新しい日常
プルチネッラ討伐から一週間……海斗は自室で、何枚もの羊皮紙にメモをしていた。
考えていると、ドアがノックされる。
適当に返事をするとドアが開き、珍しいことにハインツが入って来た。
「うっわ、きったねぇ部屋。お前、掃除も出来ねえのかよ」
「……うるせ。なんか用事か?」
振り返ると、ラフな格好をしたハインツだった。
シャツにズボン、ベルトに剣を差したスタイルだ。以前のように着飾り、見栄を張ったような自己顕示欲が消え、どこにでもいる青年のような姿となっている。
プルチネッラ討伐をしたことで自信が付いたのか、ナメ腐ったような態度は消え、今ではジョブを鍛えることが楽しくて仕方がないのか、訓練にも真面目に取り組んでいるという。
人間、変わろうと思えば変われる。たとえそれが物語の序盤で消える『ざまあキャラ』でも……それを自ら証明した『ざまあキャラ』だった。
ハインツは言う。
「よお、今日は訓練休みなんだよ。酒場にでも行かねぇか?」
「…………」
変わろうと思えば変われるが、ここまでとは思わなかった海斗。
まさか、ハインツが海斗を酒に誘うなんて、さすがに想定外だった。
海斗は、驚きを悟られないように言う。
「今、忙しいんだよ。それにお前……準備終わったのか?」
「ああ? ああ、ドワーフの国……なんだっけ、ガストン地底王国だっけ? まあ、準備は終わってるぜ。へへへ」
「ならいい」
「じゃなくてよ、酒だよ酒。それと女だ……へへへ、なあ海斗よお、お前女を知らないんだって? ケケケ、このハインツお兄さんが、ドワーフの国に行く前に『女』を教えてやる。お前も女ぁ抱いて一皮剥けろよ。気持ちいいぜえ?」
「…………」
変わろうと思えば変われる……という言葉を海斗は撤回しようか迷った。
やや下卑た笑みを浮かべ、海斗と肩を組み、拳で脇腹をボスボス叩いてくる。
どうしようか迷っていると、海斗が持っていた資料をハインツは見た。
「なんだ、その資料」
「『十二執政官』序列第十一位、『楽師』スカピーノを討伐するための作戦資料」
「ブッ!? おま、ど、ドワーフの国の執政官を」
「前にも言ったろ。ドワーフの国に行って、大事なモンを回収して、その後は執政官を倒す」
「…………マジかよ」
「何ビビってんだよ。俺らは、すでに序列五位の執政官を倒してんだぞ?」
「いやまあ、そうだけどよ……なんつーか、あん時はジョブが覚醒してハイになってたからあんまりビビらなかったけど、今考えるとあり得ねえよな……序列第五位の執政官に、マジで喧嘩売ったんだぞ」
「で、買った。お前はもうデラルテ王国最強の『聖騎士』として認められたよな」
「お、おお……」
「意外にも謙虚だし、タックマン団長もお前のこと褒めてたぞ。マルセドニーもナヴィアも、人が変わったみたいに訓練してるし。お前も、いくつかスキル覚えたんだろ?」
「そうなんだよ!! 動物に乗ればその動物を強化して操れる『騎乗』の力は知ってるよな? で、新しく覚えたのが『聖なる盾』で、盾構えると盾がすっげえ硬くなるんだよ!! あのタックマンの剣だって弾けるんだぜ!?」
ハインツは海斗から離れ、椅子に座ると楽しそうに喋り出した。
自分の成長を見てほしい子供のように、覚えたスキルを語り出す。
海斗は、資料を置くと、ハインツの話を聞き始めた。
「オレさ、剣よりも突撃槍のが合ってるわ。あと盾。馬に乗って突撃槍構えて突っ込む戦法が一番しっくりくるんだよな。なあカイト、どう思うよ?」
「いいんじゃないか? お前は前衛、マルセドニーが中衛、ナヴィアが回復で、俺は状況に応じてお前らのサポートする。俺も新しいスキルを覚えたし、前衛も中衛も後衛もこなせる」
「ば、万能かよ……」
「まあ、お前らの成長に比べたら微々たるモンだけどな」
「……ケッ」
ハインツはそっぽ向く……が、どこか照れくさそうだった。
そして、誤魔化すように言う。
「とにかく。今日は付き合え」
「……マルセドニーとか、ナヴィアがいるだろ」
「マルセドニーは賭博場、ナヴィアはシスター誘ってスイーツ巡りするってよ」
「……マルセドニーはともかく、シスターってマリアさんだよな? スイーツ巡り?」
「知らねえのか? シスター、今じゃナヴィアのダチみてえなモンだぞ。オシャレしたり、スイーツ食ったり、楽しんでるらしいぜ」
「……変わろうと思えば変われるんだな」
この世界は、ライトノベルの世界だと思っていた。
だが、どんな設定があろうとも、この世界で生きている人は小説のキャラクターではない。感情があり、自分の意思で考え、動いている。
海斗は、自分がどこかでまだ、この世界の人たちを『ライトノベルのキャラクター』と見ていたことを恥じた。
「……とりあえず、メシでも食いに行くか」
「お、いいね。その後は娼館な!! ケケケ、オレが奢ってやる」
「いらねえよ」
「なんでだよ。ああそうかお前……クリスティナ女王とデキてるんだっけか? キシシ、それならそうと言えよ」
「バカかお前は……ったく」
海斗は、ハインツと城下町で食事……娼館に連れて行かれそうになったが、なんとか逃げ出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
海斗は、ギャンブル場から出てきたマルセドニーと偶然出会った。
「あれ、お前……またギャンブルかよ」
「な、なんだ。別にいいだろう。今日は休日だし、ボクが何をしようと関係ない」
眼鏡をクイッと上げ、どこか不機嫌そうに言う。
以前のように、馬鹿みたいに賭けて素寒貧になることはなくなったマルセドニー。少し前に大勝ちしたおかげで借金は全て消え、今は少額を賭けて楽しんでいるようだ。
スリルを求めることがない、ただの趣味……それならば問題がない。
マルセドニーは、チラチラと海斗を見て言う。
「……で、キミはここで何を?」
「ハインツとメシ食ってたんだよ。で、分かれて散歩」
ハインツは娼館へ行った。海斗はそこまで言わないが、マルセドニーは察したのか話題を変える。
「まあいい。ところで、そろそろ次の任務だったな。確か、ガストン地底帝国」
「あれれ~? なになに、辛気臭い男二人で何してんの~?」
と、買い物袋を大量に持っていたナヴィアが割り込んできた。
そして、有無を言わさず袋を海斗とマルセドニーに押し付ける。
袋の中身は服や化粧品、そして意外なことに食材もあった。
「なんだ、これ」
「あ、見ないでよエッチ。下着とかも入ってるんだから~」
「んなもんどうだっていい。食材? お前、まさか料理でもすんのか?」
「べ、別にいいでしょうが!! マリアが『料理くらいできるようになれ』ってウザいんだもん。先に帰って準備してるから、これから帰んないといけないのよ。荷物持ちしてよね」
料理。
ナヴィアも変わった。スキルを順調に習得し、生活態度も少しずつ改めている。
マリアは教育係という立場だが、年の離れた姉のような、そんな関係にも見えた。
マルセドニーは、心底嫌そうな顔で言う。
「はっ……キミが料理ね。どんなゲテモノが出てくるのやら」
「あああ? んだてめえ、ブッ殺されたいの~?」
「フン。正直に言ったまでさ」
ハインツもだが、ナヴィアが誰かとくっついて恋愛することはないと海斗は思った。そもそもざまあキャラであり、死ぬ未来しかなかった二人。
だが……変わった。
ハインツも、ナヴィアも、マルセドニーも。この世界に生き、変わっている。
今は、二人でギャアギャア言い合っているが、本来ならこんなシーンはあり得なかった。
「もういい。キミと話しても無駄だね。カイト……さっきの話の続きだが」
「ん、ああ。ガストン地底王国に行く。そこで『魔王の骨』を回収して、執政官序列十一位『楽師』スカピーノの討伐もするぞ」
「あまり確認したくないが……勝ち目はあるのか? 以前の五位よりは弱いのだろうが」
「ふふ~ん!! なになにあんた、ビビッてんの?」
「バカを言うな。ボクは慎重なだけだ。キミやハインツのように、調子に乗って自滅……なんてしたくないからね」
「あああ? いつ、だれが自滅したって?」
また喧嘩になりそうだったので、海斗は言う。
「スカピーノは策にハメれば勝てる。でも、策にハメられなかったら真正面からぶつかることになるな」
「「…………え」」
「まあ、お前らがちゃんと動けば問題ない。ククク……期待してるぜ、救世主のお仲間さんたち」
「「…………」」
マルセドニー、ナヴィアは無言で顔を見合わせた。
こういう笑い方をするカイトは、きっとろくなことを考えていない……と、二人は同じことを考えていた。