vs 断罪者イザナミ
イザナミは刀を抜かず、鞘に納めたままカイトに向けた。
「殺しは、しない」
「あっそ」
海斗はナイフを逆手に構え、背中に流れる冷たい汗を感じていた。
イザナミは強い。ハーレムメンバーとして加入した順序は十六番目。ヨルハの一つ前。
原作終盤に加入するハーレムメンバーの強さは、全員が執政官か、執政官の部下レベル。今の海斗では勝てるはずがない。
だが……ここでやらなければ、イザナミは海斗を探るだろう。
言葉だけでは、絶対にあきらめない。イザナミは海斗がドワーフの国で、何をするつもりなのか知りたいと思っている。
「カイト。お前が何かをたくらみ、私を警戒している理由はわからない。が……お前の私を見る目は、警戒だけじゃない、嫌悪……そして、わずかな興味を感じられた」
「…………」
「お前は、何を知っている? そして……何をする? 私は……それが知りたい」
「知ってどうするんだ」
「……わからない。でも……私の目的に合うなら」
仲間に……と、イザナミは海斗に言おうとした。
が、その前に海斗が飛び出し、骨の犬、蛇に命じる。
「イザナミを拘束!!」
骨の蛇が地を這う。
そして、イザナミの脚に絡みつこうとした。
が、イザナミは骨蛇を蹴り、刀で飛び掛かってきた骨犬を叩き落す。
常人では考えられない威力の蹴り、叩き落としに骨が砕け散った。
海斗はすでに接近し、手に持っていた砂をイザナミの顔へ。
「むっ……」
「卑怯なんて言うなよ?」
そのままイザナミの横を通りすぎ、首をロック……絞め落とそうとした。
(長刀。超接近戦、組技で倒すしかない。ナイフを見せて刃物使いと認識させての絞め技だ。このまま落として……)
イザナミの首を全力で絞めた……が、イザナミは落ちるどころか、海斗の腕を掴んで無理やりこじ開けた。その腕力の強さに、海斗は驚愕。そして、思い出す。
「しまっ……」
「なかなか強いが、人間の腕力で私に勝つことはできない」
海斗の腕を掴まれ、そのまま投げられた。
地面を転がり、海斗はすぐに態勢を立て直し、距離を取りつつ骨を投げる。
「『骨命』!!」
無数の『骨の小鳥』がイザナミに殺到する。
だが、イザナミは剣を何度か振るだけで全て叩き落す……が。
「!!」
足に、何かが絡みついていた。
それは、銀色に輝く『骨の蛇』だ。
地面に穴が開いており、骨のモグラが掘った穴を通り、イザナミの足下に蛇が絡みいたようだ。
イザナミは、骨蛇を叩き壊そうとしたが、鞘の一撃で砕けない。
「『骨鋼』……そう簡単に、砕けはしない!!」
海斗は、今出せる数の『骨蛇』を出し、腕、身体、足、首にと『骨鋼』で強化した骨蛇をイザナミの全身に絡みつかせる。
蛇同士がさらに絡み合い、鋼の鎖のようになり、イザナミを拘束した。
「捕獲完了……悪いな」
「……一つ、聞かせてくれ」
イザナミは、この状況でも落ち着いた声だった。
「お前は、悪なのか? この力で……地底王国に、何をもたらす?」
「…………」
海斗は、考えた。
イザナミは間違いなく強い。戦力としてこれ以上ない存在だ。
だが……問題は一つだけある。
「俺は、この国で悪事を働くわけじゃない。俺……いや、俺たちは、お前には言えない目的があって動いてるんだ。お前には関係ない」
「……そうか」
イザナミは、リクトのハーレムメンバーなのだ。
その、怖気のするような人間関係が、海斗にはどうしても受け入れられない。ヨルハのような利用できる者と違い、イザナミは非常に使いにくい存在だった。
関わらないのがベスト。その結論が変わることは決してない。
すると、イザナミから一瞬だけ魔力が吹き上がり、鋼の蛇が吹き飛んだ。
海斗は驚く。そもそも、イザナミは全く本気ではなかったのだ。
「ますます、あなたに興味が湧いた。カイト……私を、お前の目的の駒に加えてくれ」
「……チッ」
海斗は舌打ちをする。
もう、こうなったらイザナミは、海斗にずっと付きまとうだろう。
それこそ、計画に支障が出るかもしれない、と。
海斗は、肩の力を抜き、小さく呟いた。
「…………わかった」
加えるしかなかった。
イザナミを、『魔王の骨回収』と『スカピーノ討伐』の仲間として。
「感謝する。では……いろいろ、話を聞かせてもらおうか」
刀を異空間に収納し、イザナミは歩き出した。
海斗は、無言でその後ろに続き、口を小さく動かす。
(先に戻れ)
三本の剣を組み合わせた巨大手裏剣を手にしていたヨルハは、天井にへばりついたまま無言で頷き、その場を後にした。
◇◇◇◇◇◇
一時間後。
部屋にいたハインツ、マルセドニー、ナヴィアに、イザナミが仲間になったことを説明。
イザナミにも、海斗たちのことを説明する。
「……つまり、お前たちはデラルテ王国の執政官、そして虫人の国の執政官を倒した……そして、地底王国に来たのは、『魔王の骨』を回収し、執政官スカピーノを討伐するため……か」
「ああ、そうだ。こっちはもうやるべきことは決まっている。だから、異物であるお前を関わらせたくなかったんだよ」
海斗が言うと、マルセドニーが挙手。
「カイト。この女が仲間になる、ということは……地下へ行くのはどうする?」
「そこは変わらない。俺、お前だけでいい。イザナミ……俺とマルセドニーは、最下層に『魔王の骨』を回収に行く」
「私も同行する」
「……なんとなく言うと思った」
「待て。イザナミと言ったか……最下層は毒の空気に満たされている。ボクの魔法で防御しながら進む予定だが、天才のボクでも、一度に守れるのは二人だけだ。お前は守れないぞ」
「心配いらない。私に毒は通じない」
「はあ?」
何言ってんだこいつ……と言いたそうなマルセドニー。
ハインツ、ナヴィアも首を傾げる。だが海斗が言う。
「そういやお前、人間と鬼人、竜人のミックスだったな」
「何故、知っている?」
「俺は予知能力がある。悪いけど、お前の過去も能力も全部知ってるんだ」
「……なるほどな。それが、私を警戒していた理由か」
「……まあ、な」
最大の理由は、海斗が最も嫌悪するリクトのハーレムメンバーだから、とは言わない。
すると、ハインツが言う。
「なあ、混血人……ってのはわかったけどよ、結局はどういう存在なんだ? 疎まれてるってのと、嫌悪すべき対象ってのは、ガキの頃から言われてたけどよ」
「ボクは……一般的に、同種、同族同士の婚礼が推奨されているが、混血人は異なる種族同士で婚姻し、子を設けると聞いた。それは恥ずべき行為であり、摂理に違反していると」
「あたしも、混血人には近づくなって言われたな~」
三人は間違っていない。
この世界では、同種同族婚姻が当たり前、常識なのだ。
それに反した存在が混血人。このライトノベルの世界では『あり得ない』と言われ嫌われている。
イザナミは言う。
「私は、人間の父、竜人の母が交配した結果誕生し、母の胎内で成長する前に鬼人の母の腹に移されて成長し、生まれた混血人だ」
「「「…………」」」
三人は、愕然としていた。
そんな出産、聞いたこともないといった表情だ。
海斗は知っていたので驚きはしない……が、そんな出産は異世界でしかありえないなと思っていた。
海斗は言う。
「混血人は、忌み嫌われる……だから、理不尽な扱いや迫害を何度も受けた。十二領地の中でも混血人の領地は一番小さいんだっけか」
「ああ、そうだ」
「で……理不尽な迫害を受けて、混血人のお偉いさんは復讐を決意した。人間に宿るジョブを持ち、混血人の弱点である短命を克服するために竜人を番とし、強靭な肉体を持たせるため、鬼人の腹で育て産ませる……そうして生まれたのが、イザナミだ」
ハインツは驚き、マルセドニーは嫌悪、ナヴィアは恐怖していた。
これが当たり前の感想。イザナミも察していたのか、何も言わない。
「こうして生まれたイザナミは、混血人の領地を出て、魔族を狩る生活を始めた……そうだよな」
「ああ。『悪童』の領地……混血人の領地にいた魔族を殺し領地を出て、小人族の領地にいた魔族を殺し、虫人の国を支配していた魔族と戦い始めたとき、『鷲鼻』が現れた……恐ろしい強さだった。負傷さえなければ、核を破壊できたかもしれない」
「ま、マジかよ……おま、あのバケモノと戦ったのかよ」
「ああ。驚いたのは私もだ……まさか、お前たちがあの『鷲鼻』を討伐していたとはな」
「けけけ、まあな!!」
鼻高々のハインツだった。
海斗は言う。
「で、俺らがプルチネッラを討伐したから、虫人の国は解放されて、お前も国を出ることができたんだな」
「ああ……『魔王の骨』がどうこう言っているのを聞いたから、デラルテ王国に向かい、その骨を探してみようと思った。魔族が大事にしている物なら、魔族との戦いで利用できるかもしれないと思ってな。だが、『鷲鼻』が討伐されたと聞いた。町で聞き込みをしても『魔王の骨』なんて誰も知らない……だから、たまたま近くで見た地底王国の馬車に乗り、ここに来たというわけだ」
「……お前、町で聞き込みなんてしてたのか」
海斗は呆れる。イザナミは首を傾げていた。
マルセドニーは挙手。
「ともかく。彼女はこちらの仲間になり、『魔王の骨』と執政官討伐に協力する、ということだな?」
「ああ。一人で動くよりも、お前たちの力になる方が、魔族を滅ぼせるだろう……私の存在意義を証明するために、力を貸す」
「……あのさ、イザナミ。あんた……魔族を滅ぼすためにだけに戦ってるの?」
ナヴィアが言うと、イザナミは頷く。
「そうだ。それが、私の生まれた意味だからな」
「……ふーん。なんかつまんない」
「どういうことだ?」
「魔族はたしかにいない方がいいけどさ。それを滅ぼすためだけに生きるのも、なんか違う気がするってだけだし。もーいい、とにかく仲間になったってことで!!」
ナヴィアはベッドにもぐりこんだ。
ハインツも欠伸をし、「オレも寝るわ」とベッドへ。マルセドニーも「おやすみ」と寝てしまい、残されたのは海斗、イザナミだけ。
「つまらない……どういう意味だろうか?」
「さあな。とにかくお前は、俺たちに協力してくれるだけでいい」
「……わかった。では、明日からも頼む」
イザナミもベッドへ入った。
海斗もベッドに入り、欠伸をして思う。
(イザナミが生きる理由は、魔族を滅ぼすため。そのために生み出された存在だから、戦うことだけが生き甲斐……でも、リクトがそれは違うって指摘して、イザナミは感情らしい心を手に入れるんだよな。でも……俺はそんなことしない。あいつが生きる理由なんてどうでもいい。その力を振るうことだけしてくれたら、あとは好きにしていい)
余計なことを吹き込んで懐かれるのも迷惑。
リクトのハーレムメンバーに対して、海斗はどこか冷たいのだった。





