ドワーフの国・ガストン地底王国④/地図
初日の作業が終わり、海斗たちは宿舎に戻って来た。
部屋に入るなり、いい香りがした。
「おつ~」
「……お疲れ様。食事の用意はできている」
テーブルには、簡素な食事が並んでいた。
焼いた肉野菜を挟んだサンドイッチ、スープ、カットした果物と、シンプルながらも出来は悪くない。
すると、マルセドニーを背負っていたハインツが言う。
「ほー、美味そうじゃねえか。なあ、酒はねえのか?」
「探したけどなかった~、ってかあんた、自分で持ってきてるでしょ」
「まあな。でもよ、ドワーフの酒とか飲んでみたいぜ」
「ふーん。ってか、そいつどうしたの?」
ナヴィアが指差したのは、息も絶え絶えなマルセドニー。
ハインツは、マルセドニーをベッドに放り投げて言う。
「疲れて歩けねえっていうから担いできた。ケケケ、カードでの負け分が運賃だぜ」
「負け分。あ、そうだ……ねえねえマルセドニー、疲れ癒してあげよっか? 実は『回復』のスキルを覚えてさ、体力の回復もできるようになったのよ。んふふ、負け分で回復してあげる」
「た、の、む……くそぉ」
嫌らしい顔をするハインツ、ナヴィア。
マルセドニーを回復してやると、マルセドニーは憎々しい顔をする。
「おいナヴィア、これからオレがマルセドニーを運んで、お前が回復するって流れになりそうだなあ?」
「そうねえ。くひひ、いくら絞れるかねえ? 運賃、回復賃、金にがめついマルセドニーからもらい続けるのめちゃくちゃ楽しそう」
「同感だぜ。ケケケ」
「ギギギ……くそおおおお」
相変わらずな三人だった。
海斗、ダンバンことヨルハ、イザナミは席に座って食事を開始。
海斗は、サンドイッチを食べ、思わずつぶやいた。
「……美味いな」
味加減が絶妙だった。
汗を多く流し、塩分が足りていなかったが、肉野菜炒めの塩加減がよく、食事が進む。
イザナミは、海斗をジッと見ながら言う。
「口に合ったようで何よりだ。あなたも同じ意見だろうか?」
「……ああ、うまい」
ダンバンも頷き、モグモグとサンドイッチを食べる。
そして、ようやくざまあ三人組もテーブルに着いて食べ始める。
「あ~、初日からコレとはなあ。マルセドニーの貧弱っぷりには爆笑できるけどよ、炭鉱夫ってマジ大変だよな」
「……悔しいが否定できん。でも、貧弱って言うな」
「あはは。あたしらはけっこう楽かもね。部屋の掃除して、ご飯作って、あとは温泉でのんびりしてたし。食材とか運搬してきたドワーフの人たちと世間話もしちゃったよ」
ピクリと、海斗が反応した。
食材の運搬……つまり、どこかで仕入れた食材をここに運ぶドワーフがいる。そいつらの後を付ければ、ドワーフの住処まで行けるかもしれない。
現在、洞窟内を調べている骨動物と、モーガンの後を付けている骨動物がいる。
キャパシティ的に、あと数体は小型の骨動物を使役できる。
(……一匹、ここに残しておくか)
食事を終え、海斗たち男性陣は『温泉』へ向かった。
宿舎の裏にある、大きなため池のようなところだ。仕切りも目隠しもない、ただの池に見えるが、硫黄の香りが凄まじい。
温泉……普通なら喜ぶが、海斗は違った。
(温泉……入れるのか、これ? こういうのって普通、泉質とかの調査が必要なんじゃ……でも、異世界でそんなことするとは思わんし……)
「おいカイト、入ろうぜ」
「……まあ、いいか」
適当なところで服を脱ぎ、岩の上に着替えなどを置いた。
男三人で並んで温泉を満喫……やや熱めの湯だが、疲れた身体に沁みるような心地よさだった。
しばし、温泉を楽しんでいると、一緒に炭鉱に来た別グループも入って来た。
「おっほ、おいおい見ろよカイト」
「ん? って……」
なんと、別グル-プの男が、商売女も一緒に風呂に連れてきた。
しかも一人二人じゃない。女は気にしないのか、普通に脱いでいる。
海斗は目を逸らしたが、ハインツはニヤニヤしていた。
「ケケケ、こりゃいいね。なあカイト」
「…………俺、出るわ」
「おいおいおい、ったく……ガキかお前。子供じゃあるまいし、なにビビッてんだよ」
「ビビッてない。とにかく、汚れは落ちたし、もういいだろ。マルセドニー、お前は?」
「ボクも出る。ここにいると寝てしまいそうだ……」
マルセドニーは、女に全く興味がないのか、普通に上がって身体を拭く。
海斗も同じように身体を拭き、着替え、女の方を見ないように出て行った。
部屋に戻ると、ナヴィアとイザナミがお喋りしていた。
「あ、戻って来た……あれ、ハインツは?」
「商売女が風呂に入って来てな、興奮していたから置いてきた」
「クッソ最低~……で、あんたらは戻って来たんだ」
「ボクは最初から興味なんてない。というか……ものすごく、ねむい」
マルセドニーはフラフラとベッドに倒れ込むと、そのまま寝てしまった。
海斗も眠かった。満腹になり、短い時間とはいえ温泉で身体を温めたのだ。疲労もあり、眠気が凄まじいことになっている。
すると、ダンバンが部屋に入って来た。どこかに行っていたようだ。
「……風呂に行く」
「いってらっしゃ~い。ね、あたしらはどうする?」
「……皆が上がったら、一緒に行こう」
「おっけ。ふあぁぁ、お世話係も楽じゃないわ~」
海斗はベッドに横になり、大きな欠伸をすると、毛布にくるまった。
そして、ポツリとつぶやく。
「『視覚共有』」
◇◇◇◇◇◇
現在、活動中の『骨動物』は七体。
海斗が迷宮調査に放った六体、モーガンの尾行に放った一体だ。
まず、モーガンの尾行をさせている『蛇』にチャンネルをつなぐ。
『ぎゃはははは!! いやあ、酒が美味いな』
『おうおう。モーガンよお、研修に来てる人間どもはどうだ?』
『まあ、普通だな。ハインツとかいう男はなかなか鍛えてるが、他はまあ普通だな』
蛇は、建物の外で話を聞いているようだ。
蛇の視界をチェックすると、どうやら海斗たちのいる宿舎と同じような建物だ。
そして、天井……海斗は見た。
(チッ……)
薄紫色のコウモリが、何匹もぶら下がっていた。
スカピーノの使役するコウモリで間違いない。だが、ここが見張りの対象になっていることは収穫であった。
炭鉱内の、ドワーフ宿舎。
(恐らく、ここに炭鉱の地図がある)
海斗は、蛇を地中に潜り込ませて隠し、別の骨動物にチャンネルを切り替える。
いくつかは、地上をコソコソ歩いていたり、壁を這いながら歩いていた。
薄暗い通路なので正確な位置はわからないが、海斗はその『存在』を感じていた。自分たちの宿舎からそう遠くはない。
そして、最後の一匹の骨ネズミにチャンネルを切り替えた時だった。
(……!?)
妙なガスが発生しているような、薄ぼんやりした空間だった。
そして、マスクを付けた、やせ細ったドワーフたちが樽のようなものを運んでいる。
(まさか……おいおいおい、見つけちまったぞ)
ネズミの前を、一人の少女が通り過ぎた。
十六歳ほどだろうか、豊満な身体付きをしている。
タンクトップに胸当てをして大きな胸を押さえ、両手には籠手のようなグローブ、短パンに膝上まであるゴツいブーツを履いている。
身長は高くない。長い茶色の髪は、二つのお団子にまとめられていた。
顔は見えない。ガスマスクを着けている。だが、海斗は確信していた。
(ハーレムメンバーの一人、ハーフドワーフのクルル……間違いない)
ネズミは、一匹だけ偶然にも最下層へ向かってしまったようだ。
そこで、犯罪者のドワーフたちが、クルルと一緒に作業をしている。
樽に何かを詰め、運んでいるのだ。
『おいクルル!! ボケっとしてんじゃねえ!!』
『ご、ごめんなさい』
クルルは、最下層の中でも一番の格下だ。
人間、ドワーフの混血というだけで忌み嫌われている……だが、文句の一つもなく、樽を担いで運んでいる。
その様子を見ながら、海斗は思う。
(スカピーノ攻略の鍵……まずは、こいつを……本当に不本意だけど、一時的に仲間にしないとな)
海斗はチャンネルを閉じ、目を閉じるのだった。