海斗とカグツチ
真っ暗な空間。
海斗は、『空間』のアマテラスのジョブ能力を忘れていた。
アマテラスは空間と空間を繋ぐスキルを持ち、移動だけでなく空間を使った攻撃を得意とする、六種混合の異種人だ。
ツクヨミが言っていた。この先で、アマテラスとスサノオが待ち構えている……と。
その言葉は真実なのだろう。だが、大人しく待っている保障などなかった。
来ることを想定していなかった。そして、想定しなかった海斗の責任だ。
「くそ……!!」
真っ暗な空間で海斗は手を伸ばす。
そして、黒い空間に光が差し──海斗は、光に手を伸ばした。
「あぅ……」
「え」
そして、柔らかな塊を右手でしっかりと掴み、ぐにぐにと揉んでしまった。
その『肉』の正体が、カグツチの胸だと気付くのに、たっぷり三秒かかってしまう。
海斗は真っ青になり、慌てて手を離した。
「な、な……なんでお前が」
「えと、その、気付いたら、ここに」
カグツチだった。
病院で着る入院患者のような薄い服だけを着ている。
周りを見ると、海が見えた。
「海……どこだここ」
「……うみ。綺麗」
カグツチは、海をジッと眺めていた。
海斗たちがいるのは砂浜だ。流木だらけの海岸で、地球と違ってゴミなどがないのは、この世界の造船技術が未発達で、海を行き来するほどではないからだ。
周りを何度も見渡すが、やはり仲間たちはいない。
「……くそ!!」
最悪のシナリオだった。
分断……間違いなく、ザンニは海斗たちの存在を知り、どう動かし、始末するかを考えている。
執政官序列六位『悪童』ザンニのてのひらの上……全滅の危機であった。
「犠牲を覚悟するしかない。ハインツ、ナヴィア、マルセドニー……イザナミとツクヨミ、クルル。どうする……」
「あ、あの……」
海斗は、カグツチを見た。
困ったように、迷子の子犬のように海斗を見ている。
そして、海斗は少しだけ落ち着いた……カグツチは、海斗たちが連れだしたのだ。少なくとも海斗には、カグツチを救わなくてはならない、そう思い深呼吸する。
「……とりあえず、少し整理しよう。そうだな……」
海斗は、離れた砂浜の先に小さな木陰があるのを見つけた。
「少なくとも、『空間』のアマテラスは、すぐに俺たちを始末するつもりはないようだ。あいつなら、転移先で待ち構えているとか、転移の過程で俺たちを始末できたはずだ」
「は、はい……」
「俺と二人で申し訳ないが……今は、生きるために行動するぞ」
「わ、わかりました」
海斗とカグツチは、遠くにある木陰に向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
木陰に移動し、海斗はアイテムボックスから着替えを出す。
「これに着替えろ」
「はい……わあ、新しい服」
カグツチを連れて行くことを想定していたので、カグツチ用の着替えは用意しておいた海斗。下着などはナヴィアに用意させ、服はイザナミと似たような着物を、動きやすさ重視にしたものだ。
カグツチは、海斗の目の前でためらいもなく裸になり、胸を押さえるサラシを見て首を傾げる。
「あの、これは……どうするんですか?」
「…………」
海斗が異世界に来て、最大の試練でもあった。
仕方なく、海斗は『骨オーク』を操作し、オークの視界ごしにカグツチの胸にサラシを巻いた……結局、見てしまったが自分の目では見ていないのでセーフと、都合よく自分に言い聞かせる。
そして、新しい着物を着たカグツチは、嬉しそうに自分の服を見ていた。
「こいつも装備しておけ。お前は刀より、小太刀の二刀流のが使いやすいんだろ」
「えと……なんで知ってるんですか?」
「俺だからな。とにかく、装備しておけ。お前にも戦ってもらう」
「はい」
小太刀二刀流。カグツチの戦闘スタイルは、原作では僅かな描写しかない。
すぐ、ザンニに支配され異形と化してしまうからだ。
「……よし。今の状況を整理して、あいつらとの合流を目指す。戦いになることは間違いない。カグツチ、手を貸してもらうぞ」
「はい」
海斗は、最悪の場合に備えて『保険』を使うことにした。
(……ヨルハ、コリシュマルド。俺の位置を補足し、近くで待機)
海斗は、ヨルハとコリシュマルドに持たせた『骨』を操作し、合図を送る。
あとは、コリシュマルドが『占う』ことで、海斗の位置を補足できる。
「ここは海沿いだ。反対側は陸だから、そっちに向かって歩けば街道に出るだろう」
「……あの、カイト、さん」
「なんだ」
「その……」
すると、カグツチの腹がキュ~と鳴った。
時間は深夜。このまま歩くより、この場で夜を明かす方がいいかもしれないと海斗は思う。
そして、木陰の近くにアイテムボックスに入れたテントを出した。
「……夜明けまで待つ。あと四時間くらい……二時間ずつ交代で休むぞ。食っておけ」
海斗は、アイテムボックスからサンドイッチを出し、カグツチに渡す。
自分はテントに入り、カグツチに言う。
「二時間したら起こしてくれ。それと、何かあったら叫べ、いいな」
「は、はい」
海斗はテントに入り横になる。そして目を閉じた。
(大丈夫……俺なら、いける)
必死に自分に言い聞かせ、海斗は浅い眠りにつくのだった。
◇◇◇◇◇◇
それから二時間後。
カグツチに肩をゆすられ、海斗は目を覚ます。
テントの外に出ると、遠くの空が白くなり始めていた。
「二時間、寝ろ。そのあとで行動開始だ」
「はい……」
カグツチはテントに入り、海斗が見張りをする。
海斗は海を眺め、明るくなり始めた空に輝く星を見つめる。
「…………」
そして……それは、唐突にやってきた。
二時間ほど経過……海斗は目を細め、空ではなく砂浜を見る。
◇◇◇◇◇◇
「あれあれ? 一人……じゃ、ないね」
砂浜を歩いて来るのは、腰に刀を差した少女だった。
普通に、当たり前のように、砂浜をスタスタ歩いてくる。
「アマテラスのヤツ、一人にしろって言ったのに……余計なのまでいるし。もう」
「……チッ」
海斗は立ち上がる。
向かって来るのは、海斗と同い年くらいの、ツインテールの少女だった。
当然、海斗は知っている。
「五種混合の異種人、コノハナ……ザンニの護衛であるお前が、なんでここに」
「あれれ、あたしのこと知ってるんだ。んふふ~……ザンニ様の命令で、あんたを倒しに来たんだよ。そろそろ夜明けだし、明るいと戦いやすいでしょ?」
コノハナは、遠くの空を見て大きく伸びをする。
まもなく、太陽が昇る。
「さ、構えなよ。太陽が昇ったら……始めるから」
「……ああ」
海斗はテントを見た。
まだ、寝息が聞こえてくる。
海斗は、テントを軽く蹴って言う。
「カグツチ。敵だ……起きろ」
「……はい」
寝息がピタッと止まり、カグツチは寝起きとは思えないほどしっかりした返事をし、テントから出てきた。そして、コノハナを見て目を細め、体勢を低くして腰に差した二本の小太刀に手を添える。
海斗も、指をパキパキ鳴らし、背後に『魔王の右腕』を顕現させた。
「わお、タイマンもいいけど……二人のが、もっと面白いかもっ」
「カグツチ。あいつはザンニの護衛、五種混合の異種人……お前じゃ勝てない。でも、俺が援護すれば勝てる。前衛を任せていいか」
「お任せください」
そして……太陽が昇り、光が差した。
「自己紹介するね。あたしはコノハナ、ザンニの護衛だよ」
「カグツチです」
「デラルテ王国所属『救世主』海斗だ」
それぞれ自己紹介をし、太陽が完全に顔を出した瞬間……コノハナが抜刀、カグツチが抜刀、一瞬で砂浜を駆け抜け、互いの刃が交差した。
火花が散った。同時に、海斗は言う。
「お前をここで始末する……!!」