活を送ることとなる。

 プライベートと学校の両方が終わってしまうのだ!


 早く訂正しないと。


「優希くんは、そういう人だったの?」


 どうやって身の潔白を証明しようか悩んでいると、ためらいがちに聞かれた。


 俺と舞衣さんの関係が始まる前に終わってしまうのか?


 焦っていて頭が回らないけど、早く返事しないと。


「全然違うよ! 父さんがバカなことを言っているだけで、誰かと付き合いたいとか、ましてその先なんて考えてないから!」

「そうなの? 誰とも付き合わない? 誓える?」


 肩をガッと掴まれ、前のめり気味に聞かれてしまった。


 耳まで真っ赤になっている舞衣さんの顔が目の前にある。髪からは甘い香りがしていて、肌は潤っていてシワのひとつもない。みずみずしい。


 俺を射殺すように睨みつけている目さえなければ、幸せを感じていたかもしれないな。


「うん。誓えるよ。俺は今の生活に満足しているんだ」

「そうだよね。よかった」


 ぱっと手を離してくれた舞衣さんは、フラフラとしながら近くのソファに座り込んだ。息が乱れていて、うっすらとだけど汗が浮き出ている。


 会話しただけで、どうしてこんなに疲労しているのだろうか。


 考えても答えは出なかった。


「ところで今日は何しに来たんだい?」


 疲れていそうな舞衣さんに、空気の読めない父さんが質問をした。


 少しは休ませてあげればいいのに。


「引越しの……お手伝いに……」

「美紀恵さんから言われたのかな? 助かるよ!」


 喜んでいる父さんの期待に応えようとしているのか、舞衣さんは立ち上がった。まだ疲れてそうなのに真面目だ。


 美人で性格がいい。


 テストの成績も良いって噂を聞いたことがあるし、完璧な人っているんだな。


「何かお手伝いできることありますか?」

「食器を仕舞うのお願いして良いかな」

「もちろんです」

「よし、頼んだ!」


 父さんに頼まれた舞依さんは、台所まで来てくれると床に並べている食器を見た。


「仕事道具を片付けたいから、あとは二人でよろしく」

「え、まってって!」

「それじゃ!」


 俺の言葉を無視して父さんは自分の部屋に入ってしまった。


 嫌われている相手と二人っきりか。非常に気まずい。


 いきなり放置された舞衣さんは、どこに仕舞えばいいか分からず固まっているし、何か話さなければいけない状況だ。


「無理して手伝わなくても良いよ?」

「そんなことないよ! 無理なんてし、し、してないし! どんと、頼って!」


 帰ってくれると思ったら、予想に反して力強く言われてしまった。

 興奮しているのか顔がさらに赤くなっている。目はキョロキョロと動いていて落ち着きがない。


 本心としては帰りたいけど、親からお願いされたので無理しているのだろうか。


「そっか。ありがとう」


 お礼を言いながら舞依さんに近づく。とはいっても一メートル弱は離れいるので、不快に感じることはないと思う。


 今の俺たちは、このぐらいがちょうどいいはず。


「それじゃお皿は新聞紙に包んで、そこのダンボールに入れてくれるかな。あと後ろにあるグラスは……」


 片付けて欲しい場所を指で示していると、舞依さんの顔がさらに赤くなっていく。足はガクガクと震え、目からは涙を浮かべており、素人の俺が見ても正常じゃないとわかった。


 これほどの変化は明らかにおかしい。

 疲れじゃなく、体調が悪いと思った方がいいだろう。

 手伝うどころじゃないよ。


 倒れてしまいそうだったので、手を伸ばしながらさらに一歩近づいて声をかける。


「少し休んだほうがいいよ」

「は、はいぃぃ~~」


 ついに足から完全に力が抜けてしまったようで、変な声を出しながら倒れかけていたので体を支える。


 頭をぶつけたら大変なのでしっかりと抱き寄せた。


「大丈夫?」

「推しのリアルASMR! もう無理ぃぃぃ」


 早口な上にろれつが回ってなかったので聞き取れなかった。

 何がどうなったかわからないけど、気を失ってしまったみたい。


 どうすればいいかわからず、抱きかかえてソファに寝かせてから父さん経由で美紀恵さんに連絡すると、よくあることだから放置で良いと言われてしまった。


 病気だったら大変だと思うんだけど、何度も大丈夫と念押しされたので大人しく従うことにした。


 一体、舞依さんの中で何が起こっているのだろう。

 俺にとってリアルの女性は難しすぎる。


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