出発
海斗は自室で、活性化させた記憶を元に『原作ノート』を書き足し、アイテムボックスへ。
そして、旅の道具をチェックし、全てをアイテムボックスに収納した。
腰に差してあるナイフを取り出し確認。クルルが作った、ナックルガード付きの新しいナイフだ。
マークスとの訓練で、ナイフによる格闘だけでなく、打撃などの攻撃手段も入れ、さらに邪道による攻撃手段をいくつか手に入れた。
そのうちの一つを、海斗は試す。
「よし……」
新しい、左腕に装着する『籠手』を装備し、壁にある木の的に向かって手首を逸らす。
すると、籠手からワイヤーが伸び、ワイヤーの先端に付いた『杭』が的に突き刺さった。
新装備、『ワイヤーダート』である。
飛ばせば武器になり、先端をフックに変更することで移動手段にもなる。クルル特製であり、ワイヤーは『デッドスパイダー』という魔獣の糸で編まれた特別製なので、簡単に切れることがない。イザナミが試しに切ろうとしたが、一度の斬撃では切断できないほどの強度だった。
手首を引くと、メジャーのようにワイヤーが収納される。杭は長めなので、イザナミが使うリストブレードのように隠し武器としても使える。
「いいオモチャだ。さて……行くか」
海斗は部屋を出た。
今日は馬車に乗り、『霧の国シャドーマ』に向けて出発する日である。
◇◇◇◇◇◇
集合場所は、城の中庭だ。
そこには、二階建ての馬車が泊まっていた。
ドワーフの国から帰った時に使った馬車を、クルルが改良して補強、軽量化、増築した特別製だ。
馬車を引くのは、なんと二足歩行のトカゲのような魔獣だった。
「なんだこいつ……馬じゃないのか?」
「あ、カイトさん」
クルル、イザナミが近づいて来た。
海斗がトカゲのような生物を見ていると、クルルが言う。
「あれ、カイトさんは『パンクリザード』を知らないんですか?」
「……知らん」
「では説明します!! この子は、トラビア王国で飼育されている、馬に代わる馬車引きなんですよ。見た目はちょっと怖いですけど、人懐っこくて、一頭だけで馬十頭ぶんのパワーがあります。しかも、生命力にあふれているので、一週間は食事しなくても問題ありませんし、なにより強いんです!!」
「へー、馬車を引くために生まれてきたようなヤツだな」
「まあ、繁殖しにくいっていう弱点がありまして。トラビア王国にも十頭しかいないんです。この子、わたしに懐いたので、今回の移動で使っていいって。ねー」
『キュルル』
パンクリザードは、クルルに顔を寄せる。クルルはその顔を優しく撫でた。
普通の馬より小さく見えるのは気のせいではない。海斗は馬車、パンクリザードを見比べた。
(そういや、原作でも使ってたな……記憶が活性化してるせいか、なんとなく思いだせる)
とりあえず、パンクリザードはクルルに任せた。
クリスティナの元へ向かうと、イザナミが付いて来る。
「あ、カイト。寝坊ですか? 一番最後です」
「うるせえ。とりあえず、一か月は戻らないと思う。二か月経っても戻らなかったら死んだと思え」
「えっと……行く前から死ぬとか言わないでくださいよ」
「心配いらない。私が守る……」
イザナミが頷く。海斗は頷かず、クリスティナに「じゃ、過労で倒れるなよ」と言い、三人で集まり楽しそうに喋っているハインツたちの元へ。
「お、来たかカイト。おっせーぞ」
「うるせ。お前ら、忘れモンないな?」
「あ、カイトこれ。アイテムボックス入れておいて」
「ボクもこの本を頼む」
ナヴィアは化粧品セット、マルセドニーは紐で束ねた本だった。
海斗はアイテムボックスへ入れる。
「装備関係で、忘れモンないな?」
「おう。クルルの作った新装備、使うのが楽しみだぜ」
「あたし、そういうのない」
「ボクもだ。クルルは鍛冶師だろう、武器防具はボクやナヴィアには必要ないからな」
「とりあえず、もう馬車に乗ってろ」
ハインツたちは馬車へ。クルルはパンクリザードにリンゴを食べさせ、イザナミは大太刀を手に空を見上げていた。
「お前らも乗れ。御者は……」
「私が担当します。よろしくお願いします」
海斗の前に来てぺこりと頭を下げたのは、筋骨隆々な男だった。
クリスティナが手配した優秀な御者……というのは表向きの話。実際は海斗が用意した御者……そう、変装したヨルハである。
ヨルハはここで一緒に行くが、コリシュマルドはすでに先行し、霧の国シャドーマ近くにいる。
「よし、じゃあ行ってくる」
「はい、気をつけて」
クリスティナに見送られ、海斗たちは霧の国シャドーマに出発するのだった。
◇◇◇◇◇◇
馬車の中は広くなっていた。
「馬車を軽量化して、さらに増築しました。二階は女性部屋、一階の奥にちょっと狭いですけど男性部屋がありますよ」
「さすがクルルだぜ。なあマルセドニー」
「すまないが静かにしてくれ。読書で忙しい」
マルセドニーは、真剣な目で恋愛小説の文字を追っていた。
ナヴィアはイザナミの爪を磨き、ハインツはげらげら笑いながらクルルにちょっかいを出していた。
「なあクルル。筋肉ある男ってどう思うよ?」
「まあ普通ですね。ドワーフに囲まれてたので、別になんとも」
「そ、そうかよ。じゃあ、好みのタイプは?」
「このみ? えーっと、よくわかんないです」
クルルを口説こうとしているようだが、クルルは全くわかっていない。
イザナミは、磨かれた爪を見て首を傾げる。
「どうどう? 綺麗になったっしょ? まあ……もともと綺麗だったけど」
「……よくわからないが、感謝する」
「そう? ねーねー、髪もいじっていい? 三つ編みとかさ、ポニーテールとか似合うかも~」
「……構わないが」
ナヴィアは、イザナミの髪を櫛で梳き始めた。イザナミは気持ちいいのか、目を閉じてリラックスしていた。
海斗は、そんな仲間たちを見ながら言う。
「今だから言っておく……『悪童』ザンニの件だ」
「「「「「?」」」」」
全員が、海斗を見た。
その件に関しては、もう何度も話し合ったから。
だが、海斗は言う。
「霧の国シャドーマに『狂医』ドットーレがいたら、絶対に相手にするな。今のお前たちじゃ、間違いなく殺される」