十二執政官序列十一位『楽師』スカピーノ④
海斗の宣戦布告……会場内は困惑、そしてどうすればいいのかわからないような空気になっていた。
ハインツ、マルセドニー、ナヴィアの三人は顔を見合わせて頷き、キーボード担当のフェノーラの前へ。そして、それぞれ武器を構えた。
ハインツは突撃槍に盾、マルセドニーは人差し指を向け、ナヴィアは鞭を手にする。
フェノーラは、壊れたドラムの椅子から立ち上がり、ドラムスティックをクルクル回転させ、壊れたドラムを叩き分離……どこからか現れたコウモリがドラムを支えた。
ドラムの一つを高速で叩くと、紫電が爆ぜる。
「……楽に、死ねると思うな」
「「「…………」」」
三人は無言。
驚いているわけでも、怖気づいてるわけでもない。
ただ、目の前の『敵』を前にし、驚くほど冷静だった。
「オレが前、マルセドニーは援護、ナヴィアは状況に応じて」
「ああ」
「うん、よろ~」
ハインツは頷き、海斗に向かって叫ぶ。
「おい、カイト!!」
そう叫ぶだけで、海斗は頷き、アイテムボックスから骨を出す。
「『骨命魔改造』、馬の骨……『狂骨馬ペイスホース』!!」
馬の骨が強化され、鋭利な骨を持つ馬となってハインツの前へ。
事前に決めていた作戦……ハインツの『騎乗』を使うために、海斗が『馬の骨』を使って乗り物を作るという話だった、が。
「き、きめえ」
骨の馬。
わかってはいたが、表皮や筋肉、体毛のある馬ではない。ガイコツの馬というだけで気持ち悪い。しかも戦意に満ちているのか、口をカチカチ鳴らしていた。
ハインツは背骨に座り『騎乗』を発動。やや複雑だったが、力が漲るのを感じだ。
そして、改めてドラム担当のフェノーラを見る。
「…………」
両手にドラムスティック。取り外した三つのドラムがスカピーノのコウモリによって浮かび、それを叩くたびに紫電が爆ぜる。
見てくれは女だが、決して美人とは言えない。筋骨隆々で逆立った髪も、紫電を帯びていた。
ハインツは、海斗のアドバイスがどこまで信用していいのかわからないが、対峙してしまった以上、戦うしかないと決意。
それは、マルセドニー、ナヴィアも同じだった。
「おいお前。悪いけどよ、オレらも覚悟キメてんだ。それに、観客もいるし、目立たせてもらうぜぇ!!」
ハインツは骨馬に命じ、突撃槍を構え突っ込む。
すると、フェノーラは高速でドラムを叩き、なんとドラムそのものをハインツ目掛けて飛ばす。
紫電を帯びたドラムは複雑な軌道を描き飛び、ハインツは驚きつつ盾を構えた。
「『防御』!!」
盾、背中、腕にドラムが直撃。だが、新スキル『防御』で耐久力を上げたおかげで痛みこそあるが骨は折れない……が。
「うがががががががががががああああああ!?」
感電した。それはもう、とんでもなく痺れた。
髪が逆立ち、口から黒煙を吐き出すハインツ。
動きが止まり、そのままドラムはマルセドニーたちの元へ。
「あわわわわわ、ちょ、なんとかしてよ!!」
「わわ、わかっている!! ええと、『竜巻』!!」
マルセドニーの背中に隠れたナヴィア。マルセドニーは慌てて自分たちを隠す竜巻を発生させ、ドラムを弾き飛ばす。
ドラムはフェノーラの元へ戻り、フェノーラは再び高速ドラミング。
ナヴィアは右手をハインツに向けた。
「『超回復』!!」
ハインツの身体が淡く輝き、傷が消える。
ハッとしたハインツは首をブンブン振った。
「し、痺れたぜ……ってか、マジかよ」
「おいハインツ、大丈夫か?」
「おう。でも……カイトの言った通りかもしれねえ」
「マジ? じゃあ、行けそう?」
「ああ、行けるぜ」
ハインツはニヤリと笑い、フェノーラに突撃槍を向ける。
「おうおうお前!! いい感じにビリっと来たぜ。でも……もう、効かねえかもな」
「……減らず口を」
フェノーラは、コウモリに命じ、さらにドラムを三つ追加。
合計六つのドラムを高速で叩き、音を奏でている。
ハインツは馬に命じ、フェノーラに向けて走り出した。
「行くぜ!! 突撃ぃぃぃぃぃ!!」
「フン……『ドラミング・サンダー』!!」
紫電を帯びたドラムが五つ、ハインツに向かって飛ぶ。
すると、マルセドニーが人差し指をドラムに向け、『風の弾』を発射。
ドラムが三つ撃ち落とされた。そして、ドラムの一つがマルセドニーとナヴィアに飛んできたが、ナヴィアが鞭を振るって叩き落とす。
そして、残りのドラムがハインツに向かって飛ぶ。が……ハインツは骨馬を巧みに操ってドラムを回避。
「チッ……!! 追え!!」
「へ、バーカ!!」
そして、マルセドニーの魔法、ナヴィアの鞭が、残ったドラムを叩き落とした。
フェノーラは目を剥く。
ハインツは叫ぶ。
「思った通りぃ!! お前らよぉ、バンドだコンサートだばっかりで、戦闘訓練なんてしてねえんだろ!! そんな電気帯びたドラムが飛んで来るだけなんて、怖くもなんともねえんだよ!!」
「ッ!!」
馬の骨が跳躍、フェノーラはドラムスティックで応戦しようとしたが、それより早くハインツの突撃槍がフェノーラの心臓に突き刺さった。
「ごっは……!?」
「カイトが言ってたぜ。下位の執政官の眷属は、戦いを知らない、種族を見下すことしかできないだけの雑魚だってな」
「ぐ、ぁ……」
心臓を破壊されたことで、フェノーラの身体がチリとなって消えた。
ハインツは拳を突き上げる。
『うおおおおおおおお!! か、勝った!! オレ、魔族を倒したぜえええええええ!!』
『おい、キミの手柄のように言わないでくれるか』
『そうよ!! あたしらだって戦ったし!!』
『あーワリワリ、でもよ、魔族って大したことねえんだな!!』
『確かに……今まで魔族はこの世の支配者で、支配下の種族は逆らえないと思っていたんだが……もしかしたら、種族が結束し抵抗すれば、充分に勝機があるのではないか?』
『あ、それあたしも思った。てかさ、ドワーフの人たちって筋肉すっごいし、パワーだけで魔族なんかより上なんじゃない? 絶対勝てないとか思ってるかもしれないけど、執政官直属の部下がこの程度だし、反乱起こしたら勝てるんじゃない?』
『かもなあ。観客の連中って戦えんのか?』
『不明だ。だが、ドワーフはマグマに手を突っ込んでも火傷しない表皮を持ち、体躯に合わないパワーを持つという……うーむ、魔族に勝てないと思い込んでるだけなのかもな』
◇◇◇◇◇◇
三人の会話は、会場全体、そしてトルトニスで奴隷のように扱われているドワーフたちに届いた。
魔族は支配者。勝てるはずがないという認識。
外から来た人間が、魔族に、執政官に喧嘩を売っていると、ドワーフ全体に広がったのである。
そして、トルトニスで仕事をしていたドワーフの一人が、同じように働いていたドワーフたちに目配せした。
まるで、『確かに、その通りかもしれねえ……』と、ドワーフたちの仕事を監視していた魔族を見て思ってしまったのである。
監視の魔族は、筋骨隆々なわけでもない、魔力こそ膨大だが、毎日厳しい戦闘訓練を受けているわけでもない、ただの魔族だ。
ハインツたちの言葉で、思ってしまったのだ。
魔族、もしかしたら……勝てるかもしれない。
奴隷のドワーフたちは、奴隷扱いを受けているが、ドワーフとして鍛えた肉体、マグマに手を突っ込んでも平気な肌を持つ。
仮に、魔法を受けても、簡単に死にはしない。
ドワーフの一人が、魔族をジッと見ていた。
「な、なんだ貴様……その反抗的な目は!!」
「…………」
「貴様……その目を、やめ」
バガン!! と、魔族の背後にいたドワーフが、ハンマーで魔族の頭を殴った。
魔族は倒れ、血を流し、泡を吹いていた。
「……なあ」
「ああ、勝ったな」
「確かに、人間の言う通りかもしれん」
「だな……魔族も、魔力とジョブの力があるだけで、ちゃんと血ぃ流れるし、死ぬ」
「……必要以上に、ビビってたっちゅうことか?」
「かもなあ……」
ドワーフたちは、ハンマー、シャベル、ツルハシを強く握りしめる。
そして……この時、ようやく、意思を持ち始めた。
「人間が何でこんなこと始めたか知らねえが」
「ああ……やるしかねえな!!」
奴隷扱いを受けていたドワーフたちが、反乱を始めた。
トルトニスを破壊し、地下に向かい同胞たちに呼びかける。そして、一人のドワーフが言う。
「人間たちが執政官を倒すぞ!! ワシらも魔族に立ち向かうぞ!!」
「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」
ドワーフたちに火、いやマグマが灯る。
これまでの恨みが、怒りが、それこそ火山のように噴火……地下にいた魔族たちがあっという間に駆逐された。
ろくな訓練を受けていない魔族が、怒り狂ったドワーフたちを止めることはできなかったのである。
そして、ドワーフたちを煽った一人のドワーフが、そっと反乱から離れた。
「……主。命令通り、ドワーフを炊き付けました」
ドワーフに化けていたヨルハ。
任務は、海斗たちの反乱に合わせ、ドワーフたちを煽り反乱を起こさせる。
ちなみに、魔族の背後からハンマーで殴ったのはヨルハだ。
「さて……次の指令へ」
ヨルハは、次の指令を遂行するために、上層へ向かうのだった。