イザナミ
馬車が動き出した。
これから十日ほどかけて、ガストン地底王国へ向かう。
馬車の揺れはひどい。荷台には三十人ほどの男、十人ほどの女が乗っているが、誰も文句を言わない。
乗っているのは全員が人間。暗い顔をしている者もいれば、静かに馬車の壁に寄りかかって目を閉じている者もいる。
女は全員、男の傍にいた……恋人なのか、家族なのか。男を支えるつもりで一緒に来たのか、話をしていないのでわからない。
そんな中、ハインツ、マルセドニー、ナヴィアはコソコソ話をしていた。
「身体満点、愛想は零点だな。根暗って言葉がぴったりな女だぜ」
「アンタ最低~……まあ、胸はデカいわね。ぐぬぬ~……あたしよりデカいかも」
「くだらないね。そもそも、彼女はボクらには関係ない。話をするだけ時間の無駄だ。なあ、カイト……おい、カイト?」
「……ちょっと黙ってくれ。『時系列』の整理してるんだ」
「「「……???」」」
海斗は、頭を押さえて考えていた。
イザナミ。リクトのハーレムメンバーだが、最後までリクトのことを『好き』だの『愛している』だの言ったことはない。
そもそも、仲間になるのは終盤……イザナミは混血人でありながら、その特殊な出自、ジョブの力で、執政官プルチネッラに一人立ち向かい……。
「……!!」
海斗は察し、イザナミを見た。
イザナミも、海斗を見ていたのか首を傾げる。
「……私に言いたいことがあるんだろう? 遠慮しなくていい、何でも話そう」
「……あんた、どこから来た?」
「虫人の国。鷲鼻の魔族に捕まっていた」
(やっぱりそうか……!!)
イザナミが盾突いた魔族は、プルチネッラだ。
プルチネッラと一人で戦い、その『核』を僅かに傷付けるほどの実力者だ。プルチネッラはネヴァンと同等の手術を施し、魔族の心臓を植え付けようとするのだが、リクトと戦い敗北……その隙にイザナミは逃げ出し、別のところでリクトと出会うのだ。
(つまり、プルチネッラが死んだから、虫人のところから逃げてきたんだ。そして、デラルテ王国に来た……でも、なんで『魔王の骨』のことを)
海斗はイザナミをジッと見ると、ハインツが言う。
「ほうほう。お前、こういうのがタイプか」
「うるさい。今、大事なこと考えてんだ。黙ってろ」
「へいへい。おいマルセドニー、カードやろうぜ」
「構わないが、キミ、ボクの相手になるのか?」
「へ、おもしれえ」
うるさいハインツがいなくなり、海斗はイザナミの隣に移動した。
「さっき言った骨……って、なんの話だ?」
海斗は、なるべく興味を持っていないような喋り方をした。
イザナミはチラッと海斗を見て言う。
「あの魔族が泣いていた。魔王の骨、偉大なるお方の物……そう言いながら、デラルテ王国に行くと言っているのを聞いた。だから、先回りして見つけてやろうと思った……でも、あの鷲鼻の魔族が、死んだ」
「……ああ、デラルテ王国の英雄たちが倒したみたいだな」
「うん。もっと情報が欲しかったけど、ここは平和すぎて誰も魔族の話をしない……それに、骨というからには、一部だけじゃない、絶対に他の部位もある。だから、ドワーフの国で探そうって思った」
「…………」
何とも言えない理由だった。
海斗は、イザナミがどういう女で、なぜ魔族を倒そうとしているのかを知っている。
確認の意味を込めて聞いてみた。
「お前、なんで魔族に逆らおうとする?」
「倒すべき『悪』だから……私は、忌み子だから。本当は死ぬべきだった。でも、どうせ死ぬなら、この忌まわしき力を使って、平和な世界にしたい……それが」
(母親との約束、か)
「母さんとの、約束」
イザナミは、混血人の中でも特殊な出自だ。
人間と竜人の間にできた子供で、胎児の状態で鬼人の女性の腹に埋め込まれ生まれた。
人間のジョブを持ち、竜人、鬼人の特性を持つ、混血人の中でも最強の力を持っている。
なぜ、そんな生まれ方をしたのか?
(……混血人の恨みによって生まれた、悲しい女、か)
混血人は、十二種族の中でも忌み嫌われている。
この世界では、種族同士の婚礼が当たり前だ。他種族同士での交配は嫌悪されている……その理由は海斗にはわからないが、混血人たちは嫌われているという事実は間違いなくあった。
だが……混血人は、強いのだ。
異なる種族の血が混じった子は、生まれながらに強大な力を持つ。だが、短命であり、寿命は三十年と持たない。
(だからこそ、イザナミが作られた。人間のジョブが宿ることを期待し、長寿の竜人との間に子をもうけ、鬼人の強靭さを得るために胎児の状態で腹に埋め込まれた)
そして生まれたのが、イザナミ。
強靭な身体、強力なジョブを持つ混血人の戦士。
長く虐げられてきた十二種族に恨みを晴らし、魔族を屠り自由を得るために生み出された、兵器。
力の代償に感情の一部が欠落し、痛みを感じない欠陥があるが、特に問題はない。
(原作では……リクトに愛を教わるために、ハーレムに加わるんだよな。最終決戦でも、四強の一人として剣を振るった……)
「……まだ、気になることが?」
「あ、ああ……いや」
海斗はイザナミから目を逸らす。
(ともかく、プルチネッラを倒したことで、ストーリーが歪み始めている。まさか、イザナミがここにいて、ドワーフの国に向かっているなんて……しかも断片的な情報だけで『魔王の骨』を手に入れようとしている。くそ……どうする)
仲間にすべきか、否か。
そもそも海斗の中に、リクトに関わるハーレムメンバーを仲間にする選択肢は存在しない。
ヨルハですらギャンブルのようなものだ。もし、リクトに関わった瞬間、切り捨てるつもりであった。
イザナミ……戦力としては、間違いなく最上級。
恐らく、まともに戦えばハインツ、マルセドニー、ナヴィアの三人がかりでは相手にならない。
(スカピーノ戦。こいつがいれば、楽になるかもしれない……どうする)
ストーリー通り進め、クルルを仲間にしてスカピーノ戦を攻略し、魔王の骨を手に入れるか。
それか、本来はいるはずのないイザナミを仲間にして戦力を増強し、クルルを含めた六人でスカピーノと戦うか。
(……さて、どうしたもんかね)
「…………あなたの視線、どうも気になる。私のことがそんなに気になるのか?」
「あ、いや……」
海斗はイザナミをチラチラ見ていることを気付かれ、慌てて目を逸らすのだった。