十二執政官序列十一位『楽師』スカピーノ②
クルルは、『火の水』を積んだリヤカーを引いて、火山の噴火口近くにある上層行きの昇降機の前にいた。そして、リヤカーから手を離し、昇降機前にいる魔族に言う。
「あ、あの……本日分の『火の水』です」
「おう。迅速に補給し、出て行けよ。お前ら下等民族をいつまでも上層に置いとくわけにいかねえからな」
いつものやり取りだ。
魔族は、魔族以外の種族を全て見下している。
上層行きの昇降機前にいる魔族をクルルは見る……今更だが、不思議なことがあった。
まず、ほとんど武装をしていない。
魔族はジョブがないと使えない『魔法』の力を常時使えるので必要ない。だが……それにしても、あまりにも無防備だった。
欠伸をしている魔族もいる。それを横目で見つつ、クルルは一礼して昇降機へ。
昇降機が稼働……ゆっくりと、上層へ向かって進む。
「……なんだろう」
「隙だらけ、すれ違った瞬間に殺せると思っただろ」
小さく聞こえてきたのは、海斗の声。
現在、カイト、ハインツ、マルセドニー、ナヴィア、イザナミの五人は、『火の水』を入れるドラム缶……ではなく、金属の樽の中にいた。
全員が驚いていた。あまりにも、あっけなく上層へ行けたのだ。
「これが、魔族の弱点の一つ……『驕り』と『自惚れ』だ」
海斗はニヤリと笑い、小さい声で言う。
「そもそも、魔族はこの世界の支配者ってのがおかしい。よく考えてみろ……確かに、魔族は強い。戦闘に特化した魔族の強さは、一つの都市を容易く滅ぼせる。執政官なんて国一つ滅ぼせるだろうな。でもな、そんな強い魔族は、たいていがジョブの強さに依存している。そして、さらに間抜けなのが、そういう魔族はジョブの力がなければ、ろくな戦闘訓練もしていないカスだ。なあ、ハインツ」
「……なんでオレに言うんだよ」
つまり、過去のハインツたちと同じ。
優秀なジョブも、鍛えなければ意味がない。
「さっきの守衛も、本来なら優秀なんだろうな。でもクルル……お前なら、あいつらが背中を向けていた時に、首を掴んでへし折れたんじゃないか?」
「…………」
クルルは否定できなかった。
不思議な事だった。海斗と話していると、あんなに恐ろしかった魔族が、地下を徘徊するオイルオーガ以下に見えてしまう。
「そして、魔族じゃない、この世界に生きる種族たちの弱点。それは……」
と、ここで昇降機が到着。海斗たちは黙り込む。
クルルはリヤカーを引き、ドワーフ族しか通ることのない通路を通り、『トルトニス・グローム・ヴァナヘイム』の液体燃料補給ユニットへ到着した。
クルルは周囲を見回し、カイトたちをドラム缶から出す。
「あ~最悪。せまくてキモチ悪かった~」
ナヴィアが背伸びする。
海斗は周囲を見回す。
「へえ、ここが……」
『トルトニス・グローム・ヴァナヘイム』の液体燃料補給ユニット。
巨大な円形のオイルタンクが三つほどあり、クルルの前にあるのは燃料補給用の穴があった。
室内の広さはそこまでじゃない。学校の教室くらいだろう。
マルセドニーは言う。
「それにしても、本当に驚きだな……ボクたちを入れた燃料タンクが増えていることにも気付いていないのか?」
「それ、わたしも言われると思いましたけど……」
今日、クルルが運んできた燃料タンクは、いつもより多かった……が、魔族は全く調べることなく、ほぼ素通りだったのだ。
海斗は馬鹿にしたように言う。
「魔族は、考えてすらいないんだよ。自分たちの生活が、下々の種族に脅かされるかもしれないなんてな。それを想えるだけの力を持つ執政官がいるし、これまでもずっと変わらない生活が続いてるからな。だから……油断する」
「「「「「…………」」」」」
海斗の邪悪な顔を見て、五人は黙りこむ。
するとハインツが言う。
「おいカイト、さっきなんか言いかけてたよな? 種族の弱点がどうとか」
「ああ、魔族側じゃない、十二の種族に共通する弱点だ。聞きたいか?」
「そんなのあんのかよ……共通って」
「ボクも気になる。一体、それはなんだ?」
全員が興味津々と言った感じだった。
海斗は頷いて言う。
「簡単だ。この世界に住む種族の弱点は、『思い込み』だ」
「「「「「思い込み……?」」」」」
五人の声が重なり、海斗は笑う。
「ははは!! わかんないか? お前らみんな、魔族に対する思い込みが強すぎるんだよ。いいか、魔族ってのは人間とそう変わりない。強力なジョブ、常時使える魔法があるだけなんだよ。心臓を破壊すれば死ぬ普通の生物だ」
「「「「「…………」」」」」
「まあ、すぐにはわかんないか。長らく支配されてきて、『魔族に逆らえない』って細胞に刻まれてんのかね。でもな、俺……そしてリクトは違う。魔族に恐れなんて抱かない。まあ、例外はあるけどな」
海斗は、液体燃料補給ユニットを見上げて言う。
「さぁてさぁ……まずは仕込みをしますかね。クルル、燃料を」
「は、はい……あの、本気でやるんです、よね」
「ああ。くくく」
海斗の邪悪な笑みを見て、クルルは引きつったような笑みを浮かべるのだった。