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第10話 新居の朝

 引っ越しは無事に終わって新居の生活が始まってから二日目。今日は月曜日だ。祝日ではないため登校しなければならない。


 一人で寝るには大きいベッドで目覚めると、新しい家に来たんだと改めて感じる。窓を開けてバルコニーに出ると眼下に広がる庭には小さな鳥がいて鳴いている。風が心地よく、すがすがしい朝だ。


 豪邸の景色ってこんな感じなんだ。何もしてないのに、凄い人になったような錯覚を覚えたので注意しないと。俺は友達のいないボッチ。ゲームで言えばモブキャラだ。主人公の友人ポジションにすらなれないんだ。そう意識しないと、勘違い人間になってしまいそうで少し怖かった。


 部屋に戻ろうとして視線を動かす。


「……え?」


 バルコニーに舞依さんがいた。薄いピンク生地に白い水玉の寝巻きを着ている。上は長袖だけど下はショートパンツだ。健康的な太ももがばっちりと見える。


 一瞬、寝る部屋を間違えたかと思ったけど、そんなことはない。ちゃんと指定された場所だ。じゃあ舞依さんが部屋に入ってバルコニーに出てきたのかと思ったけど、それなら後ろから来るはずだ。横じゃない。


 俺の声に気づいた舞依さんは、こちらを見る。

 今日、最初の笑顔を見せてくれた。


「義兄さん、おはよう。驚いた? このバルコニーは全部繋がってるんだよ」


 マンションと違って仕切りがないのか!


 悪戯が成功した子供のような顔をしながら、ゆっくりと近づいてくる。


 目の前でピタリと止まり、顔が近づく。


「私の部屋に来たくなったらチャットで教えてね。もう兄妹なんだから遠慮しちゃダメ、だよ」


 耳元で囁かれ体がゾクゾクした。


 これって誘われて……いやいやないだろ! 勘違いしちゃダメだって、さっき考えたばかりじゃないかッ! 誤解が解けて家族としての信用度が上がっただけなんだから、それ以上の意味はないはず。舞依さんはモテるんだし、モブ以下の俺は期待しちゃいけない。


「それじゃ、私は先に行ってるね」


 混乱している間に舞依さんは離れて、自分の部屋に戻ってしまった。


 バルコニーには俺一人である。


「からかわれたのかな」


 だとしても悪い気分ではなかった。もっと彼女のことを知りたいと思う。


 クラスが違うので学校だと話す機会はないだろうけど、この家なら時間はたっぷりある。それに俺には頼りになるリスナーもいるし、友達作りについて相談してみるのも悪くはないだろう。


 * * * * * *


 スマホでネットの巡回をしてトークネタを集めてから制服に着替えて一階に降りる。


 ダイニングに行くと、父さんはパンを食べていて美紀恵さんは隣でニコニコと笑いながら座っていた。舞依さんの姿がない。見渡しても見つけられないので、とりあえず二人に挨拶をする。


「おはようございます」

「おはよう~。ゆっくり寝れた?」

「はい。すごく快適でした」

「よかった」


 父さんは目を合わせることで返事をして、美紀恵さんは俺が快適に過ごせているかまで気にしてくれた。


 放任主義で育ったため、こうやって心配されるのは新鮮だ。美紀恵さんが俺の母親になろうとしていることが伝わり、くすぐったい嬉しさを感じる。


「優希くんは朝ご飯を食べるタイプよね。これをどうぞ」


 出されたのは、しっかりと焼き色の付いたクロワッサンだった。香ばしい香りがここまで漂っている。


 椅子に座ると遠慮せず手に取る。少し温かい。口の中に入れると、サクッとした歯ごたえとバターの香りと甘さが広がった。普段食べているのより美味しい。食事一つとってもレベルが数段上がっていて朝から贅沢だ。


「舞依はいつも朝練でいないから、賑やかになって嬉しいわ」


 勉強もできて部活までしているんだ。

 それは知らなかった。


「何部に入っているんですか?」

「陸上でマラソンをやっているわ。朝はしっかり練習しているみたいなんだけど、放課後は用事があるみたいでいつも休んでいるの。一体、なにをしているのやら」


 まっすぐ俺のことを見ながら、美紀恵さんが教えてくれた。


 内面を除かれているような感じがして少し怖い。笑顔のままなんだけど目だけが鋭いような、そんな感じだ。警戒されているとは思わないんだけど居心地は悪い。


「ごちそうさまでした」


 強引に会話を終わらせると逃げるように玄関へ向かう。靴を履いて外へ出ると自転車に乗って高校へ向かう。


 通学路は変わったけど距離は近くなったので、十分もすれば通っている高校が見えてきた。


 誰にも挨拶せず駐輪場に止めて鍵をかける。


 ふと、グランドを覗いたらジャージを着た舞依さんが走っていた。


 髪を後ろに束ねていて運動しやすくしている。背筋はピンと伸びていて顔は前を真っ直ぐ見ていて美しいフォームだ。思わず見蕩れてしまう姿なんだけど、スマホで録画している男がいて、すべてを台無しにしていた。


 画面を覗き込んでみると、上下に動いている舞依さんの胸を録画しているようだ。


 さすがにこれは見逃せない。


「録画なんてするなよ。先生に報告するぞ」


 学校では声を出さないようにしていたはずなのに、気がついたら低く脅すように話しかけていた。男はスマホを隠して逃げようとしたので腕を掴む。


「今、ここで消せよ。そうすればなかったことにする」

「うるせぇ」


 はね除けようとしたけど、俺は手を離さない。


 新しくできた義妹を変な目で見るだけじゃなく、録画までしていたのだから許せるはずがないだろ。


「最後の警告だ。俺が見ている前で消せ」


 周囲が騒動に気づいて視線が集まっている。


 注目されれば悪事がバレると思ったのだろう。逃げようとしていた男だが、諦めてスマホの画面を見せながら撮影した動画を削除してくれた。


「これでいいんだろ。手を離せよ」

「もう二度とするなよ」


 拘束する理由がなくなったので手を離すと男は逃げ去った。


 注目が集まってきて気まずいので、俺もすぐにグランドから離れると、一人で教室の中に入って鞄を机に置く。


 ボッチの俺に話しかけてくるヤツなんて誰もいないので、授業が始まるまで配信ネタを整理する時間がある。メモとペンを取り出そうとしたらスマホが震えた。


 連絡先を知っているのは家族だけだ。父さんからかな。


 ポケットから取り出してディスプレイを見る。


 通知欄には「舞依」の名前が表示されていた。タップしてアプリを立ち上げるとメッセージが表示される。


『グランドで見てた?』

『うん。よく気づいたね』

『たまたまだよ。走っている姿どうだったかな』

『かっこよかった』

『本当!? うれしい!』


 返事が来たところでチャイムが鳴った。スマホを操作していたら取り上げられるかもしれないので、すぐにしまう。


 まさか学校でも舞依さんと関わるとは思わなかった。


 家だけじゃなく学校での生活も変わりつつある。そう感じるには充分なできごとで、お昼休みの時にもっと強く実感することになった。


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