十二執政官序列六位『悪童』ザンニ③
「あららー」
ザンニは、執務室の肘掛椅子に座り、片目を閉じながら頬杖をしていた。
その様子を、どこか落ち着きのないサクヤが見ており、ザンニの発した「あららー」にギロリと目を向ける。ザンニは軽くおどけていたが、サクヤの殺気が尋常ではないので言う。
「えーと、アマテラスとスサノオが敗北。二人とも再起不能っぽいね……死んではいないけど」
「それで」
「えと……コノハナちゃんは、『骨』に捕まったみたい。今、ヨミヒラサカに向かう街道を……誰だこの子? 知らない子と三人で歩いてるね」
「……死んではいないのですね」
「うん。拘束されて、三人で……あらら」
ザンニの視界に入ったのは、蛇を見てニヤリと笑い、ククリナイフをコノハナの首にトントン当てる海斗だった……どう見ても、ザンニの『蛇』に気付き、挑発している。
海斗は知っているようだ。ザンニの最高戦力であるサクヤにとって、コノハナは爆弾……彼女の身に何かあれば、サクヤはザンニを無視して飛び出すだろう。
(最悪、二人とも『鎖蛇』で始末できるけど、そうなるとボクが直接戦うしかなくなるんだよねえ。サクヤが暴走したら施設は壊滅するだろうし、この子、コノハナしか目がないから、コノハナのためだったらボクを裏切ることもある……まあ、それはそれで面白いし、それがわかっているからサクヤのこと気に入ってるんだけど)
ザンニは、客観的に考える。
執政官の序列は、強さだけではない。
真正面から戦った場合、ザンニはプルチネッラよりも強い自信はある。それに、プルチネッラが敗北したのは魔神、そして魔王の骨を見て動揺し、その隙を突かれたからだ。もし、その動揺がなければ、海斗は間違いなく敗北していただろう。
(さーて、どうするかね)
ザンニは頬杖をやめ、椅子に寄りかかる。
「ねえサクヤちゃん。コノハナを取り戻したいよね」
「当然です。そして、侵入者と裏切者に報いを」
ビキビキと、額にツノが生え、髪の色が変わり、竜麟が首筋まで浮かぶ。
四種混合といえど、スペックは七種以上の混血人。正直、この戦力をザンニは手放したくない。
サクヤに比べ、コノハナは失敗作。必要がないといえば、サクヤは狂うだろう。
重すぎる姉妹愛……ザンニには理解できないが、そこがまた面白かった。
「じゃあ……取引かなあ」
「皆殺しにすればいいのでは?」
「それはダメ。だって」
ザンニは片目を閉じる。
すると、海斗が手で弄んでいた『骨』が、爆破するように砕け散る。
まるで、見せつけるかのように……蛇を見て海斗はニヤニヤしていた。
「コノハナが死ぬ。『骨』のスキルは、かなり厄介……同時に、ヤツ自身もヤバいね」
「…………」
骨の爆破。
コノハナの全身を爆弾にしてやる。海斗はそう言ってるように見えた。
同時に、海斗の真意も見えた。
「どうやら『骨』は、ボクとお喋りしたいみたいだねえ……ふふ、くくく、くふふふふっ」
ザンニは久しぶりに、気分が高揚していた。
面白い。
まさか、十二種族で最も虚弱で、異種人のベースにしかならない人間が、十二執政官序列六位『悪童』ザンニと取引するまでになるとは。
「サクヤ。どうやら……大勢のお客さんが来るよ。研究員をみんな退避させておいて」
「退避……まさか」
「うん。ドットーレの治める『医療都市ハレルヤ』に。あそこにもボクの研究施設あるしね。それと、ここにある全データを、ハレルヤに運んでおいて」
「お、お待ちください。それはつまり……霧の国シャドーマを、捨てるのですか!?」
「まあ、もう『魔王の骨』はあるし、この国に用はないと言えばないんだよね。まあ、念のためだよ。ボクだってこの国に愛着あるし、捨てたくはないんだよねえ」
ザンニは笑う……だが、サクヤは思った。
愛着なんてない。
研究データ、そして『医療都市ハレルヤ』のザンニの研究施設があれば、ザンニはどこだっていい。
魔王の骨を手に入れた今、もうここに用はない。
「……実験体はどうしますか。まだ、二種、三種の異種人が多く残っていますが」
「いらないよ。実験体なんて、どの国でも吐いて捨てるほどあるしね。シャドーマのは全破棄。ま、ほっとけば餓死するでしょ」
ザンニは立ち上がり、大きく伸びをする。
「さーて、お着換えしなくちゃね。お客様を出迎える準備準備~と」
ザンニは出て行った。
残されたサクヤは俯き、拳を強く握る。
「……これで、本当にいいの?」
実験体は、サクヤもコノハナも同じだった。
たまたま、四種混合に適合。さらに肉体のスペックが高く、竜鬼解放も通常の異種人とは桁違いに高い。さらにさらに『薙刀士』のジョブと合わせ、サクヤはザンニの『秘書』というポジションに付けた。
だが……それがなければ、ザンニはサクヤのことも切り捨てるだろう。
他の実験体と同じように、『破棄』される。
そして今、サクヤは『同胞』を破棄しろと命じられた。
「…………コノハナ」
妹のコノハナ。同じ血を分けた家族だけは、見捨てられない。
同胞よりも、ザンニよりも大事な妹だけは、守りたい。
「……ごめんなさい」
サクヤは、ここにいない誰かに謝ると立ち上がる。
妹を助け、守るために。