十二執政官序列六位『悪童』ザンニ①
霧の国シャドーマ、第零区画『ヨミヒラサカ』。
シャドーマの中心であり、執政官ザンニの居住地であり、全ての研究成果が集まる場所。
ここに、一人の少年がいた。
「ん~」
少年、だった。
真っ白でボサボサな髪、黒縁の眼鏡、ダボダボの白衣を着て、手にはどす黒い液体が満たされた試験管が握られている。試験管を揺らすと、黒い煙が試験管口から漂う。
十二執政序列六位『悪童』ザンニ。
外見は十六歳程度の少年にしか見えない。だが……最も特徴的なのは、顔に斜めの傷があり、縫合跡が残っていることだ。
ザンニは、ニヤニヤしながら試験管を揺らして言う。
「ダ~メだこりゃ。また失敗」
試験管をポイっと投げると、足元にいた『蛇』が大口を開け飲み込んだ。
そして、十六歳ほどの白衣を着た少女が現れ、ザンニに言う。
「所長。また失敗ですか?」
「ああ。やっぱ九種以上の血を混ぜると真っ黒になっちゃうねえ。夢の十二種混血、最強の異種人を作る計画は先になりそうだ。ねえ、サクヤちゃん」
「ちゃん付け、やめてくださいって言ってますよね」
サクヤと呼ばれた少女は、ジト目でザンニを見る。
ザンニは「あっはっは」と笑い、足元にいた蛇を腕に絡ませ、愛おしそうに撫でた。
「ところで、コノハナは?」
「あの子でしたら、失敗作の廃棄場に。失敗作とはいえ、戦闘力でいえば三種混合の異種人と同レベルですから」
「ふーん。頑張るねえ」
ザンニは興味がないのか、ポケットからネズミの死骸を取り出し、蛇に食べさせている。
サクヤは言う。
「所長。いいのですか? 『狂医』様とのお約束まで、そう時間はありませんけど」
「別にいいよ。というか……ドットーレのヤツ、最近すっごく楽しそうなんだよね。スカラマシュ、プルチネッラ、スカピーノ、タルタリヤが死んで、その原因である人間たちにご執心なんだ。まあ、ボクもだけど」
「……人間、ですか」
「そ。人間」
「……十二の種族で最も脆弱な人間が、執政官を三人も」
「デラルテ王国もやるねえ。秘術『召喚』で、定期的に異世界人を召喚して、執政官を倒してもらおうとしてること、バレてないと思ってるんだもん」
ザンニは面白そうに言う。
サクヤは首を傾げた。
「召喚……? それは、一体」
「まあ、『強いジョブを持った人間』をどこからか呼び出す力。過去の人間が遺した、『形あるジョブ』ってところかな」
「……ええと」
「まあ、他の執政官は知らない。ボクと……アルレッキーノくらいしか知らないんじゃないかな。ま、面白いから放っておいてるけど、今回の『救世主』は、すっごく楽しそうだ」
ザンニは、シュルシュル舌を出す蛇を掴み、大きな口を開け……蛇を丸呑みした。
「一人は、絆を力にする『勇者』だ。こいつはまあいい。つまらない偽善者だ」
ザンニは舌をペロリと出し、お腹をさする。
「問題はもう一人……スカラマシュを罠に嵌めて殺し、スカピーノを真正面から殺し、遥か格上のプルチネッラを倒した『救世主』だ」
「……その人間は、厄介なのですか?」
「厄介だね。というか、得体が知れない……なんというか、怖いんだよねえ」
ザンニは腕組みをし、困ったように笑う。
すると、研究室のドアが開き、サクヤそっくりの少女が飛び込んできた。
「ザンニ様っ!! 処理終わった。次の実験体まだー?」
「……コノハナ。何度も言いましたけど、あなたは主に対しての敬意が」
「おねえちゃんうっさいし。ねえザンニ様、いないの?」
コノハナ。
黒髪のツインテールを揺らし、腰には二本の『刀』が差してある。そして、動きやすさを重視した戦闘用の和服に軽鎧を装備した少女だった。
顔には返り血が付いたまま、笑顔を浮かべてザンニに近寄って来る。
「あはは。コノハナはいつも元気だね」
「ぶー、戦いたいんだもん。おねえちゃんは相手してくれないし、混合の雑魚しか戦う相手いないんだもん」
「そうだねえ。サクヤ、相手してやったら?」
「……私は、主の護衛兼助手兼秘書です。あなたの傍を離れるわけにはいきません」
「だってさ、悪いねコノハナ」
「むうう」
コノハナは頬を膨らませ、姉のサクヤに抱き着いて甘える。
「こら、血が付いたまま抱き着かないの」
「ねえおねえちゃん、お風呂行こっ!!」
「……はあ、仕方ないわね」
サクヤは「申し訳ありません」と頭を下げ、コノハナを連れて部屋を出て行った。
残されたザンニは言う。
「ドットーレ、ずっと見てたみたいだけど、何か用?」
「……いやなに、麗しき姉妹愛を見ていただけさ」
現れたのは、白いスーツを着た男性だった。
顔半分を隠す仮面を被り素顔が見えない。ずっと部屋にいたようだが、コノハナもサクヤも存在すら気付いていない。
十二執政官序列三位『狂医』ドットーレは言う。
「四種混合のサクヤ、五種混合のコノハナ。異種人の配合は上手く行っているようだね」
「まあね。でも、六種だとヒトの形を保てないし、九種混合だと真っ黒な物体になっちゃうんだ。十二種の混血はまだまだ難しいね」
ザンニは軽くおどける。
ドットーレは続けた。
「キミには期待しているよ、『悪童』ザンニ。十二種混合の異種人……我らの神、『魔神』の器に相応しい……」
「ま、期待してたら? どうせキミのことだし、ボクが失敗した時のプランなんかいくつも用意してるんだろ?」
「ハハハ……かもしれない、ねえ」
「はいはい。ところで、用事はそれだけ?」
「いや。警告をね」
「警告?」
ドットーレは、壁に寄りかかったまま腕組みし、変わらぬ口調で言った。
「霧の国シャドーマに侵入者だ。かつての三種混合の少女……イザナミと言ったか。先ほどの姉妹の姉が、デラルテ王国から『救世主』を連れ、この国に踏み込んだようだ」
「ふーん」
ザンニは、興味がなさそうに言う。
「気にならないようだね」
「別に。ああ、どっちの『救世主』? 偽善者の方?」
「いや。『骨』の方だ」
「へえ……」
そして、ザンニは興味を持ったように振り返る。
眼の色が変わっていた。邪悪さを孕んだ目が、ドットーレを射抜く。
「狙いは『魔王の骨』かな。あはは、どうやらシャドーマにある骨のことを、嗅ぎ付けられたようだ」
「だが……問題はないのだろう?」
「まーね」
ザンニが指を鳴らすと、足元が開き、円形の筒がせり上がって来た。
筒は透明で、透明な培養液に満たされており……そこには、一つの『骨』が浮かんでいた。
「探している『魔王の背骨』は、もうボクの手にあるからね」
霧の国シャドーマにある『魔王の骨』は、すでにザンニの手にあった。
 





