想定外
海斗たちは、トラビア王国に戻って来た。
海斗の指示で馬車を走らせて向かったのは、城下町の隅にある小さな鍛冶屋。
少し離れて馬車を停め、クルルの背中を海斗は押した。
「あそこの鍛冶屋が、お前の両親……そして、妹のいる鍛冶屋だ」
「……あそこが」
お世辞にも、綺麗なところではない。
レンガ造りの小さな二階建ての鍛冶屋からは、熱気と槌の音が響いている。
海斗は、アイテムボックスから大量の現金が詰まった袋を出す。
「クルル。これは討伐協力に対する報酬だ」
「え……こ、こんなに!?」
「命がけで魔族と戦ったんだ。正当な金額だ」
「……カイトさん」
「行け。そして、幸せになれ」
「……はい」
クルルは、鍛冶屋に向かって行った。
そして、海斗は御者に言う。
「王城に行っててくれ。俺は用事を済ませてから行く」
「おいカイト、一人でどこ行くんだよ」
「用事だっつの。あとで行くから、クリスティナに挨拶しておけ」
ハインツが窓から顔を出したので、適当にあしらう。
馬車が行ったのを確認すると、物陰からヨルハが出てきた。
「主」
「お前もお疲れさん。お前がいなかったら、スカピーノ討伐、魔族からの解放はなかっただろうな」
「いえ。その……変な言い方なんですが、拙者……少し、楽しかったです」
「……その気持ち、わかる。俺もけっこう楽しかった」
スカピーノ討伐は、命の危機というより、冒険色が強く楽しさがあった。
海斗、ヨルハは笑い合う。そして、海斗は報酬の金をヨルハへ渡す。
「しばらく休暇だ。好きに過ごしていい」
「……主。この次は、やはり混血人を?」
「かもな。ザンニ……原作は読んだけど、あまり内容覚えてないんだよな。くそ……人間の記憶力が完全じゃないのはわかるけど、肝心なところで……」
「……主、町の噂で聞いたことがあるのですが、記憶を探るジョブ能力者がどこかにいると聞いたことがあります」
「───!!」
その言葉を聞き、海斗は思い出した。
「……ハーレムメンバーの一人、『占い師』か。確かに、そいつのスキルなら、俺の埋もれた記憶を掘り起こせるかもしれない」
これから先の敵は、執政官だけじゃない。原作をしっかり思い出さなければ、強大な敵に立ち向かうことができないかもしれない。
海斗は、ヨルハに言う。
「……ヨルハ。休暇明けでいい、その記憶を探る能力者を探してくれ。名前は確か……コリシュマルド・ベツレヘム、だったかな。ジョブは『占い師』だ」
「わかりました」
ヨルハは一礼し、その場を去った。
海斗は盛大にため息を吐く。
「……はああ。ハーレムメンバーなんかに関わりたくないのに、自分から関わってるような気がするわ」
空を見上げると快晴。
ふと、鍛冶屋からクルルの泣き声、そして両親や妹の泣き声が聞こえてきた。
両親と、そして妹との再会……カイトは、少しだけ微笑んだ。
「……ハーレムなんかに加わって、一人の男に尽くすよりも、幸せなことなんていくらでもある。クルル……幸せにな」
そう言い、海斗は鍛冶屋から離れるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「カイトさ~ん」
海斗は、王城に向かって歩いていた……が、聞き覚えのある声に振り返る。
そこにいたのはクルルだった。
「……なんか用か?」
「カイトさん。改めて、家族のためにありがとうございました!! わたし、ちゃんと家族がいました。妹もいて……お父さんも、お母さんも、わたしのこと迎えてくれました」
「そっか。そりゃよかった……で、なんか用か?」
「わたし、やっぱりカイトさんたちと一緒に戦います!! 家族のためにカイトさんは戦えって言いましたけど……カイトさんと一緒に戦うのも、やっぱり家族のためになると思うんです!!」
どういう理屈だよ……と、海斗は言いたかった。
クルルの目はキラキラし、拳をギュッと握り、顔を突き出してくる。
海斗は微妙に距離を取りつつ、大きなため息を吐いた。
「……家族はいいのかよ。せっかく会えたんだろ」
「はい。でも、カイトさんのお手伝いするって言ったら、『自分がやりたいことをやれ』って言ってくれました。わたし、自宅を拠点にしますので、家族とはいつでも会えますし。あ、カイトさんのお金で、新しいおうちを買うことになったんですよ」
「……そっか。はあ……わかった、わかったよ、お前にも手ぇ貸してもらう。これでいいか?」
「はい!! これからよろしくお願いします!!」
クルルはビシッと敬礼。
こうして、クルルは正式に、海斗の仲間になるのだった。
◇◇◇◇◇◇
執政官の討伐、魔王の骨の回収は順調に進んでいる。
予定通り……だが、海斗はここで失念していることが一つだけあった。
海斗、クルルの二人は王城に到着。クリスティナに帰還の挨拶をしようと、騎士にクリスティナがどこにいるか聞いてみた。
「女王代理は、来客の対応をしています」
「来客……場所は?」
「第一会議室です」
「わかった。行ってみる」
海斗は、クルルを連れて会議室へ。部屋の外で待っていようと思っていると、途中でイザナミがいた。
「……カイト。それに、クルル?」
「あ、イザナミさん。えへへ、わたし、カイトさんの仲間になりましたので!!」
「……そうか」
イザナミは、特に表情を変えずに頷いた。
海斗はイザナミに聞く。
「ハインツたちは?」
「戻るなり、部屋に帰った。疲れたから一眠りするそうだ」
「……まあ、いいか」
「どこに行くんだ?」
「クリスティナのところ。ところで、お前は?」
「カイトを待っていた」
と、イザナミは当たり前のように海斗に同行……海斗は、クルル、イザナミを見て思う。
(……このままじゃ不味いな。これじゃリクトと変わらねえ。リクトのハーレムメンバーを仲間にして冒険なんて、俺の望んだ冒険じゃない)
だが、今更どうしようもない。
仕方なく、海斗は二人を連れて第一会議室に向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
会議室の前に到着すると、同時にドアが開いた。
出てきたのは、背中にトンボのような翅の生えた子供……ではない。髭が生えており、顔もシワシワのよぼよぼだ。
どこかキラキラした服を着た老人と、数名の護衛が、クリスティナと出てきた。
「あれ、カイト? 戻って来たんですか?」
「……ああ、来客中だろ。あとでいい」
「あ、せっかくだしカイトも聞いてください!! こちら、妖精族の使者の方々です」
「妖精族?」
妖精族。デラルテ王国からほど近いところに住む種族だ。
背中に半透明の羽の生えた、子供のような体躯の種族。
妖精族の使者は、海斗に向かって一礼した。
クリスティナは、嬉しそうに言う。
「聞いてください!! なんとリクトが、十二執政官序列十位『盲目』タルタリヤを討伐したそうなんです!! 妖精族の国が、解放されたんですよ!!」
「…………は?」
その話を聞き、全てが海斗の予定通りではないと、海斗は思い知らされるのだった。