9、三人のクズ③/我儘な『聖女』
エンティア大聖堂。
人間は、魔族によって『祈る神』を剥奪されたが、祈る行為は咎められていない。
人間は何に祈るのか。それは自らを苦しめる『魔神』ではなく、奇跡の力を持つ存在。
すなわち、ジョブ能力者。そして大聖堂、聖職者たちが崇めるのは、神の軌跡を持つ『癒しの聖女』であった。
現在、この世界に癒しの力を持つ者はごく少数……そして、デラルテ王国には一人しかいない。
その者の名は、『聖女』ナヴィア。
若干十七歳。エンティア大聖堂で最も広く豪華な部屋を宿にして、寄付金を使い贅沢三昧をする少女。
今日もナヴィアは、我儘を言っていた。
「祈りの時間~? それに信者たちへの顔見せとかダルいし~……あたしに似た女にローブ着せて、適当に手ぇ振らせとけばいいじゃん~……いいでしょ?」
「わかりました。そのように」
ナヴィアは、ソファに寝そべり、クッキーをボリボリ食べながらジュースを飲み、大きな欠伸をしていた。
見てくれは、間違いなく美少女だった。
柔らかで長く伸びた桃髪、小顔できめ細かな肌、ぱっちり開いた瞳、そして豊満なスタイル……だが、それらを台無しにするくらい、今のナヴィアは酷かった。
「ふぁぁぁぁぁぁ~……だっる。そういや、救世主の相手するの今日だっけ。めんどくっさ……なんかもう飽きたし、やめちゃお」
ナヴィアが冒険者登録をしたのは、なんとなく面白そうだったから。
救世主相手に手ほどきを頼まれたのも、異世界から来たという存在に興味があったから。
そして、王室御用達の化粧品をもらえるから。
だが、ナヴィアはもう飽きていた。
「お昼寝~……」
とりあえず、今日は昼寝をすることにしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
お昼になり、昼食が運ばれてきた。
「うっげ……肉~?」
「はい。こちら、ドワーフの国から取り寄せた……」
「パス~、お魚食べたいわ~、お肉捨てちゃって~」
「し、しかし……」
「いらない、っつってんの。わかる? 聖女様の命令よ? 逆らうと奇跡起こせなくなるよ?」
「し、失礼しました!!」
ドワーフの国から取り寄せた高級肉は、一口も食べることなく廃棄される。
寄付金の四割が、ナヴィアの無駄遣いで消える今の現状。
「この甘ったれも問題だが、それと同じくらい問題なのは……この状況を受け入れてる大聖堂だな」
「はぁ?」
突如、部屋に入って来たのは海斗だった。
そして、海斗の背後には一人の少女……まだ七歳ほどだろうか。
他にも、十名以上の司祭たちが、海斗の背後に立っていた。
「あんた、救世主じゃん……何よ、勝手に人の部屋に~」
「お前、聖女クビになったから」
あっさりと、海斗はナヴィアに死刑宣告。親指を立て、自分の首を掻っ切る真似をした。
ポカンとするナヴィア。カイトは少女の背を押す。
「この子はシンディ。お前と同じ『聖女』のジョブを持つ少女だ。孤児院にいた子供でな、お前とは違って清らかな心の持ち主なんだ」
「は? は? せ、聖女って……」
(原作三巻でお前の後釜が決まって、立派な聖女としてやっていくって言ってもしょうがねぇか。それにクリスティナが後継人になったし、大聖堂の司祭がクズじゃないかぎりなんとでもなる)
心の声だけで言い、海斗はシンディに言う。
「シンディ。心の声に従って言ってくれ。『聖女』になって何をしたい?」
「わ、わたし……わたしみたいに、食べるのや着るのに苦労してる子供たちを、たすけたいです……」
「司祭たちも、同じ考えか? 救世主としての、俺が質問する」
「もちろん、人々を救うために存在するのが聖女様であり、その手伝いをするのが私たちの役目」
司祭たちは一斉に頭を下げた。
そして海斗はやや躊躇い、ナイフで腕に傷を付ける。
「っぐ……おいナヴィア。お前が聖女ってんなら、俺の傷を治してみろよ」
「はぁぁ? な、なんでそんなこと」
と……司祭たちが、一斉にナヴィアを見た。
眼を見開き、ゾッとするような冷たい目で。
ナヴィアはビクッとし、震える手で海斗の腕に手を伸ばす。そして、弱々しい光が海斗の手を包むが、中途半端なカサブタができるだけで、止血すらできなかった。
そして、海斗はシンディに手を伸ばす。
「えっと……す、スキル、『ヒール』」
淡く温かな光が海斗の腕を包み、傷が塞がり、綺麗に完治した。
「真の聖女がここに現れた!! こいつは偽物だ!!」
「「「「「おおおおおおお!!」」」」」
「え、ちょ、うそ、まっ」
司祭がナヴィアに殺到……ナヴィアは拘束され、そのまま大聖堂の外に放り出されるのだった。
◇◇◇◇◇◇
海斗は、着の身着のままで放り出され、大聖堂裏のゴミ置き場に叩き込まれたナヴィアの元へ。
そして、どんよりした眼で海斗を見るナヴィアに言った。
「お前の堕落した生活も終わり。今日から汗水たらして働くんだな」
「お、まえ……ッ!! お前が余計なことするから、あたしがこんな!!」
「こんな? 何? お前、ジョブだけでスキルを一つも持ってないくせに『聖女』気取りで、寄付金を小遣いみたいに使う生活がそんなに楽しかったのか?」
「あたしは『聖女』よ!? みんな崇めてくれるし、何したっていいって!!」
「でもそれは、お前に限ったことじゃない。現に、お前以上の『聖女』が現れたら捨てられただろうが」
「なっ」
「お前、『聖女』はジョブだぞ? あの司祭どもは、魔神に代わって崇拝する偶像が欲しかっただけだ。で、お前がそれだった……お前が特別じゃなければ、別の特別を崇拝する。で、お前は捨てられた」
「…………」
「まあ、シンディに代わってさらに強い力を持つ『聖女』がいたら、シンディも捨てられるんじゃないか?」
海斗がそう言うと、納得できないのかナヴィアは震えて歯を食いしばる。
(まあ……実際には、シンディは真面目に『聖女』のジョブを鍛えつつ、国民のためにいろいろ尽くして真の聖女となるんだけどな)
やや白けた感じでナヴィアを見る海斗。
すると、ナヴィアが言う。
「……どうすりゃいいのよ」
「は?」
「あたし、どうすればいいのよ!! ごはんとか、食べ物とか、お金とか、どうすりゃいいのよ!! 誰がやってくれんのよ!!」
「馬鹿かお前。そんなの、お前がやるしかないだろうが」
「ど、どうやってよ!!」
「ははは。奴隷にでもなるか? 俺の奴隷になれば、朝昼晩と三食付き、おやつも付けてやる。その代わり、死ぬまで働いてもらうけどな」
「……な、なっ」
ナヴィアは後ろに下がる。
何を想像しているのか知らないが、海斗はざまあキャラであり、さらにゴミ捨て場に叩き込まれたことで生臭い、身体に野菜くずの付いた女をどうこうするつもりは欠片もない。
なので、あえて強く、脅すように言う。
「奴隷じゃない選択肢ならあるぜ?」
「……え」
「お前、俺は何だ?」
「は? あんたは……救世主」
「そうだ。つまり、俺はこの世界を救う……ハインツ、マルセドニーも俺に屈した。お前も俺に屈しろよ。そうすれば、仲間として迎えてやる」
「……え」
「『聖女』……偶像としてのお前は死んだけど、ジョブの能力は残ってる。これから死ぬほど訓練して、スキルを獲得し続けて俺の役に立て。そうすれば、お前の立場は『利用価値のある聖女』から、『替えの利かない世界を救った聖女』になる」
「はああ!? ま、まさか……マジで魔神を、魔族と戦うつもり!? 無理無理無理無理、死ぬに決まってんじゃん!!」
「俺はできるし、やる。いいか……お前も来い。それしか、お前の生きる道はないぜ」
「……ッ」
ナヴィアは、海斗を睨む……怒りを、恨みを込めて。
そして、小さく呟いた。
「……わかった」
「決まりだ。まあ、よろしく頼む」
海斗の差し出した手を、ナヴィアが掴むことはなかった。