最下層②/混血人(ハーフドワーフ)の少女クルル
クルル。
ガスマスクに、ゴツいゴーグルを頭に引っ掛け、大きなブーツにグローブを付けた、十六歳ほどの少女。豊満な身体を持ち、慎重はマルセドニーよりも低い……が、ドワーフ由来の怪力を持ち、最下層の掘削作業で大活躍の少女。
海斗の中にある情報はこの程度。リクトのハーレムメンバーであり、このガストン地底王国の最下層で生活をしている混血人だ。
クルルは言う。
「えと、人間……ですよね? そっちのお姉さんは……なんか少し雰囲気ちがいますね。というか、なんで最下層に? ここ、立ち入り禁止区画ですし、犯罪者の移送はまだ先ですし、そもそもここに送られる犯罪者はドワーフだけのはずですけど……もしかして、迷子?」
そこまで言い、首を傾げる。
「俺らは、お前を助けに来た冒険者だ」
「へ?」
「は?」
驚くクルル。そして「何言ってんだこいつ」みたいな顔をするマルセドニー。
当然、冒険者というのは噓。マルセドニーは冒険者だが、海斗は違うし、イザナミはただの同行者。
クルルは目を輝かせて言う。
「冒険者~!! わたし、冒険者って初めて見ました!! あのあの、ダンジョンとか、お宝とか掘削するんですよね!!」
「まあ、そんなもんだ。それ以外にも、人命救助とか、魔獣討伐もある」
「すご~い。ん? あれ……わたしを、助けに来たって?」
首を傾げるクルル。どうやらクセのようだ。
イザナミ、マルセドニーは海斗が『策』を弄していると気付き、黙り込む。
「俺は、お前の両親に言われて、お前を助けに来た」
「……え」
「ハーフドワーフの混血人。お前は、両親に捨てられ、ドワーフ一族の恥だからと、この最下層で終わることのない仕事をしている。ドワーフと人間の混血は毒に耐性ができるから、この最下層でも問題なく仕事ができるんだろ?」
「……」
理由は不明だが、人間との混血は毒に耐性ができる。
イザナミも、人間と竜人、そして鬼人の混血だ。マスクをしなくても毒を無効化できる。
クルルは、海斗をジッと見ていた。
「わたしの、両親……」
「ああ。お前の父はドワーフ、母は人間だろ」
「……わたし、望まれない子って。だから、両親はわたしを捨てた、って」
「それは違う。お前は望まれてない子なんかじゃない」
この言葉を言うのは、本来はリクトの役目。
だが、海斗は原作を無視して続ける。
「お前は捨てられたんじゃない。お前は、両親から引き離されたんだ。お前の父親の弟……この国、ガストン地底王国のドワーフ王にな」
「え……」
「何ぃぃぃ!?」
驚くマルセドニー。イザナミはボンヤリ聞いていた。
マルセドニーは言う。
「つ、つつ、つまり……そのハーフドワーフ、混血人は、ドワーフ王の姪なのか!?」
「そうだ。混血人はこの世界じゃ望まれない種族。ドワーフ王の兄が人間と結婚し、子供まで生まれたなんて漏らすわけにはいかないだろ。だから、ドワーフ王は兄と、クルルの母親を追放したんだ」
「なんと……そんなことが」
「…………わたし」
「すぐに受け入れるのは無理だろうけど、お前に頼みがある」
「あ、は、はい」
海斗は、地図を取り出してクルルに見せる。
「お前たちが作業している、原油の樽詰めをしている場所があるだろ? そこの最深部まで案内して欲しい。どうしても回収しなきゃいけないモノがあるんだ」
「いいですけど……そこ、メチャクチャ臭いですよ。そりゃもう、ハンパなく」
「大丈夫。優秀な『賢者』様が、風魔法で守ってくれるからさ」
マルセドニーは「当然」とばかりに胸を張る。
クルルは頷いた。
「わかりました。じゃあ、あたしが案内します。あ、その前に家に寄っていいですか
いいですか? ……えっと、こっちです」
まだ、海斗の言葉を飲み干せていないのだろう。どこか困惑したように、クルルは歩き出した。
その後ろをマルセドニーが、そして海斗、イザナミが続く。
イザナミは、海斗に言う。
「……一度に、情報を与えすぎではないか? あの子、混乱しているように見える」
「まあ、それが狙いだ。情報過多の状態で頼み事すれば、すんなりと聞いてくれることが多いからな」
「あの子の、両親だが……真実なのか?」
「ああ。どこに住んでいるかも把握してる。救出依頼をされたわけじゃないけど、クルルのことは今でも思ってるらしいことも確認した」
「……なるほど、つまり……デラルテ王国にいるんだな?」
「正解」
事前に、クリスティナに捜索依頼は出してもらっていた。
クルルの両親、ドワーフと人間の女性は、デラルテ王国で小さな鍛冶工房を構えて生活をしている。今では、クルルに妹がいることも確認していた。
「デラルテ王国には、混血人が住む小さな区画もある。そこを探したらすぐ見つかったそうだ」
「……そうか」
(クルルに、妹が誕生している情報もあるけど……さすがにそれはまだ言わなくていいか)
ガストン地底王国での仕事が終わったら、クルルを両親の元へ連れて行くつもりもあった。
今は、毒の効かない貴重な人材として扱われている。だが、それも間もなく終わる。
四人が向かったのは、最下層にある居住区……の、片隅にある小さな家。
「ここ、わたしの住まいです。その……何もないですけど」
「ああ、気にしなくていい。俺たちも、今日中に戻らないといけいないからな」
「え……行っちゃうんですか?」
「ああ。お前を助けに来たのは事実だけど、すぐには助けることができない。まずは、最下層でやるべきことがある……それに、お前にも頼みたいことがあるんだ」
家に入る。
木造りの小さな家だった。小さなテーブル、椅子、粗末なベッドが一つしかない。
地べたに座ると、クルルは申し訳なさそうに言った。
「ご、ごめんなさい。その、お茶でも出せればいいんですけど」
「気にすんなって。それより……改めて、説明させてくれ」
「は、はい」
クルルは、海斗、マルセドニー、イザナミを順番に見て、再び海斗を見た。
「俺は海斗。こっちはマルセドニー、そしてイザナミ。さっきも言ったけど、俺たちはお前を助けて欲しいと、お前の両親に依頼されてきた『冒険者』だ」
もちろん、噓である。
マルセドニー、イザナミも頷く……海斗が視線だけで『俺に任せろ』と言っていた。
余計なことを言わず、この場は海斗に任せる。
「俺たちは、お前を助けるためにデラルテ王国から来た。知ってると思うけど、デラルテ王国の炭鉱夫研修として潜り込んでな」
「なるほど。それで、最下層へ」
「ああ。それと同時に、デラルテ王国の王族からも依頼を受けた。最下層にある地底湖……そこに用事がある」
「地底湖、って……あの真っ黒な『毒の湖』にですか? あそこ、とんでもない臭さですよ」
マルセドニーが嫌そうな顔をするが、海斗は無視。
「まさにそこだ。クルル、案内できるか?」
「ええ、でも……」
「魔獣がいるんだろ」
海斗は、イザナミを見る。
「イザナミ。地底湖には魔獣がいるんだが……討伐できるか?」
「問題ない、と思う」
「よし。じゃあ魔獣はお前に任せた」
「え、え……で、でも、大丈夫なんですか? あの毒の湖の主は、誰にもどうしようもないやつで」
「大丈夫。とにかく、そこに案内してくれ。それが終わったら、お前にも仕事をお願いする」
「……わ、わたしに?」
「ああ」
海斗は頷き、マップを床に広げる。
地下の詳細な地図を指さす……その場所は、どう考えてもおかしかった。
「あ、あの……そ、そこって、魔族の方が住んでいるところ、ですよね」
「ああ、そうだ」
これには、マルセドニーも意見する。
「カイト。そういえばキミ……執政官を倒すって言ったよな。その方法、まだ聞いていないんだが……正直、嫌な予感しかしないぞ」
マルセドニーは、ざまあ三人組の中で一番頭が良く、勘がいい。
海斗が何を考え、企んでいるか、薄々感じているようだ。
海斗はニヤリと笑って言う。
「正確には、魔族の自治区じゃない。クルル、お前に頼みたいことは、魔族の自治区の上にあるモノだ」
「……う、うえ、って、まさか」
クルルは察したのか、顔が青い。
マルセドニーも気付いたのか、驚愕の表情をしている。
「十に執政官序列十一位『楽師』スカピーノの専用ステージ、ドワーフ族の技術の結晶である『トルトニス・グローム・ヴァナヘイム』……クルル、お前はここの構造を知ってるはずだ」
「……い、一応、は。その……『黒の水』を燃料とする魔導装置があるので、そこまで『黒の水』を運び、補充する役目もありますので」
「そう、それが俺たちの狙いだ」
海斗は、地図の上に小石を置く。
「クルル。お前には、『トルトニス・グローム・ヴァナヘイム』に細工をして、装置を起動させた瞬間、爆発して吹っ飛ぶようにしてもらいたい」
「「……え」」
「ステージに立つスカピーノ、そして周囲に集まる魔族を吹き飛ばせば、戦わずしてスカピーノを討伐できる。俺がスカラマシュを倒した方法と同じだ。それともう一つ」
「「…………」」
「『火山抑制装置』……こいつも破壊する。そうすれば、噴火口に設置されている魔族の自治区は、勝手に吹き飛んじまう。綺麗サッパリ、魔族の自治区は消滅するってわけだ」
「「…………」」
マルセドニー、クルルは青い顔をしていた。
あまりにも、邪悪な作戦だった。
つまり……ステージを爆破してスカピーノと魔族の大勢を殺し、火山抑制装置を破壊して火山を活性化、噴火を起こし、魔族の自治区を吹き飛ばすというのだ。
「と、これが俺の作戦だ」
「さ、さすがに、邪悪すぎないか? 正直、ドン引きだぞ……」
「そうか?」
「あ、あの……わたし、さすがに、それは」
「無理か。じゃあ、せめてステージの破壊だけ手伝え。その『黒の水』は燃えるんだろ? ステージの下に大量に仕込んで、一気に燃やす」
「「…………」」
いつの間にか、クルルも「スカピーノ討伐作戦」の仲間入りしていることに、クルル本人も気付いていなかった。
イザナミは。
「…………」
イザナミは、静かに海斗の話を聞いているのだった。





