第28話 舞依:狙われた聖夜くん
優希くんの声を聞きながらベッドでウトウトしていると通知が来た。キラキラJDこと笹木先輩だ。
あの一件からお互いに距離を取って連絡すらしてなかった。用事すらないはずなのに……。
嫌な予感がしつつ内容を確認する。
どうやら聖夜くんのコラボ配信が決まったみたい。予定では一週間後。情報提供は助かるけど、もう友達じゃないんだから連絡しないでよねと思いながら読み進める。
気になるお相手が、すごい問題VTuberだった。
笹木先輩からの情報によるとメーベル・クロツェルさんは異性とのコラボをすることで有名でらしい。これ自体は特に問題だとは思わなかったんだけど、続く文章を読んでスクロールする指が止まってしまう。
「え……うそ……っ。オフで会って配信する……?」
一瞬にして二人のライブ配信が終わった後、ラブホテルに入るシーンをイメージしてしまった。
私は声が好きなだけで彼が誰と付き合おうが気にしないと思っていたのに、ドス黒い感情が噴水のように出てきて止まらない。私にこんな負の側面があるなんて知らなかった。
私は優希くんの声が好きなの?
それとも人としても好きなの?
恋人が欲しいなんて思ったことがないからか、自分の感情がわからない。
ただ一つ明確なのはメーベルさんと出会うのを阻止したいという気持ち。
『そんな情報を私に渡して何をしたいんですか?』
長い入力中のメッセージを見つめながら返事を待つ。
『コラボ阻止しない?』
『それはダメです』
仕事にしたいかもと思うぐらい真剣に考えているんだから。家族であり重度の優希くんボイスマニアとしては応援するしかない。たとえドス黒い感情が止まらなくなったとしても邪魔をするなんて選択はできなかった。
『聖夜くんがメーベルと寝てもいいの?』
『推しは偶像なんですよね。なんでそんな気にするんですか』
会えないからこそのVTuber。それが佐々木先輩の考えだというのは、この前の会話で知っている。
だったら配信を続ける限り誰と付き合い、寝ようが関係ないのではないか。
なぜ聞いてくるか気になっていた。
『女に汚されてほしくない。男は男同士がいいと思うんだ』
救いようのない発言だった。
私だけじゃなく優希くんにも身勝手な妄想を押し付けている。
もはや家族の敵だ。
返事をやめようと思ったけど続くメッセージで考えが揺らぐ。
『これはあまり広がってない情報なんだけど、メーベルとオフで会った男性VTuberの一部は引退しているんだよね。写真をばら撒かれたくなかったら活動停止しろってね』
『写真? どいうこと?』
『行為をする前に嫌がっている写真を何枚か撮っているらしく、相手の態度が気に入らなかったら脅しに使うみたい』
無茶苦茶な話だった。リスクも大きい。
そんなことして、メーベルさんにとって何の利益があるんだろう。
『なんでそんなことしているの?』
『自分が上じゃないと嫌なんだって』
『それだけの理由で?』
『人間って感情で動く生き物だからね。それだけで十分じゃない?』
妄想を押し付けてくる笹木先輩が言うと説得力があった。
彼女もまた他人が理解できない理由、感情で動くタイプだ。共通する点は多いので私より理解度は高いのだろう。
教えてもらったことが正しいという前提で話を進めても良さそう。
『なんで笹木先輩は知っているんですか?』
『本人から聞いたんだよ』
誰からなんて質問しなくてわかった。メーベルさんからだろう。
VTuberと知り合いなんだという驚きはあったけど、事情を詳しく知っている理由はわかった。
『それでもう一回聞くけど、今回のコラボ阻止しない?』
『オフするとは限りませんよ。賢明な聖夜くんなら断るかと思います』
『最初はね。でも二回目、三回目となれば変わってくるよ』
信頼関係が築けた、もしくはメーベルさんのおかげで数字が伸びたのといった恩を与えることができれば、確かに直接出会う可能性は出てくる。笹木先輩の言っていることをいつもの妄想だと無視するわけにはいかなさそう。
『かもしれませんね。で、方法はあるんですか』
『メーベルの素性を教える……と言いたいところだけど、リスナーでしかない私たちの声は届かないと思う。嫉妬していると勘違いされたら最悪だよね。だからメーベルを尾行してコラボする前に取り押さえるのはどうかな? ついでに聖夜くんの顔も見れるよ』
最後に餌をぶら下げて賛同を得ようとしているみたいだけど、一緒に住んでいる私には意味がない。それよりも笹木先輩に聖夜くんの正体を知られるわけにはいかないのだ。
『少しでも失敗したら聖夜くんが食べられちゃう。それはダメ』
『過保護だねぇ。どうするの?』
『メーベルさんの悪事をしていたと証拠を集め、聖夜くんに送ればわかってくれるよ』
『さっきも書いたけど私は難しいと思うよ』
『やってみないとわからない。私がなんとかするから証拠だけお願い』
『わかった。とりあえずやってみますか』
正体を知っているとは言えない代わりに、無防備な優希くんに女の恐ろしさを教えてあげる。
警戒心が上がれば、何度コラボしてもオフで会おうなんて思わないでしょう。
そう。これは優希くんのためなんだ。
嫉妬して他の女と出会うのを邪魔するわけじゃない。
私の理性と本能がガッチリと握手をした。もう迷いはない。