6、海斗の仕込み
「おい、オレらは関係ねぇからな」
「え?」
「決まってますよ……キミの独断で、リクト君を追い出したことです」
「ああ……」
「もう、勝手なことしちゃったねぇ。どうすんの?」
ハインツ、マルセドニー、ナヴィアの三人は、遠ざかるリクトの背を見ながら海斗を責める。
当然ではある。だが、あまり興味がないのか、すぐに切り替えた。
「まあいい。おいオマエ……支度金残ったの全部よこせ。迷惑料としてもらっておくぜ」
「……どうぞ」
「ケッ、半分も渡しやがって。まあいい……とりあえず、ダンジョン行くぜ。そこで冒険者のイロハを叩きこんでやるよ」
「あ、待ってください。ダイヤモンドオークは中止で」
「「「は?」」」
いきなり「ダンジョンは中止」宣言をされ、声を揃えて驚く三人。
海斗は、持ち物の地図を広げ、事前にマークしておいた場所を指差した。
「ここ、この廃教会に行きたいんですが……案内と護衛、お願いできますか?」
「はぁぁぁぁぁ? 何言ってんだお前。頭おかしいのか?」
「いえ、本気です」
「……理解できませんね。そんな場所で何をするつもりです?」
「まあ、いろいろと」
「わけわかんな~い」
「お願いしますよ。クリスティナ王女に、報酬の上乗せするようお願いしますから」
海斗の提案に、マルセドニーの肩がピクリと反応した。
ギャンブル狂。金はいくらあってもいいはず。それともう一人。
「ナヴィアさん。王家御用達の美容品……欲しくないですか?」
「っ……へえ、もらえるの?」
「ええ、クリスティナ王女にお願いしますよ。それとハインツさん……王室御用達の高級ワイン、欲しくないですか?」
「っ!!」
ハインツ、酒好きで女好き。
マルセドニー、ギャンブル狂の金好き。
ナヴィア、美容品、アクセサリー好き。
海斗は、この三人がどういう人種で、何を欲しているのかよく理解していた。
三人は顔を見合わせ、海斗に下卑た笑みを浮かべる。
「しゃあねぇな、付き合ってやるよ。道中、ゴブリンくらいは出るはずだし、ついでに軽く戦闘指南もしてやる」
「ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
こうして海斗は、三人を上手く利用し「すべきこと」を始めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
半日ほど歩き、王都郊外にある廃教会へ到着した。
倒壊した、見るも無残な教会。かつてはここにシスターや司祭も住んでいたらしいが、魔獣の襲来で今はただの廃教会となっている。
ハインツは、落ちていた十字架を蹴って言う。
「ここに何があんだよ……んん? おい、ゴブリンだぜ」
すると、教会内にいたゴブリンが飛び出してきた。
ハインツは、ゴブリンを指差して言う。
「おいカイト、あいつ殺してみろ」
「え……」
「腰の剣、飾りじゃねぇだろ? おいマルセドニー、ナヴィア、手ぇ出すなよ」
「ええ、そうですね。数は一体ですし」
「がんばれ~」
「……っ」
ゴブリン。
漫画やゲームで見たビジュアルそのもの。小学生ほどの身長、体躯の小鬼だ。
手には棍棒を持ち、剣を抜いた海斗を敵とみなしたのか、襲い掛かって来た。
「う、ぁ」
「へっぴり腰。逃げんじゃねぇぞ!!」
「うわっ!?」
ハインツに背中を押され、たたらを踏んで前に出た……すると、目の前にゴブリンの顔があり、今まさに棍棒を振り下ろそうとしていた。
「うぁぁぁぁ!?」
この世界のことは知っている。
後ろで笑っている三人のざまあキャラも知っている。
この先の展開も知っている。
だが、それだけ。敵意を持った相手と相対し、命のやり取りをするのは、十六年の人生で始めてだった。当然、命を失う覚悟はできていない。
海斗は無意識に剣を顔の前に向けてしまい、ゴブリンの棍棒が刃に食い込んだ。
仰向けに転がってしまい、ゴブリンがのしかかってくる。
非常に臭い。腐った肉のようなにおいがした。
「ははは!! おい、ビビッてんじゃねぇぞ」
「やれやれ。これが救世主ですか」
「あはは、死んじゃったらどうする? あたしたちの責任かな?」
背後では、まるで海斗のことを心配していない声。
この声に、海斗は決意する。
(計画変更。コイツら、利用する前に地獄見せてやる……!!)
海斗は、剣から手を離し、ゴブリンの腹にケリを入れる。
そして、ナイフを抜き、逆にゴブリンにのしかかり、首にナイフを突き刺した。
「う、ァァァァァッ!!」
『ゲッ、ゲッ……』
死ねない。
海斗は、生きるためにゴブリンを殺した。
そして、命を奪った事実が胸に突き刺さり……口を押える。
「う、っぷ……」
吐きそうだった。
だが、吐かない。
必死に耐え、呑み込み……空を見上げた。
「……ッ!!」
「おいおい、こんな雑魚殺したくらいでゲーゲーすんじゃねぇぞ? ぎゃははは!!」
「まあそう責めずに。ふふふ、必死でしたねぇ」
「あはは、カイトってば臭いわ。近づかないでね~」
海斗は嘔吐しなかった。
だが……この三人に対しては「あとで絶対に追い詰める」と誓うのだった。
おかげで、殺し、殺される覚悟もできた。
ゴブリンの首からナイフを抜いて鞘にしまい、剣を拾う……が、剣は折れていた。
◇◇◇◇◇◇
数分、休憩した。
海斗は呼吸を整え、バッグから犬が咥えると喜ぶような骨を出す。
「『骨命』」
骨を投げると、バッグから細かい骨が飛び出し、骨の子犬となる。
ハインツたちは興味がないのか、廃教会の傍にあった樽を起こし、カードゲームを始めていた。
海斗はもう無視。骨の子犬に命じる。
「ここにある《骨》を探せ。それと、地下への入口だ」
骨の子犬は口を開け閉めして《カカカ》と鳴くと、教会内へ。
海斗も教会内へ。
「ひどいな……原作じゃ、ここにあるはずだけど」
室内はボロボロだった。
壊れた椅子、祭壇、割れたステンドグラス、あちこち亀裂の入った壁。
ヴァージンロードを歩いていると、骨の子犬が何かを咥えて戻って来た。
『カカカカカ』
「よく見つけた。これが……」
それは、『骨』だった。
正確には、人間の右腕。
肩から指先まで、右腕の骨がそのままつながった状態だった。
海斗は、やや躊躇ったが右腕の骨を掴む。
「こいつが、『魔王の骨』か……重要アイテムの一つ。魔族が探している『力』」
原作を知る海斗だからこそ、物語の序盤で先回りし、この『骨』を手に入れた。
「まだ魔族もここの『骨』については知らない。情報を見つけた後ここに来るが、すでに骨はない……さてと、あとは」
すると、骨の子犬がまた何かを見つけた。
子犬の元へ向かい、海斗は確信する。
「……くくっ、これも使える。いいね、実にいい」
海斗は骨の子犬の頭を撫で、見つけた物にある『仕込み』をするのだった。
◇◇◇◇◇◇
王城に戻るなり、海斗はクリスティナ王女に面会。
「り、リクトが……!?」
「ええ。奴隷のエルフ少女を送り届けるために、旅立ちました……王国のことを、俺に託して」
嘘である。
本来のストーリーなら、リクトはダンジョンで死んだことになるはずだ。
海斗が仕組んだことで嘘ではあるが、あながち嘘ではない。
「……正義感の強い方だとは思っていました。ですが、エルフの国とは……」
「ここから遠いんですか?」
「ええ。徒歩でも、一年はかかる道のりです」
(確か、この世界も365日表記……徒歩一年、地球一周くらいかな)
海斗は適当に考え、この世界の広さを改めて知る。
「エステルは、悲しみますね……」
「そうですね。でも、オレは託された救世主として、この世界を救ってみせますよ」
「ええ、お願いいたします。カイト」
「ではさっそく。実は一つ、『スキル』に目覚めまして……王女、内密の話になります」
「え……」
海斗は、護衛を下がらせるようクリスティナに頼む。
部屋には数名の護衛騎士がいて微妙に海斗を警戒していたが、クリスティナは少し考え、護衛を下がるよう命令。二人きりとなる。
海斗は、テーブル越しに顔を近づけるようクリスティナに合図。クリスティナは緊張しつつ頷き、海斗に顔を寄せた。
「……実は、『予知』に目覚めました。これから先、未来で何が起こるか、ある程度の予測が可能になります。しかし……制約として、この能力は信用できる者一人以外に知られてはいけない。クリスティナ王女、あなただけが知る秘密だ」
「……!!」
「クリスティナ王女。あなたは、俺の『予知』を信じますか?」
「…………」
クリスティナの頬に、一筋の汗が伝う。
海斗の目を見て、クリスティナは何かを感じていた。
先の先を見ているような、何かを楽しんでいるような。
海斗に乗れば、引き返せなくなる可能性がある……そんな気がした。
「俺は、魔神と魔族を倒します。まずは……人間の国デラルテを管理する『十二執政官』序列第十二位、『短気』なスカラマシュを倒し、この国を魔族の支配から解放する……そのために、やってもらいたいことがある」
こうして、海斗の『攻略』が始まった。
決まったストーリーではない、海斗自身が決めるストーリーでの、異世界攻略が。