ひとつの真実
海斗は、猫のカードを手にしたまま、ヨルハと二人で町を歩いていた。
ヨルハはキョロキョロしながら、手には大きな肉串がある。それをがぶりと齧り、恍惚の笑みを浮かべては再び肉を齧る。
「はぁぁ~、屋台の肉串ってどこで買っても美味しい。店によって多少の味付けが違うんですよね、しょっぱすぎるのもあればスパイスが振りかけられているのもある。タレに浸してから焼いたのもあるけど、拙者が一番好きなのはシンプルな塩ですね」
「…………」
ヨルハは肉串が好き……と、海斗は脳内メモをした。
ストーリーは虫食いこそあるが大体は網羅している。が、ヒロインたちの好きな食べ物など、どうでもいい情報は海斗の頭にはない。
海斗は言う。
「イザナミが暴走する前に、なんとか俺の記憶を活性化させて、『悪童』ザンニのことを詳しく思い出したいんだが……あの女、こんなカード一枚渡して『また会おう』なんて、どういうつもりだ」
「申し訳ございません。拙者も探しているのですが、手掛かりが全くなく……もぐもぐ」
このポンコツ忍者め……と、海斗は思った。
だが、イザナミを責めても仕方がない。そもそも、『占い師』コリシュマルド・ベツレヘムは神出鬼没なのだ。どこに住んでいるかなども原作ではない。
わかっているのは、執政官序列四位『剣帝』カピターノに恨みがあること、兄がいたことだけだ。
「とにかく、適当に町をブラついて、このカード……」
と、海斗がカードをイザナミに見せた瞬間、いきなり現れた『猫』が海斗のカードに飛びついて咥えた。いきなりのことで驚く海斗、ヨルハ。
そして、ヨルハが『苦無』を投げようとした瞬間に言う。
「待て、思い出した」
黒猫だった。首にスカーフを巻いており、カードを咥えたまま海斗の足元にいる。
そして、尻尾を揺らすとそのまま歩き出し、路地裏に消えた。
「行くぞ」
「主、仕留めなくていいのですか?」
「案内人……いや、案内猫だ。あの猫、コリシュマルド・ベツレヘムの飼い猫だ」
「……なるほど」
海斗、イザナミの二人は、猫を追って路地裏へ入るのだった。
◇◇◇◇◇◇
猫を追い、スラムの路地裏を進む。
真っすぐな路地裏だ。曲道が一切なく、あっという間に最奥へ。
最奥には、紫色の天幕があり、猫が入口の前でお座りしていた。
そして、咥えたカードを地面に置くと、そのまま天幕の中へ。
海斗はカードを拾い、ヨルハと顔を見合わせる。
「行くぞ」
「はい。戦いの準備はできています」
驚いたことに、ヨルハはすでに戦装束に着替え、腰には剣が三本差してある。先ほどまで肉串を食べて恍惚の表情を浮かべていたのがうそのようだった。
海斗たちは天幕の中へ。
「ふふ……いらっしゃい。ようこそ、コリシュマルド・ベツレヘムの『占いの館』へ」
天幕の中は広かった。
テーブルの上には水晶玉、カードが置いてあり、燭台に蝋燭が灯っている。
上を見ると、どういう仕組みなのか星空のように明るくキラキラ輝いていた。
海斗は、コリシュマルドが勧めた木製の椅子に座る。
「ふふ、また会えたわね、カイト」
「自己紹介の必要はなさそうだな」
「そうね。それと……そちらのお嬢さんに、敵意を押さえるようお願いできないかしら。あまり強い気を向けられると、作業に支障が出ちゃうわ」
海斗が手でヨルハを制すると、殺気が消えた。
コリシュマルドはクスっと微笑み、テーブルにある水晶球を手にする。
水晶球は、コリシュマルドの手からふわりと浮き、テーブルにあったカードも浮き上がり、コリシュマルドの周囲を漂う。
ヨルハは驚いていたが、海斗は驚かない。
「さっそくだが、『記憶の発掘』で、俺の記憶を刺激してほしい。確か……『俺が思い出したい内容』を浮かべて、お前が俺の記憶を刺激し、その記憶を蘇らせるんだったな」
「ふふ、詳しい……でもね、私は前払い制で仕事をするの。非力な女だから、施術のあとに支払いをしないお客も多くてね」
「はっ」
海斗は鼻で笑った。
そして、ヨルハが言う。
「嘘をつけ。貴様……全く隙が存在しない。正面からの戦いとなれば、拙者でも簡単に仕留められるとは思えないがな」
ヨルハが冷たい目で言うと、コリシュマルドはクスっと微笑んだ。
海斗も、全く同じ意見。そもそもこのコリシュマルド……『占い師』というジョブは、本来は記憶を刺激したり、未来を見せたり、過去を覗くというスキルの他に、戦闘用のスキルも数多く存在する。
そもそも、コリシュマルドは執政官序列四位を激しく憎悪している。自身が戦い、殺すことも視野に入れており、戦闘用のスキルを多く会得し今に至るのだ……弱いわけがない。
コリシュマルドは言う。
「ふふ、まあいいわ。さて……まず、報酬からもらいましょうか。カイト……あなたの持つ『剣帝』の情報を」
「いいぜ」
海斗は椅子に深く腰掛ける。
「まずお前の目的は、『剣帝』を殺すことで間違いないな?」
「ええ……その通りよ」
「お前の兄を殺した『剣帝』を殺す。間違いないな?」
「くどいわねぇ。女の過去をむやみに掘り返すつもり? ふふ、私にも限度があるわよ?」
コリシュマルドは微笑んでいるが、僅かに『圧』が加わった。
ヨルハが腰の刀に手を添えるが、海斗は手で制する。
「じゃあまず一つ。『剣帝』カピターノは、お前の兄の敵じゃない」
「…………は?」
「お前の兄貴を殺したのは、『剣帝』じゃない。『狂医』ドットーレだ」
「…………」
コリシュマルドの表情が消えた。
薄紫色の瞳が凍り付くように冷たくなり、薄く笑んでいた唇も閉じられる。
『圧』がさらに加わる。海斗は余裕を見せていたが、背中には冷たい汗が流れていた。
ヨルハも、もう殺意を隠さない。コリシュマルドを睨みつけ、体勢が低くなり、両手がすでに刀の柄に添えられている。
この距離ならば、一瞬でケリがつく距離。
海斗は言う。
「嘘じゃない。コリシュマルド・ベツレヘム……お前の兄を殺したのは、『剣帝』カピターノを利用した『狂医』ドットーレだ」
「そんな話、信じるとでも?」
「俺が取引で嘘をつくとでも?」
真実だった。
十二執政官序列三位『狂医』ドットーレ。十二人の中で最低最悪最凶のクソゲス野郎……カイトは、この『狂医』ドットーレが何かするたびに、猛烈に頭にきていた。
それくらい、頭のイカれた執政官。死んで当然の悪であり、ラスボスよりも最悪な敵とネットでは言われている。
コリシュマルド・ベツレヘムは海斗をジッと見つめ……大きなため息を吐いた。
「…………嘘じゃない、のね」
「ああ。間違いない……お前の兄はむしろ、『剣帝』に敬意を抱いていた。そして『剣帝』も同じく、人間であり人間が宿す最強のジョブの一つ、『剣神』を持つお前の兄に特別な感情を抱いていた」
「…………」
「ドットーレは、そこにつけ込んだ。今はまだ全てが明らかになることはない。だけど、『剣帝』はお前の敵じゃない」
「…………そう」
「……今、俺が言えるのはここまでだ。気持ちの整理が必要だろ……また来る」
海斗は立ち上がり、ヨルハを連れて天幕を出た。
「主、いいのですか? あの女……話だけ聞いて、もう我々の前から姿を消すかも」
「かもな。でも、あいつはきっと接触してくると思う」
海斗は振り返り天幕を見たが、目の前にあるのに何もないような……そんな風に見えるのだった。