5、偽善の果て
今日は、冒険者のクズ三人との野外演習だ。
行き先はダンジョン。冒険者にとっての稼ぎ場であり、異世界系ではありきたりな場所。
海斗は、皮鎧を装備し、ポーチに集めてもらった小動物の骨を入れておいた。
自室にて、骨の確認をする。
「ラスボスは骨の軍勢とか使ってたけど……今の俺じゃ無理。というか……」
スキルが足りない。
海斗の知る限り、『オレよろ』のラスボスは骨を使って様々なことをやっていた。だが今の海斗は、小動物を数匹、骨で作るので精一杯。
レベル制度はないが、もしあるなら1で決まりだろう。
「剣と、ナイフも持っていくか」
雑魚兵士その1、そんな風にしか見えない。
海斗は確認した。
「シナリオだと、クズ三人がダンジョンに案内してくれる。で……途中でオークの最上位種の一体、ダイヤモンドオークが登場する。そこで、リクトを見捨ててカイトたちは脱出……リクトはそのままダンジョンに残り、ダンジョンにいるヒロインその1を仲間にして、ダンジョンをクリアする。だったな」
そして、ヒロインに懇願されダンジョンの外で冒険開始。カイトたちは城に戻りクリスティナに「リクトが死んだ」と報告。クズキャラのカイトをメインに王国は腐敗を始め、クズ三人とカイトが王国をメチャクチャにする……そして、一巻のボスである魔族が襲来し、リクトがハーレム数人と乗り込んで倒し、最後にカイトとクズ三人がざまあされ死ぬ……という感じだ。
「このストーリーは回避。まずは……町のイベントで、リクトを追放するか」
そう言い、海斗は部屋を出て、待ち合わせ場所である王城前へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
王城前に、すでにクズ三人はいた。
「おせぇぞ」
「申し訳ございません。支度に手間取って」
「フン。いいか、救世主だか何だか知らんが。ここからは冒険者の流儀で行くぜ。オレの指示は絶対……って、もう一人はどうした」
ハインツがキョロキョロすると、正門からリクトがダッシュでやってきた。
「す、すみませ~ん!!」
「おせぇ!! ったく、何してんだ!!」
「いやあ、エステルと早朝訓練してて。で……クリスティナも見学してて、一緒に朝飯食ってまして」
「……はぁ?」
(エステルと訓練して、クリスティナが作ったサンドイッチを三人で食う……そんなイベントあったっけか。速くもフラグ立ててんのかよ)
内心で失笑する海斗。リクトは海斗に「わり!」と手を振る。
海斗は頷き、リクトの腰にある包みを見た。
(……よし)
原作通り。
ハインツは舌打ちし、歩き出す。
すると、マルセドニーがリクトの肩を叩いた。
「時間にルーズなのはいけませんよ。次から気を付けるように」
「は、はい。すんません……」
そして、ナヴィアも。
「次、遅れたら罰金~」
「う、それは勘弁してくれ」
「あはは、冗談だって」
リクトの胸をポンと叩き、三人は歩き出した。
リクトは、海斗と並んで歩き出した。
「そういや、ちゃんと話すの初めてかもな。お前、いつも隅っこで訓練しているし……なあ、同じ転移者同士、仲良くしようぜ」
「そうだな」
「お前、何歳? オレは十六歳だけど」
「俺も同じ。異世界転移するなら若者ってのは定番だよな。くたびれたおっさんが転移するパターンもあるけど、物語の都合で若返ったりするし、そのままの年齢の場合は大抵が年齢にそぐわないイケメンだ」
「……っぷは!! おま、面白いこと言うな。気に入ったぜ」
リクトが肩を組んできた。海斗はやや嫌そうな顔をしたが、そのまま受け入れる。
そして、リクトが三人を見た。
「あの三人、強いのか? この世界じゃ珍しいジョブ持ちらしいけど……なんか、あんま強そうに見えないんだよな」
(大正解)
ざまあキャラの宿命なのか、クズ三人は最弱レベルだ。
ハインツ、『聖騎士』のジョブ。
マルセドニー、『賢者』のジョブ。
ナヴィア、『聖女』のジョブ。
名前だけなら最強レベルと言っても過言ではないが……この三人、ジョブ持ちという希少性に胡坐をかき、碌に鍛錬もしていないのでスキルも全くない。
ハインツは剣を振り、マルセドニーは焚火のような火魔法、ナヴィアはかすり傷を治すのにも長時間かかる。
最悪の人選……タックマンの仕事もいい加減だと、海斗は思った。
だが、それでいいと海斗は思っている。
城下町を歩くこと十五分ほど。
「ん? な、なんだ……あれ」
(──来た!!)
リクトが何かを見つけた。
それは、鉄檻を運ぶ馬……檻の中には、耳のとがった少女が、手枷を嵌められた状態で運ばれていた。
ハインツが興味なさそうに言う。
「ありゃ奴隷だ。エルフ族……別に珍しくもねぇだろ」
「ど、奴隷って、女の子だぞ!?」
「はぁ? 奴隷に男も女も関係あるかよ。ああいうの、お前んとこじゃなかったのか?」
「ねぇよ!! おい、助けないと!!」
リクトが海斗に言うが、海斗は首を振る。
「待てよ。確かに可哀想だけど、この世界のルールでは合法なんだろ?」
「合法? だとしても、オレは認めない!! あんなの違法に決まってる!!」
(偽善を振りかざしやがって……違法ならこんな往来で堂々と運ぶわけないだろうが)
リクトの偽善に反吐が出そうだった。
もし日本で同じようなことがあったらリクトは助けるだろうか? 日本は地方国家。犯罪を起こせば容赦なく逮捕され、収監され、裁判になり、実刑をくらう。
だが異世界だったら? 日本のルールが適応されないし、救世主という立場なら許されるかもしれない。それこそ、主人公なら都合よく話が進むだろう。
するとマルセドニーが言う。
「奴隷を買うのは自由だけど、キミ……お金あるの? そもそも、買ったあとはどうするの?」
「そんなの、オレがどうにかする!!」
「ダメだよ。それに、奴隷なんていっぱいいるよ? あの子だけ助けるの?」
「……それは。でも、オレは放っておけないよ!!」
理屈もクソもない、ただの感情論。
クズである三人のざまあキャラの方が間違っていない。
海斗は、檻で運ばれているエルフが、ヒロインその1であることを知っている。
本来なら、リクトが王家から支給された支度金を全て使い、あのエルフを買って自由にする。そして、ダンジョン内で孤立したリクトを、助けられた恩だと助けに来てヒロインその1となり、仲間となる展開だ。
よって、ここは助けるのが正しい。
「みんなゴメン。オレはやっぱり見捨てられないよ」
リクトは、腰に掛けてあった支度金を手に、馬を引いていた奴隷商人の元へ。
「おい、テメ、勝手に……」
リクトを止めようとしたハインツを、海斗が止めた。
驚くハインツ。
その間に、リクトは金を支払い、奴隷の少女を救っていた。
リクトは、少女の手を引いて戻って来た。
「さあ、お前はもう自由だ。少ないけど、金もある……あとは好きに」
「待った」
支度金の残りを少女に渡そうとしたリクトを、海斗は止めた。
「リクト。お前……その子、どうするつもりだ」
「え? いや、金を渡して」
「金を渡して、放り出すのか? それがお前の言う『放って置けない』の結果なのか?」
「あ、いや、その」
「お前は、俺たちの支度金を勝手に全額使い、その子を救った。で……その責任は? 俺たちに対する責任、そしてその子に対する責任だ」
エルフ少女は何も言わない。だが、自分を救ってくれたリクトを責める海斗を睨んでいた。
「男なら、その子に対しても、俺たちに対しても責任を取れ」
「ど、どうしろ、ってんだよ」
「その子、人間じゃない。エルフだよな? エルフの領地から攫われきたのか?」
「…………そう」
少女は頷いた。聞かなくても海斗は知っていたが。
「リクト。お前、その子をエルフの領地まで送り届けてから戻って来い。その子を故郷に返すまでが責任だ」
「え、エルフって、いやでも、どんだけかかるか」
「やるんだよ。それが、責任だ。それすらできないようじゃ、お前は『勇者』の資格なんてないぞ」
「う……」
「クリスティナ様には言っておいてやる。それに、救世主はお前だけじゃない。俺だっているんだ」
「……カイト、お前」
すると海斗は、リクトに耳打ちする。
「その子を送るついでに、世界を見てこいよ。異世界モノの主人公にありがちな、旅でもしてさ」
「───!!」
「言っておくけど、その子を放り出すなって意味で言ってるからな。ちゃんと送り届けてこい」
海斗は、自分に支給された支度金の半分をリクトに渡した。
リクトは海斗をジッと見て頷き、エルフ少女と手を繋いで行ってしまう。
「お、おい……いいのかよあれで!! ってか、勝手なことしやがって!!」
「いいんですよ。あいつ、修行しても『勇者』の力が覚醒しないし……あいつに時間かけるくらいだったら、俺があいつの分まで強くなればいい」
「……お、お前」
ハインツは、海斗の微笑を見て、どこか薄ら寒さを感じるのだった。
「───追放、完了。第一段階はクリアだな」
ちなみに、人間の国デラルテからエルフ領地は、かなりの距離がある。
送り届け、戻ってくるにしても、一年はかかるだろう。
その間、リクトは世界を見て回るはず。海斗の邪魔にはならない。そう考えていた。