クリスティナと
夜……海斗は、腹を押さえて部屋に戻った。
その顔色は非常に悪い。なぜなら、マルセドニーと一緒に食べたナヴィア作のシチューが、あまりにもゲテモノだったからだ。
「うっぷ……さ、最悪すぎる」
というか、ナヴィアもナヴィアで問題だったが……それ以上に問題ったのが、マリアだった。
マリアのレシピは、『最悪』としか思えなかった。
よくわからない食材をブチ込み、適当に煮込んだとしか思えないシチュー……ナヴィアは、マリアの教えた通りに作った。そう、ちゃんと作れたのだ。
そして味見……マリアも、ナヴィアも『おいしい!!』と言ってた。奇しくも、師弟そろって馬鹿舌だったのだ。
マルセドニーは倒れ、海斗はなんとか自室へ戻る。
水をガブ飲みし、ようやく落ち着いた頃、ドアがノックされクリスティナが入って来た。
「カイト、お時間いいですか?」
「あ、ああ……」
「……顔色、悪いですけど。何かありました?」
「いろいろな。なあ、マリアさんって、料理したことあんのか?」
とりあえず適当に質問し、海斗は腹を押さえてため息を吐くのだった。
◇◇◇◇◇◇
海斗が落ち着いたころ、クリスティナは話し出した。
「ドワーフの国……ガストン地底王国への入国手続きは終わりました。その……本当にいいんですか?」
「ああ」
クリスティナは、ずっと疑問に思っていたことを、ようやく口にする。
「カイト、ハインツ、マルセドニー、ナヴィアの四名を、炭鉱夫として、デラルテ王国からの出向……うーん」
海斗から、ずっと指示は受けていた。
最初は、スカラマシュやプルチネッラのことがあり、あまり気にしていなかったが……今、こうして口に出すと、あまりにもおかしな話だった。
「あの~、一応、デラルテ王国にも鉱山はあるし、技術者の育成ってことでガストン地底王国とは繋がりがあります。炭鉱夫としてじゃなく、研修として出向く方が待遇も……」
「それだと、地下に行けないだろ。俺の目的は、ガストン地底王国にある『地底湖』だ。炭鉱夫としてじゃないと、そこまで行けない」
「……そこにあるんですか? 『魔王の骨』でしたっけ……」
「ああ。幸いなことに、その地底湖の水は毒の水でな、ドワーフや炭鉱夫は近づかない封鎖区域になってる。スカピーノがそこを調べろって命令を出すのは、まだずっと先だ。今のうちに、俺たちが先に調べて『魔王の骨』を回収する」
「でも……毒の水なんですよね」
「忘れたか? 俺のジョブ」
海斗はアイテムボックスから魚の骨を取り出し、力を込める。
『骨命』……骨に力を与え、疑似的な命を与える『邪骨士』の基本技だ。
右腕に魔王の骨を取り込んだことで、性能もアップしていた。
「『改造』すれば、さらに力も出せる。毒の水だろうと、すでに骨のコイツなら問題ない」
「はああ……それ、便利ですねえ」
「お前が死んだら、ガイコツとして復活させてやるよ」
「い、嫌です!! ずぇ~ったいに嫌ですからね!!」
海斗は「冗談だよ」と笑い、魚の骨をアイテムボックスに収納した。
クリスティナは言う。
「あの~、炭鉱夫として行くなら、工業区画には入れないと思います。知ってると思いますけど、『十二執政官』序列十一位、『楽師』スカピーノは、工業区画にあるドワーフたちの技術の結晶、『トルトニス・グローム・ヴァナヘイム』から出て来ませんよ?」
「……マジで、本気で、本当に嫌だけど……手はある」
「……すごい嫌そうな顔ですね」
海斗は、本気で嫌そうな顔をして言った。
「リクトのハーレムメンバー……ドワーフの技師、クルルを利用する」
「へ? ……って、誰ですか?」
「まあ、ドワーフの技師を利用するって話だ。そいつは、スカピーノ攻略に必須なんだよ……はああ」
「……なんでそんな嫌そうなんですか?」
「嫌だから」
なぜなら、ドワーフの技師クルルはリクトのハーレムメンバーであるから。
そもそも、海斗は極力、リクトのハーレムメンバーと関わるつもりはない。今は海斗の影であるヨルハも、本来ならリクトのハーレムメンバーだが、原作終盤で仲間になることから、今は利用している。
もし、一度でもリクトと接触したら、ヨルハを捨てる気満々……とは、内緒であった。
「あ~やだ。でも……仕方ないか」
「はあ。あ、出発は三日後です。指示通り、他の炭鉱夫たちと一緒の馬車ですけど」
「構わない。さてさて……執政官二人目。ドワーフの国の解放といきますか」
「はあ……と、そういえば聞いてなかったですけど、魔族の自治区はどうしますか? ドワーフの国にもありますよね」
「どうでもいい。それは、ドワーフの国が考えることだ」
魔族の自治区。
十二の領地内には、それぞれ魔族の自治区がある。
この世界は魔族が最上位種族……領地内にいる種族は、魔族の言うことを聞く義務がある。
ちなみに、人間の領地を支配していたスカラマシュが討伐されたことで、デラルテ王国内にあった魔族の自治区は崩壊した。
別の自治区に散り散りになったようだ。だが、他の執政官が来るなどのことはない。
「まあ、執政官は自分の領地しか頭にない。そこにある『魔王の骨』を回収することが至上の命題みたいなモンだしな……」
「はあ……」
「ま、デラルテ王国はもう心配ない。はず……スカラマシュ、プルチネッラと倒されたことぐらいは執政官も知ってるかもしれないけど……」
「ううう、不安は残るということですね」
「まあ、そうだな」
海斗は、原作では執政官が死んだあとの国は、平和になったとしか知らない。魔族の自治区が崩壊し、他の領内に逃げて生活……最終的に、魔神が倒された後の魔族はがどうなったのか、海斗は詳しく覚えていない。
敵は魔族、そして執政官、ラスボスが『魔神』……これだけを倒せば、それでいい。
「……クリスティナ、何かあったらとにかく死ぬな。序列四位以上の魔族が来ることはないと思うけど……念のためだ」
「どど、どうすればいいんですか」
「……とにかく、こびへつらえ。靴を舐めてでも生きろ」
「…………はあ」
少なくとも、今はまだ……序列三位以上とは戦えない。
「『道化』、『恋人』、『狂医』……こいつらの強さは次元が違う。少なくとも、こざかしい策じゃどうにもならない」
「…………」
「まあ、戦力を整えて、スキルを習得して、強くなれば可能性はある」
そう言って、海斗は思った。
(……俺が、残りの魔王の骨を取り込んで力を得れば、あるいは)
そうするべきなのかもしれない、と……海斗は胸に手を当てるのだった。