最下層⑤/アンデットシャーク
アンデットシャーク。
全長二十メートル以上ある『骨のサメ』だ。
今は、原油の湖をすいすいと泳いでいる。その様子をクルルは見て、背負っていたハンマーを手に取った。そして、海斗に言う。
「カイトさん。なんとか近づいてくれたら、わたしの一撃で粉砕できると思います……何か手はありますか?」
「却下」
「へ?」
海斗は、どこか嬉しそうに言う。
「あれは骨のサメ、アンデット系の魔獣だろ。確か……アンデット系の魔獣には、媒介となる骨と、アンデットの心臓もあり脳でもある『核』があったはず。つまり、核をブチ壊せば、アンデットは死ぬ」
「え、えーっと……何をするつもりですか?」
「見てわかるだろ。あの『骨』だ」
サメの骨。
全長二十メートル以上あるサメの骨など、海に行っても手に入るかどうかわからない。
海斗にとって『骨』は武器であり、道具である。
「あのサメの骨、俺が使う。クルル、狙うのは骨じゃない、骨を操ってるアンデットの『核』だ」
「……は、はい」
「さて、質問だ。お前のジョブ『大槌士』のスキル、何があったっけ?」
海斗は作戦を練るべく、使える手持ちの『道具』を確認するのだった。
◇◇◇◇◇◇
作戦が決まり、海斗とクルルは動き出した。
「『骨命・魔改造』、【狂骨魚レモーラ】」
海斗は、魚の骨を強化して再び原油の湖に放つ。
今度は操作に専念。右目を閉じ、視覚を共有する『視覚共有』で骨魚の視界で原油の湖を見た……が。
「な、何も見えねえ……」
真っ黒でドロドロした中を泳いでいた。が、前が全然見えない。
するとクルルが言う。
「カイトさん、こっちに来てます!!」
「!!」
すると、原油が波立つ。そして、大きなサメの口が目の前いっぱいに広がった。
サメ映画は何度も見たことがあるが、映画とは違うリアルさ……しかも骨に、海斗は心底恐怖。レモーラを急旋回させギリギリで回避した。
基本的に、原油に入らなければサメは襲ってこない。安全地帯にいるが、視覚的な意味では命懸けだ。
クルルは、ハンマーを手にしたまま、骨の背びれを見て言う。
「すっごく速いです!! 海斗さんのサメ、追いかけまわされてます!!」
大きな背びれが、小さな背びれを追いかけ回す。
海斗は全速でレモーラを操作、後ろからアンデットシャークが追いかけてることには気付いていないが、見えない恐怖があった……気を抜けば、背後からバクリとやられる。
「カイトさん、もうちょい、もうちょいです!!」
「───よし、タイミングは任せる。視覚解除!!」
レモーラの操作、視覚共有を解除。
海斗は『魔王の右腕』を顕現させる。
全長五メートルほどの、巨大な浮かぶ『右腕の骨』だ。
そして、原油の湖の手前側……海斗、クルルの方向に誘導されたアンデットシャークが、大きな口を開けてレモーラを噛み砕いた。
次の瞬間。
「『揺れる大地』!!」
ズドオン!! と、クルルが地面をハンマーで叩き、地面が揺れた。
そして、衝撃が原油の湖に伝わり、なんとアンデットシャークが湖から跳ね、飛んだ。
海斗はニヤリと笑う。
「待ってたぜ」
魔王の右腕の五指を開き、跳躍したアンデットシャークに向けて放った。
「『魔王の握撃』!!」
飛んだ右腕が、宙に跳ねたアンデットシャークを鷲掴みにし、そのまま海斗たちの方へ戻って来た。
そして、右腕で掴んだままのアンデットシャークを地面へ。
ビチビチと跳ねて原油を飛ばすが、海斗はゆっくり近づいて観察……そして、腹のあたりに、脈動する肉の塊を見つけた。
「こいつが『核』だな……こいつを破壊すれば、死ぬ」
ナイフを抜き、肉の塊に突き刺す……すると、アンデットシャークがビクンと痙攣、そのまま動かなくなった。
肉の塊も溶けるように消え、残ったのはサメの骨だけ。
海斗は嬉しそうに、魔王の右腕で掴んだまま言う。
「『骨命』」
力を注ぐと、サメの骨は再び泳ぎ出した。
クルルは、なんとも複雑そうに言う。
「あの~……倒したんですよね」
「見てただろ。そうだよ」
「でも、すぐにあんな元気に泳いでるのを見ると、変な感じですね」
「うるせ。さて……」
海斗は骨鮫に命じ、湖の中心付近へ……そして、そのまま潜水させて高速で湖底へ激突させると、湖底の一部が砕け、何かが現れた。
海斗はニヤリと笑い、骨鮫に咥えさせて戻らせる。
そして、戻って来た骨鮫を解除し、アイテムボックスに収納。ついでに、アイテムボックスから水のボトルを出し、骨鮫が咥えてきた『骨』を綺麗に洗った。
海斗の手にあったのは……『左足』だ。
「ひえっ、なな、骨」
「見つけた。これが魔王の骨、左足……くくく、スカピーノより先回りしたぜ」
海斗は、アイテムボックスに『魔王の骨』を収納、大きく伸びをした。
「あ~……一つ目の目的完了だ」
まず、魔王の骨はゲットできた。
これは大きな前進。そして、残る仕事は一つ。
「執政官スカピーノ……こいつを倒せば、ガストン地底王国での仕事は終わる。さーて、地底での仕事はこれで終わり。次は上層を目指して行くか」
「えーと、はい」
意味がわかっていないクルルが、とりあえずといった感じに返事をした。
◇◇◇◇◇◇
さて、このまますぐ上層部へ……というわけにはいかない。
そもそも、今は崩落した地底の最下層にいる。マルセドニーたちも行方不明だ。
海斗はクルルに言う。
「なあ、ここから下層までの道、わかるか?」
「か、下層ですか? その……わたし、まだここで仕事があるし……」
「さっきも言ったろ。俺たちは、お前の両親にお前を連れてくるように頼まれてんだ。そもそもお前、両親に会いたくないのか? こんな毒だらけの地下で、人生終えるつもりか?」
「……会いたい、です」
「だったら、仕事とか、そういうの全部置いていけ。お前はお前の人生がある。やりたいことやればいい」
「……カイトさん」
クルルは目を潤ませていた。海斗の言葉に感動しているようだ。
そもそも、今の言葉は本来、リクトが言うべきセリフである。
クルルは目をゴシゴシ拭い、大きく頷いた。
「わたし、お仕事やめます!! 両親に会うため、ここを出ます!!」
「それでいい。そのために、俺たちに協力してくれ」
「はい!! 戦うこと、地面を揺らすことなら任せてください!!」
クルルは気合いを入れて叫ぶ。
海斗は笑顔で頷いた。
(よし。このままスカピーノを倒すまで協力してもらうか)
そもそもクルルは、普通に外に出て、トラビア王国を目指せばいいのである。両親の行方を海斗が言えば、あとはクルルに構わなくても問題ない。
だが、海斗はクルルの強さを利用し、スカピーノを倒すことに決めた。
『自分たちがいないと両親に会えない』と、それとなく誘導したのである。
だが、悪意があるわけではない。そもそも両親から依頼など受けていないし、リクトをストーリーから除外した今、海斗がいなければクルルは死ぬまで最下層での原油汲みだ。
全てが終われば、ちゃんと両親の元へ連れて行き、幸せに過ごせるよう手配するつもりである。
「あ、わたしの家で準備していいですか? 着替えとか、いろいろ必要なものがあるので」
「わかった。じゃあ、そこまで案内頼む。それと、マルセドニーたちもな」
「はい!!」
こうして、魔王の骨を回収……一時的に、クルルが仲間になった。