十二執政官序列十一位『楽師』スカピーノ⑤
ドワーフの決起。それは、地鳴りとなって最下層、下層、上層に伝わり始めた。
スカピーノは、『蝙蝠』を通してそれを見た。
「チッ」
「どうした? まるで、ドワーフが意思を持ち始めて大暴れしてるのを知ったような顔だなあ?」
「……てめえ、これもてめえの仕込みか?」
「さあ? くくく」
ヨルハに命じた『ドワーフを煽れ』という命令は遂行されたようだ。
残るは一つ。今のヨルハならしくじることはないだろう。
海斗は、チラリとステージ近くにいたクルルを見る。
クルルは、ハンマーを握り、ベース担当のリディックに向かい合っていた。
「おい、余所見してんじゃねぇぞ。クソガキ……てめえはマジで殺してやる。この十二執政官序列十一位、『楽師』スカピーノ様を怒らせた罰としてなぁぁぁぁ!!」
「やってみろ。てめえのくだらねえ音楽ごと、ブチ殺してやるよ」
海斗、スカピーノ。
どちらも悪役にしか見えない戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
クルルは、ハンマーを握ったまま、冷静にリディックを見ていた。
執政官眷属リディック。『メンバーズ』のベース担当。
大きな金属製のベース。楽器としてではなく、ネック部分を掴んで逆手に持っている。ボディの部分がエッジになっており、まるで歪な斧のように見えた。
さらに、蝙蝠が何匹もリディックの周囲を飛び、紫電を帯びている。
『スカピーノのジョブは『雷帝』……雷系最上位のジョブだ。眷属の連中はスカピーノのコウモリを借り、トルトニスと接続した楽器を武器に戦う。つまり、トルトニスを破壊すれば、攻撃力は半減……お前らでも十分に倒せるってわけだ』
海斗の言葉を思い出す。
クルルは、三つ編みにした髪をブンブン払い、ガスマスクをかぶる。
「あ? なんだ、毒でも撒くのか?」
「ちがいます!! その、オシャレです!!」
意味不明だった。リディックは首を傾げ、クルルは自分でも意味不明なことを言ったと顔を赤くする……幸い、マスクのおかげで赤面は気付かれなかった。
クルルは、『ムジョルニア』に専用カートリッジをセット。クルクル振り回してビシッと突きつける。
「カイトさんが言いました。執政官眷属はそこまで強くないって!!」
「……あ?」
「なので、ぶっ潰します!! いきまーす!!」
ズンズンズンと、トラックのようにクルルは突進する。
リディックは「はっ」と笑い、ベースをかき鳴らす。
「『不協和音』!!」
「うきゃああああ!?」
ビリビリと、全身が振動したような不快感。クルルは思わず立ち止まる。
そして、音を鳴らし続けながらリディックは近づき、耳を押さえて苦しむクルルに接近。
ベースを振り被り、全力で振り下ろした。
「『ベース・アックス』!!」
「っ!?」
クルルは横っ飛び。ベースがステージに叩きつけられ、深い亀裂が入った。
恐るべき腕力に、クルルはゾッとする。
「で? 誰が弱いって?」
「……て、訂正します」
クルルのいいところは、誰であろうと素直になれるところだ。
ムジョルニアを握り直し、スーッと息を吐く。そして、ポケットから『秘密兵器』を取り出した。
「カイトさんの言った通りでした……よーっし!!」
「へ、もう一回ビリビリしてみるかい?」
「嫌です!! というわけで、秘密兵器装着!! いきます!!」
再び、クルルは突進。
リディックは鼻で笑い、ベースをかき鳴らす。
「『不協和音』!!」
「うぎぎぎぎぎっ!! たた、耐えるぅぅぅぅぅぅ!!」
今度は、止まらない。
リディックは舌打ちし、さらに激しく音をかき鳴らす……が、クルルは止まらない。
ハンマーを振りかぶり、スイッチを入れる。
ハンマーが爆発し、勢いに任せた振り下ろしが地面に叩きつけられた。
「『揺れる大地』!!」
「ぬおっ!?」
ステージ、リディックの付近が揺れた。
思わず踏ん張ってしまい、演奏が止まる。
クルルは大きく息を吸い、もう一度スイッチ入れ跳躍。
振り下ろしと同時にスイッチを入れ、さらに跳躍したので、爆発の勢いでクルルは高速縦回転。ゴロゴロと縦回転のままリディックに突っ込んだ。
「『転がる落石』!!」
「チッ、なんだよこいつぁ!!」
音では止まらない。
リディックはベースを斧のように構え、転がって来るクルルに向け、野球のスイングのように振る。
「『ベース・アックス』ぅぅぅぅぅぅ!!」
「どりゃあああああああああああああ!!」
クルルのハンマー、リディックのベースが直撃。
だが、回転、爆発が加算されたクルルの一撃はすさまじく、リディックのベースが砕け散った。
「ウッソだろ」
一瞬の驚愕……そして、そのまま回転したクルルが激突、吹き飛ばされた。
壁に激突し血を吐くリディック。すると、すでにハンマーを振り被るクルルが、クルルの射程内にいた。リディックは小さく微笑む。
「へ、ロックだね」
「『杭打ち』!!」
ハンマーの先端から『杭』が射出され、リディックの胸に刺さり、さらにハンマーによる爆発する一撃が、リディックの『核』を粉砕。
リディックは、親指を立ててクルルに向かって微笑み、そのまま消滅した。
「よくわかんないけど、ロックです!!」
クルルは勝利、親指を立て、ハンマーを掲げてポーズを決めた。
◇◇◇◇◇◇
執政官眷属が二名負けた。
さすがに、観客たちは身の危険を感じ始めた……が、時すでに遅し。
すでに、ガストン地底王国のドワーフたちが、最下層から下層、中層、上層と進軍していた。
進軍……と言っても、鎧兜を着て、軍として後進しているわけではない。
ただ、怒りのままに、拳を握り、スコップやツルハシを手に進んでいるだけ。
自分たちの生活が脅かされることを知らない、楽天的な魔族。
虐げられ、絶望し、管理された怒りのドワーフたち。
魔族の覚悟が決まらぬまま、ドワーフたちは怒りのままに進む。
だが、魔族もただやられているわけではない。
スカピーノの配下にも、魔族の軍はいる。
現在、スカピーノの軍が常駐している上層部の施設に、軍の統括指令であり、執政官眷属であり、バンドのマネージャーである魔族、デルダがいた。
「武装が整い次第、暴徒を鎮圧せよ。ええい、ステージにいる人間たちを引きずり降ろせ!!」
デルダ。筋骨隆々な、スカピーノの配下では珍しい戦闘タイプ。
ぴっちりした軍服を手に、指令室で指示を出している。
すると、指令室のドアが開き、部下が入って来た。
「指令!! お話がございます!!」
「何だ、あとにしろ!!」
と……違和感。
デルダは部下に背を向けたが、すぐに振り返る。
すると、そこにいたのは、人間の女だった。
手には二刀、マスクをし、忍び装束を着た『アサシン』が、殺気を漏らさぬままデルダの心臓を串刺しにしようとしていたのだ。
「!!」
デルダは両腕を交差し刀を防御。シノビ……ヨルハは舌打ちする。
「き、貴様……」
「一撃で楽にしようとしたのだが、な」
ヨルハは、双剣を手に身を低くする。
デルダは、ニヤリと笑い、軍服を脱ぎ捨てた。
「あの人間たちの仲間、か……オレを狙うとは、考えている」
「主の作戦だ。お前は総司令官なのだろう? お前を殺し、お前に『成り代われ』ば、ドワーフたちの反乱はやりやすくなる」
「……舐めるなよ、小娘ぇ!!」
ヨルハ、そしてデルダの戦いが、誰も知らないところで始まった。