『占い師』コリシュマルド・ベツレヘム
ガストン地底王国の執政官を倒し一か月……デラルテ王国では『いつもの日常』と言っても変わりない光景が広がっていた。
道行く人々、仕事をする人々、遊ぶ子供、井戸端会議をする女性……中には、解放されたドワーフ、虫人、妖精人も行き来している。
領地が解放されたことで、国同士の繋がりも強くなった。が……やはり、立場が上なのはデラルテ王国。
なぜなら、執政官を倒したのは人間。『救世主』と呼ばれているジョブ能力者だから。
海斗は、城下町にある住宅区、そこにある小さな一軒家にいた。
「世間では、『救世主』の存在が大きくなりつつあります。やはり、救世主リクトが妖精族の国で大暴れしたことが大きいようです」
「……本当にそれだけか?」
「えーと……はい。主がガストン地底王国で高々と叫んだのもあります」
海斗は、スカピーノのステージで『救世主カイト』と思い切り名乗っていた。
テンションが上がっていたせいでもあるが、海斗はため息を吐く。
「まあ……別にいい。外交に関してはノータッチだ。クリスティナなら、恩を盾に不当な要求とかすることもないだろ」
「ええ。いざという時は拙者をお呼びください。一切の痕跡もなく消し去ってみせましょう」
「ああ、わかった……それにしてもお前、家なんか買ったのか」
「ええ。普段は老人の一人暮らしを装っています。男性の、元兵士という設定です。それならば攻め入る賊などもいないでしょう」
「確かにな」
「それに、ここならば主と話をしやすい。寝室もありますので、御用があるならいつでも」
「わかった」
ここで赤面し否定しないのが海斗。内心では少し動揺しているが。
そして、今日の本題に入る。
「主。『占い師』を見つけました」
「そうか。それで、場所は?」
「……『占い師』は、気分で商売する場所を変えるそうなので、はっきりとは言えません。ですが、気に入られ、客となれば『アドレス』なるものをもらえるそうです。それがあれば、どこでも所在がわかるとか……」
「で、どうなんだ?」
「申し訳ございません。接触を試みましたが、少し会話しただけで追い返されました。そのあとはすぐに、意識が朦朧となり……『占い師』がいた場所には、何もなく」
「ふむ……」
ハーレムメンバーの一人、『占い師』コリシュマルド・ベツレヘム。
歳は二十代前半。リクトより年上の『お姉さんキャラ』であり、ジョブはそのまま『占い師』だ。
原作の序盤で、デラルテ王国にいるリクトに助言を与える役目があり、リクトがデラルテ王国にいない今、まだデラルテ王国にいるはずだと海斗は考えていた。
「……よし。俺が直接行く。最後に『占い師』を見たところに案内してくれ」
「わかりました」
海斗は、ヨルハを連れて家を出た。
◇◇◇◇◇◇
向かったのは、デラルテ王国でも危険な区域である『スラム区域』だ。
華やかな表通りの裏では、荒れた裏路地、汚れた人たち、罪を犯さねば生きていけない人が多くいる。書籍では書かれない真実の姿。
海斗、ヨルハは路地裏を歩く。
「ここにいたのか?」
「ええ。『占い師』は場所を選ばないという話でる」
ちなみに、ヨルハは本来の姿のままだ。
海斗が『そのままでいい』と言ったので、変装することなく普段の忍び装束のまま。リストブレード、フットブレードと最低限の武装だけしている。
ヨルハは、『占い師』のいた場所に立つ。
「ここで店を構えていました。紫色の天幕で、中には女が一人……その、顔はヴェールで隠れていたので、よく見えませんでした。しかし、かなりの巨乳でした!!」
「その情報はどうでもいい。でも……顔はわかる」
コリシュマルド・ベツレヘム。
ジョブ『占い師』であり、序盤に登場しリクトに助言を与える存在。そして、リクトが行く先々に現れては助言をするという、謎に満ちたキャラクターだ。
海斗は、その正体も知っている。序盤でリクトに出会わなかったので、まだデラルテ王国にいるはずと考えていた。そして、ヨルハは見つけ出した……が。
「俺自身が会えないと意味がない、か……」
「主。主の記憶を蘇えらせえるために会うんですよね? でも、それは絶対に必要なのですか?」
「ああ。執政官と戦う以上、情報は必要だ。それに確か……『悪童』ザンニの手下は強かった気がする。それこそ、スカピーノの配下なんて問題にならないくらい」
「ふむ……あ、主、少々お待ちください」
と、ヨルハが何かに気付き、路地裏の奥へ行ってしまった。
海斗は「トイレか?」と適当に考え、天幕があったという場所を見る。
「……最悪、このまま会えなければ、情報なしで行くしかないか」
「あら、それは残念。私はお話してもいいケド」
と、背後から声。
海斗はナイフを抜き、一瞬で背後を斬る……が、ナイフは止まる。
背後にいたのは女。紫色のドレス、胸元、背中が大きく見え、手には薄手の手袋をしている。そして、半透明の紫色のヴェールを被り、薄紫のウェーブがかったロングヘアを揺らしている。
手には煙管。喉元には海斗のナイフが添えられているが、微笑を浮かべたまま微笑んでいた。
「あなたがここに来ることは知っていたわ。フフ」
「『占い師』……」
「そ。はじめまして救世主カイト。ワタシはコリシュマルド・ベツレヘム……アナタが探していた『占い師』よ」
コリシュマルド・ベツレヘムは微笑み、煙管を吸って煙を吐いた。
◇◇◇◇◇◇
海斗はナイフを降ろし、コリシュマルドを見る。
「ふふ。ワタシに興味津々?」
「正確には、お前のスキルだ。『占い師』のスキル『記憶の発掘』……それで、俺の記憶を活性化させてほしい」
「あら詳しい。ワタシのこと、ワタシより詳しいのね」
コリシュマルドはクスクス微笑み、海斗の顎にそっと触れる。
大きな胸が海斗の胸板に当たりそうになり、誰もが見惚れるであろう美貌が接近する……が、海斗の心は全く揺れない。
なぜなら。
「色仕掛けは無駄だ。『剣帝』に色仕掛けが効かなくて磨きを掛けたようだがな」
ぴたりと、コリシュマルドの動きが止まる。
「十二執政官序列四位『剣帝』カピターノ……お前が殺したいほど憎んでいる敵の情報をやってもいい。その代わり、俺の記憶を活性化させろ」
「…………」
コリシュマルドの表情は笑顔のまま。だが……その笑顔が黒く、闇のように深くなっていることに海斗も気付き、一筋の汗を流す。
(こいつ、強い……間違いなく、今の俺よりも)
スカピーノを一対一で倒した海斗だが、それは動揺、精神の揺さぶり、周到な用意があればのこと。戦うつもりで挑めばもっと周到な用意をしてきたが、今回はそれがない。
コリシュマルドは、海斗の顎から首、胸に手を這わせる。
「……あなた、ワタシと同じ能力、ってわけじゃないようねぇ」
「ああ。俺のは基本的に違う。この世界の出来事は、ある程度知っているんだ。お前みたいな『主要キャラ』のことは特にな」
「へえ? 『剣帝』のことも?」
「ああ。お前の兄の敵、だろ」
コリシュマルドが行く先々でリクトを導いた理由……それは、リクトを魔族と執政官と戦わせてレベルを上げ、カピターノを倒させるため。
だが、リクトが早々に出て行ってしまったことで、助言を与えるチャンスを逃していた。海斗のことは気付いていただろうが、海斗の前には現れなかった。
「俺は『剣帝』の情報を持っている。コリシュマルド……この情報、欲しいだろ?」
「…………」
「どうする」
コリシュマルドはクスっと微笑み、海斗から離れた。
「アナタ、面白いわね……気に入ったわ」
「それはどうも」
「……これ、あげる」
コリシュマルドは、紫色の猫が描かれたカードを海斗へ渡す。
「ワタシが雇ったスラムの人たち、怖い『アサシン』に全滅させられちゃいそうね……あの怖い人が来る前に撤収するわ。ふふ、またね」
「…………」
コリシュマルドは消えた。
そして、入れ替わりにヨルハが戻って来る。
「主、申し訳ございません。殺意を感じたので、掃除をしてきました……主?」
「……もう大丈夫、用事は済んだ」
海斗はカードをポケットに入れ、コリシュマルドが去った方を見つめるのだった。





