第20話 人類皆友達とはいかない
授業の合間や昼休みに声をかけようとする気配を察知したので、すぐに空き教室へ避難して難を逃れた。
明日、明後日も噂好きな人たちは話しかけようとしてくるだろう。
しばらくは、こういった避難対応が必要そうだ。
本当は文句の一つでも言ってやりたいところだけど、女子に連絡するなんてハードルが高いので心の中だけで留めておく。
まったくボッチにとって辛い環境になってしまった。
なるべく声を出さずに平穏に過ごせるだろうか、と考えながら廊下を歩いて階段下で立ち止まる。スマホを取り出すと陽葵さんからメッセージが届いていた。
『ごめん~。少し遅れる』
土下座のスタンプつきだったので悪い印象は持たなかった。
我ながらチョロい男だ。
『先に下駄箱の所に行ってます』
返事なんて待たない。スマホをポケットにしまって舞依さんの下駄箱が見える場所で待つ。
盗撮男の姿はない。来るとしたら夕方ぐらいだろうか。しばらくは時間を潰さなきゃいけないなとため息を吐く。
腕を組んで数分経っているとスマホが震えたので取り出そうとする。
「よう」
声をかけられたので顔を上げると、二人の男が近づいてきたのでスマホから手を離した。
表情から察するに、よい話じゃなさそうだ。
「お前……涼山、だったよな?」
クラスメイトだというのに声をかける相手の名字すら覚えてないとは。ニヤニヤと見下すように嗤っているし、第一印象は最悪である。
「そうだよ。田村君」
「おー! そうだよな!」
田村ともう一人の男、山本が左右に分かれて俺の隣に立ち、腕を肩に乗せてきた。獲物は逃がさないといった態度だ。
無言で腕を払おうとしたけど抵抗されてしまい失敗した。
「重いんだけど……?」
「いいじゃん。それよりさ、陽葵ちゃんのことで少し話があるんだよ」
「俺はない」
きっぱりと断ると田村は呆けた顔をした。
まさかカースト最低ランクの男に拒否されるとは思っていなかったんだろう。残念だけど声を出すのが面倒だからボッチになっているだけで、別に気が弱いわけじゃないんだ。
「涼山のくせに生意気だな」
山本が胸ぐらを掴もうとしてきたので、手で叩いて睨みつける。
「人が大勢いる場所でケンカでもするつもりか?」
「てめぇ……」
俺たちが通っている所は一応、私立の進学校に分類され、内申点を下げる行為は避けたがる。
ケンカを売ってきた山本も例に漏れず、教師からの評判を気にしていた。
とはいえ俺だって、教師の評価はともかく美紀恵さんには迷惑をかけたくないのでケンカするつもりはない。無抵抗な人間ではないと伝わったことだし、この辺で引き下がるべきだ。
陽葵さんとは、友達どころか知り合いですらないと説明して終わらせよう。
「陽葵さんとは偶然――」
「やっほー! 優希くん、絡まれてる感じ?」
最悪だ。なんで今、来るんだ!
田村と山本は同時に振り返って、話しかけてきた相手が陽葵さんだと気づいて俺から離れた。
「絡んでるなんて人聞き悪いなぁ。友達と話していただけだよ! な?」
気になる女性の前で良いところを見せたいのはわかる。けど俺には関係ない。山本の話に会わせる必要はないし、したいとも思わない。
どうせクラス内の評価は低いんだから、嫌がらせでもしてやろう。
「陽葵さんが俺に話しかけてきたのが気に入らないみたいだよ。相手してあげれば?」
「お前っ!?」
俺に掴みかかろうとした山本だけど、少しは理性が残っていたみたい。陽葵さんがいると思い出して手が止まる。
「ふーん」
状況を察したようで、陽葵さんの目が鋭くなる。
「男同士のマウントの取り合いって興味ないし、どーでもいいけど……」
数歩進んで山本と田村の前に立つ。
陽葵さんは女性だというのに男以上の威圧感があった。
これがクラスカースト上位のオーラ!?
「邪魔なんだよね。どっか行ってくれない?」
「お、おう。それは悪かった」
田村が返事すると立ち去ろうとする。
ガシッ、と音がでそうなほどの勢いで陽葵さんが肩を掴んだ。
「それと優希くんは友達だから、これからも変なことしないでね」
二人とも驚いた顔をしてこっちを見てきた。きっと俺も同じような表情をしていることだろう。
だって陽葵さんから友達って言われたんだよ?
舞依さんとの関係がバレる危険性も気になるけど、それ以上にいつの間にそんなに仲良くなったという思いが強い。陽キャ特有の一度話せば人類みな友達的な思考なのだろうか。
配信で一度でもコメントしてくれたらファン認定する俺みたいな感覚だな。性格は違うのに共通点があって、なんとなく面白かった。
「もちろんだ。なぁ、山本?」
「おう。じゃ、俺たち用があるから」
解放された二人は足早に去って行った。
怖そうな表情をしていた陽葵さんの表情が一変して、普段通りの親しみやすい雰囲気を出している。
「余計なことした?」
「うざかったから助かった」
「ぷぷ、優希くんもそう思うときあるんだ! 意外!」
「当然だろ。俺をなんだと――」
思っているんだと言いかけところで、下駄箱から悲鳴が聞こえた。
絡まれている間に何かがあったらしい。急いでみると盗撮男が地面に横たわっていた。近くには見知らぬ女生徒がいて、投げ飛ばしたような態勢を取っている。隣には舞依さんがいて呆然と立ち尽くしていた。