記憶の活性
数日後……海斗は、ヨルハの家でお茶を飲んでいた。
ヨルハは、お菓子をモグモグ食べながら言う。
「主……これから、どうするのですか?」
「何が?」
「いえ。これから『悪童』ザンニとの戦いが控えていますよね。情報を得るために、『占い師』に接触したのに、あの女……主を利用だけして、姿をくらますとは」
バリっと、ヨルハは飴玉を噛み砕く。
だが、海斗は言う。
「まだそうと決まったわけじゃない。それより、お前……お菓子ばっかり食べてるけど、腕は落ちてないだろうな」
「はい。鍛錬は続けています」
偉そうなことを言う海斗だが、現時点でもヨルハは海斗の数段上の強さを持つ。正攻法、真正面からの戦いになれば、海斗はヨルハに勝てない。
たとえ執政官を倒しても、それは相性や状況によるものが大きい。海斗は思う。
「……俺も、まだまだ強くならないとな。ヨルハ、お前の持つ近接格闘の技術、俺に叩きこんでくれ」
「構いませんが……骨折、筋肉断裂、内臓損傷などすれば今後に支障が出ると思いますが」
「え」
どうやら、負傷前提の訓練をするらしい……海斗は微妙に悩む。
すると、家のドアがノックされた。
ヨルハは一瞬で『筋肉質な男性老人』に変わり、ドアを開ける。
「はぁい、お久しぶり」
「……貴様」
「ふふ。素敵な姿ねぇ。でもワタシ、女の子の方が好きよ」
コリシュマルド・ベツレヘムだった。
大きなケースを持ち、ヨルハの家に勝手に上がる。ヨルハが止めようよしたが、海斗が手で制した。
海斗はコリシュマルドを見て言う。
「意外だな。もう会うことはないと思っていたぞ」
「ふふ、前金をもらったからね。それに……カイト、あなたに協力すれば、ワタシもワタシの目的に近づける気がするの」
「……つまり?」
「ワタシを、仲間にして」
コリシュマルドは前屈みになり、胸の谷間を見せつけるよう海斗の顔を覗き込む。
海斗は、コリシュマルドとまっすぐ目を合わせ、ニヤリと笑う。
「お断りだ。用事があるのは、お前のスキルであってお前じゃない」
「わお、ふふふ……痺れるようなセリフ。アナタならきっと断ると思っていたわ」
「で? 前金は支払った。俺の記憶を活性化させてくれるんだろ?」
「ええ、もちろん」
コリシュマルドは、無造作に海斗の額に人差し指を当てる。
すると、人差し指から魔法陣が展開され、海斗の額に吸い込まれた。
「スキル、『記憶の発掘』」
「っ!!」
海斗の目の前に、過去の映像がいっぱいに広がった。
高校の友人、家族、食べたもの、飲んだもの、見たテレビ、映画、そして小説……ライトノベル。
「想像して。あなたは、何が知りたい? 知らないことじゃない、あなた自身が体験したこと。もう忘れていることもある。視界の隅に捕らえただけの情報もある。でもそれはあなたの記憶に刻まれている……思い出すんじゃない。想像するの……記憶の泥に石を投げ込んで、波紋を感じて、掬い取る」
海斗は『オレよろ』を読んでいることを思いだすと、視界に映像が広がった。
椅子に座ってカフェオレを飲みながら読む海斗、風呂場で湯舟に浸かって読む海斗。ベッドに寝転んで読む海斗。学校の休み時間に読む海斗。
それらの記憶が、読んでいた本の内容が、周囲の景色が一気に広がる。
そして、海斗の記憶に刻まれている内容が、頭の中に広がった。
「──……っ!!」
「はい、おしまい」
海斗は、思い出した。
『オレよろ』の『悪童ザンニ編』の全て。胸糞悪い内容も、イベントも、時間系列も、登場キャラも、全てを思いだした。
「……思い出した」
「気分はどう?」
「……悪くない。なるほどな、これが記憶の採掘か」
「そうよ。ワタシは記憶を刺激することができるだけで、記憶の内容までは知ることができない……まあ、知ることができるスキルもあるけどね」
「それを使ったら、お前は死んでいたかもな」
「ふふ、怖いわ。それで……望んだ記憶はあったのかしら?」
「ああ。ここまで鮮明に思い出せるとはな。ククク……気が変わった。コリシュマルド・ベツレヘム、お前を仲間にする」
「えっ、あ、主!?」
驚くヨルハ。海斗はヨルハに言う。
「ヨルハ。コリシュマルドをこの家に置いてやってくれ。今日からこいつは、お前と同じ俺の『影』だ」
「し、しかし」
「先輩として、いろいろ教えてやってくれ。じゃ、俺は帰る」
「せ、先輩……ふふふ。コホン、ではコリシュマルド・ベツレヘム。お前に部屋を与えよう」
「ふふ、ありがとうございます。センパイ」
コリシュマルドのが年上なのだが、ヨルハは気にしていないようだ。
海斗はコリシュマルドに言う。
「記憶に行き詰まりを感じた時、お前の力を頼るかもしれない」
「ええ、構わないわ。それに……あなたにはまだあるんでしょう?」
「ああ。『狂医』ドットーレに関することも思い出した……お前の敵であり、俺にとっても害悪な執政官だ。手を組むのは合理的だ」
「ふふふ、ありがとう」
コリシュマルドはヨルハに案内され、自分の部屋へ。
海斗は立ち上がり、家を出た。
「さて……城に戻って、『悪童』ザンニの対策を練るか」
◇◇◇◇◇◇
城に戻ると、鍛冶場の前でイザナミ、クルルの二人が何かを話していた。
そこにハインツ、マルセドニー、ナヴィアも加わる。
海斗は、少し離れた距離から五人を見た。
「ざまあキャラ、そしてリクトのハーレムメンバーか……」
そこに、ヨルハやコリシュマルドが加わった光景が一瞬だけ見える。
「……俺の仲間か。この世界を救う、『救世主』の仲間」
「カイト、何をしてるんですか?」
と、背後からクリスティナが来た。
「別に。それよりお前、仕事は?」
「忙しいですけど、文官たちが『休憩してください』って言うから休みに来たんですよ。もうすぐ戴冠式もありますし……こうして休めるのは、今のうちですね」
クリスティナは、正式に女王となることが決まっていた。
執政官が四人もいなくなり、解放された国との交流も始まりつつある。未だに『女王代理』では格好が付かないのだろう。それに、国民だけでなく貴族たちも、クリスティナが女王に相応しいと望んでいる。
「女王になったら、これまで以上にカイトたちをサポートしますからね!!」
「ああ。じゃあ、一週間以内に『霧の国シャドーマ』に行く。装備や物資を用意しておいてくれ」
「わかりました。あの~、今回はどんなふうに行くんですか? 霧の国シャドーマは交流のない国なので……」
「今回はお忍びで行く。物資があればそれでいい」
「わかりました……あの、気をつけてくださいね。と、こんなところにで喋ってないで、皆さんのところに行きましょう!!」
クリスティナは海斗の腕を掴み、喋っているハインツたちの元へ引っ張るのだった。