ドワーフの国へ
海斗は、町に出てヨルハのいる宿へ向かった。
宿の受付に向かうと、腰の曲がった老婆が出迎える。
「おやおや、来てくれたんだねえ。ささ、お茶にしようねえ」
「ああ。婆ちゃん、そんな急がなくても時間はあるから大丈夫だって」
王都に来た祖母、そして孫。
誰が見ても、そんな光景にしか見えない。
だが、海斗と老婆が部屋に入ると、老婆の身体からドロドロした魔力のカスが流れ落ち、忍び装束を着たヨルハがニッコリほほ笑んだ。
「主。ようこそ」
「ああ。不自由は……してなさそうだな」
部屋を見ると、菓子の袋、骨付き肉の骨がゴミ箱にあった。
ヨルハは嬉しいのか、ニコニコしながら言う。
「いやあ、王都の食事は美味しいですね。拙者、箸が止まらないという意味がよくわかりました!!」
「そりゃよかった。さて……仕事の話だ」
すると、一瞬でヨルハの雰囲気が変わった。
アサシン。冷徹な殺戮者の目。仮に『宿屋にいる連中を皆殺しにしろ』と言えば、五分とかからずに実行するだろう。
海斗は背筋に汗を流しつつ、椅子に座って言う。
「これから俺たちは、ドワーフの国に向かう。ヨルハ……お前も、炭鉱夫に化けて俺たちに同行しろ」
「炭鉱夫。ドワーフの国……ふむ、わかりました。炭鉱夫……」
ピンとこないのか、ヨルハは考え込む。
海斗は部屋の窓を開け、周りを見て……一人の男を指差した。
「あそこにいる男、見えるか? ガタイのいい、冒険者風の男だ」
ヨルハは、ハインツと同じくらいの身長で、スキンヘッドの男を指差す。
「あいつの姿を借りるんだ。服装は……あそこに座ってる男のシャツ、ズボンで」
「ふむふむ。なるほどなるほど……ではさっそく」
ヨルハは忍術のような印を結ぶ。
「『ドロン変化』!!」
すると、魔力がヨルハの身体から吹き出し、肉のように変わっていく。
ジョブ能力『傾奇者』の力……視認した人間の肉を魔力で作り、被る技。性別はもちろん、体格や筋力などもコピー可能。
海斗の目の前には、筋骨隆々なスキンヘッドの男、ランニングシャツに作業ズボン、ブーツの男が現れた。
「どうでしょう? 炭鉱夫に見えますか?」
「ああ、驚くくらい炭鉱夫だよ……」
声だけがヨルハだった。
少し気持ち悪いので、海斗は言う。
「声、男の声にしろ。低い声でな」
「わかりました。あ、あ……ウォホン、こんな感じですか?」
「それでいい。よし、その状態を覚えておけよ」
「わかりました。記憶しておきます」
すると、ヨルハの姿に戻った。
変装に関して……変装と呼んでいいのかは不明……ヨルハの右に出る者はいない。
海斗はヨルハに座るように言う。
「ドワーフの国での目的を説明しておく。いいか、お前はあくまで俺たちとは『同業者』だ。ハインツたちはもちろん、俺にも初対面のように接しろ」
「わかりました」
海斗は、ドワーフの国でやるべきことを説明する。
ヨルハはウンウン聞き、納得したのか首をブンブン振った。
「なるほどなるほど……つまり主は、『魔王の骨』というもののけの骨を回収し、凶悪な魔族のボスを仕留めようというのですね!!」
「あ、ああ……まあそうだけど」
「で、拙者の役目は!!」
「お前は保険だ。炭鉱夫として仕事しながら、もしもの場合の時、俺が指示を出す」
「もしもの時?」
「例えば……ハインツたちが使えなくなった場合とか。最悪の場合を想定した時は、お前の出番だ」
「なるほど……」
「……なあ。炭鉱夫だけど、大丈夫か? その……お前は女だし、いくら被り物をしてるからって、ずっと力仕事とかは」
「問題ありません。『被り物』は魔力の肉なので、外見通りの力は出せますし、内部の拙者は特に疲労しませんので」
「そっか……よし。じゃあ、お前の装備一式、着替えとか必要なモンを俺がアイテムボックスに保管する」
「いえ、必要ありません。『炭鉱夫』なら体内に隠せるので」
「わかった。じゃあ明日、炭鉱夫の乗合馬車まで」
そう言って海斗が立ち上がると、ヨルハは「あ!!」とデカい声を出した。
驚いて振り返ると、ヨルハは申し訳ないのか、やや言いにくそうに言う。
「あ、あの……主」
「なんだ、忘れ物か?」
「いえ……その、お菓子、少し預かってもらっていいですか?」
「…………」
アイテムボックスに、ヨルハの菓子を入れ、海斗は宿から出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
海斗、ハインツ、ナヴィア、マルセドニーの三人は、王城を出て城下町へ向かい、乗合馬車の集まる広場へと向かった。
海斗たち三人はラフな作業服で、ナヴィアは平民の少女がするような格好だ。
ハインツ、マルセドニーは諦めたのか文句はないが、ナヴィアが我慢できないのか言う。
「マジ最っ悪……なにこの服。ヨレヨレだし、薄いし、引っ張ったら破れそう……」
長い髪もお団子にまとめ、三角巾を巻いていた。
海斗は言う。
「文句言うな。今はともかく、戦闘が始まる前には着替えの時間くらいある」
「うええ~……」
「へ、似合ってるぜ、平民のお嬢さん」
ハインツが馬鹿にしたように言うと、ナヴィアはハインツの足を踏みつけた。
痛がるハインツを無視し、マルセドニーは海斗に言う。
「……馬車どこだい?」
「あれだ」
「……あ、頭が痛くなりそうだ」
海斗が指差した先にあったのは、馬五頭で引く巨大な貨物馬車だ。
作業員らしき男が『炭鉱行き』と書かれた札を持っており、周りには多くの男たち、少数の女たちが集まっていた。
海斗は気付いた。男たちの中に、腕組みしたスキンヘッドの男……ヨルハがいる。
一瞬だけ海斗を一瞥し、すぐに視線を逸らす。
「ねえカイト。まさかのまさかだけどさぁ」
「男女別なんてないぞ。諦めろ」
「うげえええ……くっさい男と、ガストン地底王国まで一緒なの? マジでぇ~……」
「うるさい。いいか、何度も言ったが、ジョブ能力者って悟られんなよ。オレらは、デラルテ王国の炭鉱夫見習いで、炭鉱夫としての勉強をするためにガストン地底王国に研修へ行くだけだ」
「へいへい。オレとナヴィアは兄妹設定で、マルセドニーとカイトはオレの友人ってことだよな」
「ああ。そっちのが自然でいい。ナヴィア、いいな」
「は~い。んふふ、よろしくね、お兄ちゃん!!」
「キモッ……怖気するわ」
「はああああああ!?」
ハインツは女好きだが、ナヴィアは論外らしい。当然、海斗もマルセドニーも恋愛対象として見るつもりは確実なゼロ。今後どうなるか? なんてこともあり得ないだろう。
四人は乗合馬車に向かい、御者席の近くにいたドワーフに言う。
「デラルテ王国の鉱山から来た研修生だ。よろしく頼む」
「おおそうか。娘っ子もいるようだが、区別しねぇぞ」
「構わない。乗っていいか?」
「ああ。好きなところに乗りな」
ドワーフ。
ライトノベルでよく見る設定そのままだ。小学校低学年ほどの身長だが筋骨隆々で、顔は髭もじゃで目付きは鋭い。海斗は手元を見たが、鍛冶仕事で酷使したのか火傷だらけ、傷だらけだった。
海斗たちは荷馬車に乗り込む。
「おお、なかなか広いな」
マルセドニーが言う。
二十畳ほどの広さだろうか。木箱がいくつか積まれているが、基本的には人員を護送するための馬車のようだ。すでに何人か乗りこんでいるようだが。
「おいカイト、端っこ座ろうぜ。へへへ、アイテムボックスに入れた酒あるだろ。出せよ」
「あたし、お菓子~」
「ボクは読書かな。本を」
「…………」
海斗は、無反応だった。
三人は「?」と首を傾げ、海斗が硬直していることに気付く。
そして、海斗の視線の先を追うと……馬車の隅にある木箱に、一人の少女が座っていた。
「…………なんでだよ」
木箱に座っていた少女は、平民の服を着ていたが高貴さが感じられた。
藍色のロングヘアをしており、腰まで伸びている。顔立ちは間違いなく美少女で、長い髪が顔を半分隠していた。
丸腰……だが、まるで刀剣のような鋭さの威圧感があり、誰も近づこうとしない。
「なんか雰囲気ある女だな。おいカイト、お前ああいうの好きなのか?」
「…………」
海斗は、一筋の汗を流す。
そして、思う。
(なんで、こいつがここに……こいつは、こんなところにいていい女じゃない)
海斗の視線を感じたのか、女は海斗を片目だけでチラッと見た。
「……何か用があるなら、こっちに来て直接言うといい」
神秘さすら感じる声だった。
海斗たちは馬車に乗る。ハインツたちは女に近づいた。
「よう、アンタも鉱山行きか? 美人なのに珍しいところ行くんだな。アンタなら、稼ごうと思えばいくらでも稼げるんじゃないか?」
ハインツが、口説くことを決めたのか女の隣に座り、顔を近づけて言う。
だが、妙なことに気付いた。
「……私の目的は、働くことじゃない」
(こいつの目的は違う)
女の藍色の目が、少しだけ赤く輝いたのだ。
そして、ハインツは気付いた。
「……おいおいお前、まさか……『混血人』か?」
「……ああ、そうだ」
女は、偽ることもなく、小さく頷いた。
海斗はもう、正体を看破していた。
(こいつは特殊な混血人。『刀士』のジョブを持つリクトのハーレムメンバー……リクトのハーレム四強の一人、『鬼殺し』イザナミ……な、なんでこいつが、この馬車に乗ってんだ!?)
海斗は動揺を知られないよう、女……イザナミの傍に座った。
「稼ぎが目的じゃないなら、何しに?」
「…………骨」
ドクンと、海斗の心臓が高鳴った。
「大いなる力、狂骨、始まりの魔族……その骨を、見つけに」
イザナミは、海斗を探るような目で見つめ、小さく微笑むのだった。





