第30話 配信スキル
陽葵さんに迫られていたと思ったら舞依さんが乱入してきて、さらに脅されてしまった。
今日、発生したできごとのまとめである。
意味がわからない。
通り魔にあったような気持ちだ。
舞依さんになぜそんなことをしたのか聞いたんだけど、ハニートラップの怖さを教えるための演技だったらしい。
けど、陽葵さんは本気だったようにも見えた。
気のせいだよね? と舞依さんに聞いたら、ものすごく怖い笑顔をされてしまった。
女性、怖い。
ハニートラップよりも舞依さんの表情の方が恐ろしい。
何度コラボしてもメーベルさんと会うのだけは止めようと心に誓った。
* * * * * *
配信前に通話を一回してから、メーベルさんとコラボするとSNSで告知をした。
「コラボおめでと~」
「楽しみにしているね!」
「彼女はグイグイ来るから無事に配信が終わるかな……!?」
反応は概ね好評だ。事前の打ち合わせでプライベートについて、どこまで公開OKかまですりあわせをしているので変な質問も来ないだろう。
俺も人気VTuberになるための一歩を踏み出せる。
そう思っていたんだけど、SNSで告知の投稿をしてから一時間後にはDMが十件近く来ていた。それも女性VTuberのアカウントからだ。
内容はみんな共通していて「メーベルさんとは絶対に会わないで」と書かれている。彼女たちは僕のリスナーらしく、嫌がらせじゃなく本気で心配している。
メメさんから情報をもらったときは軽く考えていたけど、ここまで言われたら本気で危機感を覚えてしまう。
「いい人だと思っていたんだけどなぁ」
残念だけど俺は見る目がなかったらしい。
既に三回コラボすることは事前の打ち合わせで決めちゃっているし、ボッチの俺の誘いを受けてくれた恩があるから中止はしないけど、すべてが終わったら距離を取った方が良いのかな。
実際に悪意をぶつけられたわけじゃないからか、寂しい気持ちになりながら配信当日を迎えることになった。
「こんにちは! 聖夜です!」
「みんなー! こんメーブル!」
息をあわせて挨拶をするとクラフト系のゲームを始めた。
何もない草原に降り立つと家を作るために材料を集め、敵が出たら逃げ回っていく。
俺はいつも静かに話しながら配信しているんだけど、メーベルさんはリアクションが大きい。「殺された~!」「危なかったね!」「きゃー!」なんて発言すると、彼女のリスナーたちがコメントで盛り上げてくれる。
こうやって楽しい雰囲気を作るのか。
性別や性格、声の質が違うので同じようなことをするつもりはないけど、誰かを楽しませるための配信を間近で見ていて勉強になる。
「ねー! 聖夜くん」
「なんでしょう?」
二人で家を建設中にメーベルさんが声をかけてきた。
「ベッドは大きいの一個にしようね」
「ふぇ!?」
ユニコーンを殺しまくったと聞いているけど、さすがにこれはダメじゃないのかな。
ドキドキしながらコメントを見る。
[トヘヘ:五人目の浮気相手おめでとー!]
[円:ぐぬぬぬぬ]
[無課金戦士:聖夜くんに彼女がいたらNTRだね! 股間が盛り上がってきたぞ!]
メーベルさんのリスナーは比較的受け入れているようだ。
本当に男性と親しくなることに対して許容しているんだ。統率力がすごい。
むしろ俺のリスナーの方が過剰に反応している。
[みゆ:聖夜くん! その変態から離れて!]
[ぽーちゃん:美しい声を独占なんてさせない!]
[りのっち:浮気性が移るから近づかないで!]
常連リスナーは沈黙を保っていて、怒り気味なのは普段コメントしない人たちばかりだ。
その中には注意してくれた女性VTuberもいるのだろうか。
相手のことばかり気にしていたけど、実は俺の方がリスナー離脱の危機なのかもしれない。
[ワカメ:うちの子をよろしくおねがいします]
と思ったら常連の一人が親目線でコメントしてきた。
[メメ:聖夜くんに相応しいかチェックするから得意料理教えて。まさかないとは、言わないよね]
[キラキラJD:頭の良さも重要。どこの大学通っているの? あ、メーベルさんだと過去形になるのかな?]
さらに常連の二人は姑っぽい発言で煽っているようにも見える。
楽しい配信だったのに殺伐としてきたぞ。
「画面越しに見ているリスナーは指をくわえてみていればいいよ! ね、聖夜くん」
ここで俺に話題を振らないで欲しい。
なぜか舞依さんの笑いながら怒っている顔を思い出した。ネタだとしても提案に乗るのはマズイ気がする。
「他人が一緒にいると寝れないタイプなので、寝室は部屋を作りましょう」
個人的には最高に上手い回避をしたと思う。
作りかけのベッドを破壊すると壁を作って部屋をわけた。
「えー。一緒に寝ようよ。私は人肌が恋しくなるタイプなんだ」
「ごめんなさい。僕は逆なんですよ」
ちょっと前の俺ならゲームだし、いいかなって折れていたと思う。けど舞依さんのハニートラップ予行練習やメメさん、女性VTuberたちの忠告DMのことがあったから譲らない。
固い意思で拒否した。
「残念だなぁ~。仕方がないから山羊を部屋に入れておこ」
必死になって食い下がることはなく、メーベルさんは足の踏み場がないぐらいの山羊を部屋に入れていく。
「これで寂しくなくなったー!」
明らかに寝るには不適切な場所になったため、リスナーが『家畜小屋かよ!』と突っ込んでいく。
それを見てメーベルさんは爆笑していた。
殺伐とした空気が一変している。
リスナーを上手くコントロールするテクニック、これも配信スキルなんだ。
俺はずっとメーベルさんの配信スキルによって助けられ、予定していた一回目のコラボ配信は大盛況で終わった。