最下層①/毒の正体
翌日、海斗とマルセドニー、イザナミの三人は最下層へ向かうことにした。
海斗の手には地図がある。それを見ながら言う。
「いいか、知っての通りここは迷宮だ。間違えた道に入ったり、現在位置を見失った時点で詰みだ。俺の言う通りに付いて来いよ」
「ああ、任せる」
「わかった」
海斗は頷き、ハインツ、イザナミに言う。
「ハインツ、お前はしっかり研修を受けろ。俺らがいない理由聞かれたら、体調崩して寝込んでるって言え。ナヴィアは留守番頼むぞ」
「おう、任せとけ」
「はいは~い」
海斗は、ダンバンことヨルハがいたベッドを見る。
すでに、ヨルハには別の指示を出してある。今はもう先に仕事に行ったことになっている。
「よし……じゃあ、行くか。『魔王の骨』を今日中に回収するぞ」
海斗は地図を片手に、マルセドニー、イザナミを連れて歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
海斗は、地図を片手に歩き、骨の猿に松明を持たせ進ませている。
マルセドニーは、なんとも言えない顔で言う。
「今更だが……カイトのスキルは正直、その」
「気持ち悪いか? まあ、同意する。猿とはいえ、歩く骨なんて気持ち悪いよな」
「……私は、そう思わないが」
イザナミは、歩く骨猿の頭に触れて撫でた。気のせいかもしれないが、骨猿は喜んだように尻尾をフリフリする。
もしかしたら、この骨猿は生前はオスだったのかもしれないと、海斗は適当に考えた。
そして、地図にマークをし、ナイフで土壁に穴を開け、鳥の骨の一部を入れる。
「骨のマーキングか。カイトならではのやり方だな」
「ああ。いろいろ検証したけど、デラルテ王国内くらいの広さなら、俺の力を注いだ骨の位置は把握できた。目印として使うにはもってこいだ」
海斗は地図にマークをしながら進み、何度か曲道、分かれ道を進んでいく。
すると、妙に嫌なニオイが三人の鼻を突いた。
マルセドニーは鼻を押さえて言う。
「……最下層が近いのか? この匂い……まさか、毒?」
「かもな。でも、まだ耐えられないほどじゃない。マルセドニー、魔力は温存しておけ」
「フン。わかっている……だが、臭いな」
「……」
イザナミは無言だった。
海斗は、この匂いの正体に心当たりがあった。原作では描写されていないが、この毒をドワーフたちが樽詰めしている理由や、どうするのかを知っていたからだ。
そして、マーキングをしつつ進み、広い通路へ出た。
その通路はこれまでの通路より低く、さらに下り坂になっている。
「う……なんて匂いだ」
「どうやら、この先が最下層のようだな……よし、念のためだ」
海斗は松明を消し、アイテムボックスからランプを取り出した。
ランプを骨猿に持たせ、先に進ませる。
イザナミは、首を傾げた。
「なぜ、松明からランプに? それに、そのランプ……どこから?」
「ガスが可燃性かもしれないからってのと、出どころは気にするな」
「……わかった」
「カイト。そろそろ魔法での防護をするか?」
「ああ、頼む」
マルセドニーは、無詠唱で魔法を発動。
初級魔法『風の膜』を発動させ、海斗と自分の身体を空気の膜で覆う。
「スキル『魔力軽減』の力で、消費魔力が十分の一になった。今のボクの魔力なら、一日はもつ」
「へー、すごいな。さすが『賢者』だ」
「当然だ。ククク」
マルセドニーは胸を張り、誇らしそうに歩き出した。
すると、イザナミがマルセドニーを止める。
「む、なんだ。前も言ったが、お前を守る余力はないぞ」
「……違う」
イザナミは、『隠し刀』で異空間から刀を出す。
「……何か、来る」
「へ?」
「マルセドニー、下がれ」
海斗もナイフを抜く。
マルセドニーは、海斗とイザナミを交互に見て、ズリズリと後ずさりした。
そして、急勾配の坂を、黒い液体のような何かが上って来た。
グロテスクなドロドロだった。思わず、海斗とマルセドニーは顔をしかめる。
だが、イザナミは変わらない。
「───『銀打』」
剣を抜かず、鞘に納めたまま振るう一撃が、ドロドロを弾き飛ばした。
爆散したように散るドロドロ。すると、コロリと何かが転がって来た。
海斗は、ヒビの入った丸い何かを掴んで見る。
「こいつは……『核』だな」
「かく……そうか、魔獣の核、つまりこのドロドロは魔獣……粘液状の魔獣なんて、スライムくらいしか思いつかないぞ」
「恐らく正解だ。こいつは、最下層の環境で変化したスライムだ」
海斗は、アイテムボックスから木の枝を出し、ドロドロを掬う。
そして、嫌そうな顔をしながら眺め、匂いを嗅いだ。
匂いを嗅ぎ、確信する。
「やっぱそうか……この匂い」
「む、どういうことだ?」
「ほれ」
近づいてきたマルセドニーの顔に、木の枝を近づける。
「うげっ、くっさ!? お、おい、いきなり近づけるな!!」
「このニオイ……お前、なんかわかるか?」
「は? む……臭いとしかわからんぞ」
「ああ、こっちの世界じゃメジャーじゃないんだな」
海斗は枝を捨てる。
すると、通路の奥から、ドロドロした黒いスライムが大量に現れた。
イザナミが鞘に収まったままの剣をスッと構える。
マルセドニーも、右の人差し指をドロドロに向けたが、海斗が言う。
「マルセドニー、火属性禁止な」
「え、なぜだ?」
「危険すぎるからだ」
海斗は、ドロドロを見ながら言う。
「あれは原油。液体燃料の原料みたいなもんだ。最下層で樽詰めしているのは、原油ってことになるな」
「「げんゆ?」」
二人にはわからないようだが、海斗は理解していた。
原油。海斗のいた世界では欠かせない、ガソリンや灯油、軽油などの燃料となる元。
この世界では、燃料はあまり重要視されていない。なぜなら魔石というエネルギーが身近にあるからだ。原油も、精製しなければ燃料として使うことは難しいだろう。
海斗はマルセドニーに言う。
「マルセドニー、あれ、凍らせることは?」
「試してみよう。『氷』!!」
氷の矢が飛び、一番近くにいたドロドロに突き刺さる……すると、ドロドロは凍り付いた。
「異世界の原油は凍るんだな……よし、マルセドニーの攻撃は氷だけな」
「む……しかし、凍らせるだけでは倒せない。いずれ溶けるぞ」
「凍ってる間に進めばいい。イザナミも、あんな気持ち悪いドロドロ、叩きたくないだろ」
「……同意する」
イザナミは、ドロドロで汚れた鞘を見て頷いた。
◇◇◇◇◇◇
海斗たちはオイルスライム(海斗が適当に命名)を凍らせ、避けて進んだ。
最下層の通路は横幅、縦幅ともに広く、通路もそこまで複雑ではない。
イザナミは言う。
「……このオイルスライム、至る所にいるな」
オイルスライムは壁を這い、通路を進んでいた。
明確な敵意を向けてくる個体もいれば、全く動かなかったり、ただ這うだけの個体もいた。
マルセドニーは、気持ち悪そうに言う。
「臭いし、ドロドロだ。ボクのような知的で高貴な魔法師が来るような場所じゃないね」
「だったら、また肉体労働に戻るか?」
「そ、それも嫌だ」
通路を進むと、人為的に置かれたツルハシ、壊れた樽、枕木などが積んである空間に出た。
「ここは……最下層、第一採掘所だな。すでに採掘の終わった場所で、今は道具や荷物置きになってるみたいだな」
「カイト」
と、イザナミは木箱の影を指さした。
「誰か倒れているぞ」
「え」
指さした方を見ると……足が見えた。
近づくと、それはまさかの人物だった。
「すう、すぅぅ……」
「寝ている、のか?」
少女だった。
豊満な身体つき、ガスマスクで顔は見えない。茶色い長い髪はお団子にまとめられ、手にはゴツいグローブ、ブーツも大きくかなり重量がありそうだ。
胸当てで押さえてはいるが、寝返りをうつと大きな胸が揺れる。
マルセドニーは興味なさそうに言った。
「生きてはいるな。というか、ドワーフ……ではないな。ドワーフの女性は筋肉質だが、この女はどう見ても人間にしか見えない」
「……まさか、ここで会えるなんてな」
海斗は、自分の幸運に感謝した。
そして、少女の肩を揺すって起こそうとする。
「おい、起きろ。おい」
「むにゃ……ふぁぁぁ。ん~……って!? ねね、寝坊ですか!? ごご、ごめんなさぁぁぁいっ!!」
少女はガバッと置き、海斗に向かって思いきり頭を下げた……が、すぐに「あれ」と首を傾げる。
海斗、マルセドニー、イザナミ。
最下層ではあり得ない、マスクを付けていない、ドワーフではない人間。
「え、だれ……ですか?」
「俺は海斗。こっちはマルセドニー、向こうの女はイザナミだ」
「あ、はいどうも。わたし、クルルです」
ガスマスク少女、クルル。
彼女こそ、海斗が探していたリクトのハーレムメンバー。
スカピーノ攻略に欠かせないジョブ持ち、人間とドワーフのハーフである少女だった。