ドワーフの国・ガストン地底王国③/炭鉱での仕事
翌日、海斗、ハインツ、マルセドニー、ヨルハことダンバンは、汚れてもいい格好に着替え、ツルハシを片手に宿舎を出た。
ナヴィア、イザナミは部屋の掃除やら食事の支度、洗濯などの雑務を行う。
名目的には、海斗たちは『デラルテ王国領地から炭鉱夫としての仕事を学ぶために来た』、言わば留学生みたいなものである。
宿舎の前には、筋骨隆々、髭もじゃ、坊主頭のドワーフが立っていた。
「おーし来たか。今日から、おめーらに炭鉱夫のイロハを叩きこむ、ドワーフのモーガンだ。教えることは教えるが、学がねぇモンだから言葉じゃなく身体で覚えてもらう!! じゃあ、付いてこい!!」
モーガンが歩き出すと、海斗たちも後を追う。
海斗は、ちらりと男たちを見た。
人数は三十名ほど。ほぼ全員が人間の男で、筋骨隆々なのもいれば、普通の体格の男もいるし、やせ細った男、ぽっちゃり系と様々だ。
海斗は思う。
(ガストン地底王国で起こるイベントは大体把握してるけど、それはメインストーリー……執政官との戦いや、ハーレムメンバーが関わるイベントだ。こういう、面白さの欠片もない、描写されてない日常では何が起きるか……とりあえず、仕事しつつクルルとの接触を待つしかない)
モーガンに付いて行く。
先頭は海斗、ハインツ、マルセドニー。海斗はせっかくなのでモーガンに質問してみた。
「あの、モーガンさん……でいいですか?」
「ん、なんだ?」
「この炭鉱、迷路みたいですけど……宿舎まで帰れますか? その、不安で」
後ろを振り返りながら言うと、モーガンは笑った。
「がっはっは!! 安心しな、ドワーフは全員、ここの道を覚えてる。ワシは八十年生きてるが、迷子になって死んだドワーフなんざいねぇよ。まあ、脱走した人間が骨になって見つかったことは何度かあるけどな」
「そ、そうですか」
「まあ、念のための地図もある。おっと、そいつはオレらんとこの宿舎にしかねえから見せられねえ。一応、ボルカニカ火山の全域が書かれてる地図だからな。部外者には見せられねえよ」
「なるほど。ここ、そんなに広いんですね」
「おうよ。そうだな……目的地までまだあるし、軽く説明してやる」
モーガンはツルハシ片手に語り出す。
「まずここ、ここは『コールマイン炭鉱』だ。まあ、お前さんたちみたいな人間に炭鉱夫としての研修をさせる『下層』の位置にある炭鉱だ」
「下層……」
「ああ。下層、中層、上層、最上層。んで下層のさらに下に最下層がある。ああ、最下層には近づくな、というか近付けねえ……あそこには『毒の泉』があってな、そこで作業できるのは、特別なヤツだけだ」
「特別?」
「……犯罪者、さ」
モーガンはニヤリと笑う。
ハインツ、マルセドニーが顔を見合わせた。
「ドワーフにも、犯罪者いるのか?」
「ああ。中層、上層の原石採掘所で盗みやる馬鹿とか、上層にいる魔族に逆らった馬鹿だな。そいつらは全員、最下層に送られて毒に侵されながら仕事してる。まあ、最下層にも資源はあるからな」
「なるほどね。最下層……犯罪者の仕事場、というわけか」
マルセドニーは、重たいのか何度もツルハシの持ち方を変えながら言う。早くも滝のような汗を流している。
モーガンは言う。
「そんなところだ。それと、最上層……ここには、ドワーフの英知の結晶、そして執政官様の……ああ、喋りすぎだな」
言わずとも、海斗は知っている。
(スカピーノのステージがある最上層、そして魔族の自治区、そして……『火山抑制装置』があるんだな)
いずれ、向かうことは確実だ。
モーガンの話す内容は、海斗の知識と合わせても間違っていない。
そして最下層……『毒の泉』の話も、海斗の思った通りだった。
(まず、ボルカニカ火山の地図を手に入れて、最下層へ向かう……そして)
「最下層。毒の泉か……どのような資源があるんだ?」
思案する海斗の隣にいたマルセドニーがモーガンに聞く。
「ああ。『火の水』っていう毒を、樽詰めしてんのさ。魔族がそいつを欲しがるんだよ」
「んだそりゃ? 火の水? あー、これアレだろマルセドニー、『ムジュン』ってやつだ!!」
ハインツがニヤニヤしながら、誇らしげに言う。
モーガンはゲラゲラ笑い、マルセドニーはくだらなそうにしていた。
海斗は、その話を聞き、ピクリと眉を動かすのだった。
◇◇◇◇◇◇
数十分後、作業場に到着した。
広い空間だった。トロッコがあり、いくつもの木箱があり、スコップや予備のツルハシ、周囲にはランプがいくつもあり明るい。
モーガンが言う。
「いいか!! ここが作業場だ。やることは簡単だ、近くの壁に貼りついて、とにかくツルハシを振って振って振りまくって、壁をブチ壊せ!! 黒い石が出たら、そいつが石炭だ!!」
モーガンは、近くの壁に向かってツルハシを振り下ろすと、壁が爆発したように砕け散る。
そして、黒い石を手に取り、全員に見せた。
「こいつが石炭だ。何度か掘れば、どの壁に石炭が埋まっているのか感覚でわかるようになる。それまでは掘って掘って掘りまくれ!! おめーらが炭鉱夫に相応しい眼力を身につけるまで、研修は続くからな!! 作業開始!!」
さっそく、仕事が始まった。
ハインツは楽しそうに近くの壁へ。マルセドニーは嫌そうな顔で。海斗もとりあえず仕事をするために近くの壁へ。
そして、海斗は試すことにした。
「『骨傀儡』」
骨の操作……操作するのは自分。
自分の骨を操作し、ツルハシを振り上げ、壁を掘る。
身体が、脳内で思った通りに動いた……が。
「……身体は勝手に動くけど、筋肉の疲労は変わらないな。でも、自分の意思で動かすよりは楽かもしれない……な!!」
ガキン!! と、壁が崩れ、黒い石がゴロゴロ落ちてきた。
それらを、近くの木箱に入れる。
マルセドニーを見て見ると。
「ぜぇ、ぜえ、ぜひゅぅ……うぇぇ」
息も絶え絶えだった。
薄手のシャツなので、筋肉が付いていないのがまるわかりだった。頭脳派なので仕方ないとは言えるが、炭鉱夫の仕事はあまりにも過酷だった。
だが、ハインツは。
「よっ、ほっ、ほいさっ」
ガキンガキンガキンと、壁を掘りまくっていた。
プルチネッラ戦の時よりも筋肉が付いており、たゆまぬ鍛錬の証だった。
もう、ざまあキャラではない。ジョブに目覚め、自分のなすべきことをやるための戦士がいた。
まだ女にはだらしないところはあるが、充分に許容範囲内だ。
「おいおいガリ勉くん、もうギブかあ?」
「うる、さ……い、ぼ、くは……こういう、の、むり……」
へっぴり腰で、フラフラしながらツルハシを振るマルセドニー……もしかしたら、明日は一歩も動けない可能性があった。
だが、海斗は無視。ひたすら壁を掘り続け、海斗の身体がすっぽり入り、外からは見えないくらい掘り進み……つるはしを置いて休憩。
する、フリをして片目を閉じた。
「『視覚共有』」
昨日、放った骨動物とチャンネルを繋ぐ。
コウモリに見つからないようにと命令したおかげか、全ての骨動物は無事だった。
だが、まだドワーフのアジトを見つけた動物はいない。
「……やっぱり、そう簡単にはいかないか。よし」
海斗は、アイテムボックスから、蛇の骨を取り出した。
骨は、真っ黒に塗装してあるので、薄暗い炭鉱内では見つかりにくい。
「モーガンさんに見つからないよう、尾行するように」
蛇は、音を立てず地を張って消えた。
あとは、待つだけだ。
「……さて、早めに頼むぞ。この火山の地図を見つけないと、先に進めないからな」
海斗はツルハシを構え、壁に向かって振り下ろした。