30、閑話②/決められたストーリー
リクト、トトネ、エステルの三人は、妖精族の里へ向かっていた。
旅は順調だが、相変わらずリクトの『勇者』は全く覚醒しない。スキルも覚えず、道中に現れる魔獣は全てエステルとトトネだより。
情けないと思いつつ、リクトは歩きながらため息を吐く。
「なんだ、辛気臭い」
「あ~……だってさあ、オレ、ぜんぜんダメダメで、未だにスキルの一つも覚えないし……」
がっくり項垂れると、トトネがリクトの肩をポンポン叩く。
「気にしなくていい。リクトはわたしが守るから」
「トトネぇ……でもさ、オレも男だし、守るより守りたいというか」
「ふん。だったら、ジョブ能力に頼らずに鍛えるのみ!! リクト、今夜も稽古をつけてやるぞ!!」
「お、おお……エステル、お手柔らかに」
トトネも、エステルも、リクトを守ることに対して文句の一つもなかった。
リクトは優しく、真っすぐで、困った人を放っておけないお人好し。そんなところが二人は気に入っており……守りたくなるのと同時に、傍にいたいと思っている。
ただ、リクトは鈍感なので、二人の気持ちに気付かない。
すると、トトネがエステルにススーっと近づいた。
「ねえエステル……今夜も特訓って言ったよね」
「ん? ああ、言ったが……あ、お前の勉強の番だったか?」
「ちがう。あのさ、リクトのこと好きなら……手、出してもいいよ」
「ファッ!?」
変な声が出たエステル。真っ赤になり後ずさる。
するとリクトが「どうした?」と振り返ったが、「なんでもない!!」と誤魔化した。
エステルは、トトネに顔を近づけて言う。
「て、手を出すとはどういうことだ?」
「既成事実。リクト、不器用だし、わたしやエステルのどっちかを選べなんて言っても選べない。だったらみんな愛してもらう」
「なななな……」
「リクト……執行官を全部倒して、世界が平和になったら、この世界からいなくなっちゃうんだよね。それ、わたしすっごく嫌だ」
「……トトネ」
それは、エステルも同じだった。
異世界より来たりし『救世主』リクト。世界を救ったあとはきっと、自分のいた世界に帰る。
それがきっと普通であり、当たり前のこと。
「……だ、だからといって、手を出す出さないというのは」
「いくじなし。だったら、わたしが最初」
「まま、待った。いいか、物事には順序というものがだな」
と、エステルが説教をしようとした時だった。
「……ん? お、おいおい、ちょっと二人とも、こっち来てくれ!!」
「「?」」
慌てたリクトの声。
二人が顔を向けると、リクトが近くの藪にしゃがみ込んでいた。
近付いて見ると……エステルはハッとして口を押さえ、トトネは目を細めた。
「ひっでえ怪我してる。この子……背中に翼? もしかして翼人ってやつか? 手当しないと!!」
それは、プルチネッラの忠実な僕であり、海斗たちに人間に負けた、元翼人……現在は、魔族のネヴァンだった。
◇◇◇◇◇◇
ネヴァンの怪我がひどく、動かすことが困難だったので、このまま野営することにした。
トトネのジョブ『精霊魔法』には癒しの魔法もあり、完全ではないがネヴァンの怪我を癒すことができた……が、トトネは気付いていた。
「リクト、この子……翼人だけど違うよ。心臓に魔族の『核』が移植されてる」
「は? じゃあ……この子、魔族ってことか?」
「うん。わたし、魔力には敏感だからなんとなくわかる……この子の魔力、魔族のと同じ。心臓のあたりから濃い魔力を感じるから、たぶん間違ってない」
「マジか……」
「……魔族によって改造された子か。リクト、どうするつもりだ?」
エステルが言うが、リクトは迷わなかった。
「決まってんだろ。こんな怪我した子、放っておけるかよ」
「「…………」」
トトネ、エステルは顔を見合わせ、困ったようにほほ笑んだ。
そう、これがリクトなのだ。
善人で、困った人を放っておけない、優しい心の持ち主。たとえそれが敵でも、手を差し伸べることに迷いはない。
すると、ネヴァンが目を開けた。
「……ぅ」
「おお、大丈夫か? 無理に動かなくていいぜ。なんか食うか?」
「……オマエ、は」
ネヴァンはハッとなり翼を広げようとしたが、激痛が走って顔をしかめた。
トトネが言う。
「瀕死だったの。大きい傷は何とか塞げたけど、それ以外は魔力が足りなくて治せなかった。しばらくは安静にした方がいいよ」
「……ぷ、プルチネッラ様、は」
「は? 誰だそれ?」
リクトが首を傾げた。だが、エステルは目を見開く。
その名前は、忘れるはずもない。
人類の敵である魔族、十二執行官序列五位『鷲鼻』のプルチネッラ。
エステルは立ち上がり、剣を抜く。
「貴様、まさか……執行官の部下か」
「……人間。オマエ、あの騎士たちと関係あるのか? アタシをこんなに傷付けた、あの騎士……そして、アイツの」
ネヴァンの頭に浮かんだのは、海斗……卑怯で、下劣な手段を用いることしかできない、最悪の人間の顔だった。
だが、ネヴァンはすぐに力が抜けたように倒れてしまう。
「ぅ……」
「エステルやめろ。おいお前、大丈夫か? しっかり寝て休んでおけって」
「…………」
ネヴァンはそのまま気を失った。
リクトとトトネは、エステルと話をすることにした。
「エステル。執行官って、オレらの敵だよな。こいつ、その部下ってことか?」
「ああ。今、こいつはプルチネッラと言った……序列五位、『鷲鼻』のプルチネッラだ」
「序列五位って……強いのか?」
「現在、我々が向かっている妖精族の領地を管理しているのは、序列十位の執行官だ」
「マジかよ……じゃあ、二倍強いってことか?」
「厳密には違うが……まあ、そういう解釈でいい。とにかく、人間の国に、執行官序列五位が……? どういうことなんだ」
「まあ、大丈夫だろ。あっちにはカイトもいるし……わからんけど」
リクトはケラケラ笑い、ネヴァンを見た。
「とりあえず、この子も連れて行くしかねぇな。怪我が治るまで面倒は見るぜ」
トトネは、一抹の不安を感じたが、何かを言うことはしなかった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
リクトはネヴァンを背負い、エステルとトトネに魔獣を任せ、歩き出した。
「悪いな、オレの背中で我慢してくれ」
「…………」
「オレら、エルフの国に行くんだけど、一緒に行くか? その……執行官のところに戻るなら、途中まで案内してやってもいいぜ」
「…………もう、いい」
「え?」
ネヴァンは、諦めたように言う。
「アタシは二度も負けた。だからもう、主のところには戻れない……」
「だったら、オレらと行くか?」
「……え?」
「行くところないなら、オレらと行こうぜ。冒険とかしたことあるか? きっと楽しいぜ」
「……冒険」
ネヴァンは、考えてもいなかった。
冒険。リクトは、ネヴァンを冒険に誘っている。
これまで、戦うこと、恩を返すことばかり考えていた。自分のことなどお構いなしに。
「それにしても、お前の翼すっげえ綺麗だな。真っ黒で……夜の色だな」
「……え?」
「ん? なんかおかしなこと、言ったか?」
「……き、綺麗? バカな、こんな黒い翼、翼人たちにも馬鹿にされて」
「じゃあそいつら、見る眼ないだけだろ。オレはすっげえ綺麗だと思うぜ」
そう言われ、ネヴァンは耳まで赤くなり、リクトの背中に顔を埋めた。
リクトとしては、胸が背中に押し付けられて気持ちいいのだが、絶対に言うことはない。
そんな二人を、エステルとトトネはじーっと見ていた。
「……トトネ。なんだか嫌な予感がするのだが」
「奇遇ですね。わたしも同感です」
こうして、リクトの旅にネヴァンが加わるのだった。
そして……それは、突如として現れた。
トトネたちも自己紹介をし、四人で歩き出した時だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、ッハハハハ!! 見つけた、ネヴァンんんん!!」
現れたのは……ボロボロのカラスだった。
人型のカラスと言えばいいのか、背中の翼は折れ曲がり、全身に亀裂が入り、右腕が砂のようにサラサラと砕け始めていた。
エステルは言う。
「ま、魔族……? だが、どう見ても……」
「死にかけですね。ずいぶんとひどいダメージ……恐らく、すぐに死にます」
身構える二人。
だが、ネヴァンが止めた。
「待ってくれ!! このお方は、アタシの主……プルチネッラ様なんだ」
リクトの背中から降り、ネヴァンは言う。
「主。負けたのですか……あの、人間に」
「クソクソクソおおおお!! あの人間、人間のくせに、なんて美しい腕を……あああ、忌々しい!!」
意味不明だった。
そして、プルチネッラはネヴァンに手を差し出す。
「ネヴァン!! お前の心臓を寄越せ!! 完全治癒はもはや不可能……だが、お前の心臓とワタシの心臓を融合させ、僅かだが寿命を延ばせる。それで、あの人間を殺し、魔王の右腕を……」
「主……」
もう、プルチネッラは支離滅裂な言葉しか吐かなかった。
そして、ネヴァンの胸にプルチネッラが手を伸ばそうとした瞬間、リクトが割り込んでプルチネッラを蹴り飛ばす。
「おい!! お前……この子を殺すつもりかよ」
「なんだ貴様、人間の分際で、このワタシを足蹴にいいいいいい!!」
「ネヴァン、いいのかよ。お前、こいつのために命差し出すつもりか?」
「…………」
ネヴァンは首を振り、プルチネッラに言う。
「主。あなたには感謝しています。アタシに生きる意味をくれた。この醜い翼を綺麗だと言ってくれた……でもアタシ、あなたのために死ぬことは、できません」
「何……」
「やりたいことが、できました……どうか、お許しを」
すると、プルチネッラの翼が広がり、魔力が溢れ出す。
残りの命全てが燃えているようだった。
「ふざけるなああああああ!! この、ワタシが、十二執行官序列五位『鷲鼻』のプルチネッラが、こんなああああああ!!」
ネヴァンを引き裂こうと、プルチネッラが襲い掛かった瞬間。
「いい加減にしろテメエえええええ!!」
リクトの蹴りが、プルチネッラの胸に突き刺さり、吹き飛ばした。
エステル、トトネも前に出て戦闘態勢を整える、が。
「テメェの相手はオレだ!! オレは……この子を守る!!」
「……リクト」
「やりたいことが見つかったんだよな? だったら、生きろ!! そのためならオレは、どんなことだってしてやるし、お前を応援する!! それくらいやらねぇと『勇者』じゃねえもんな!!」
ネヴァンは頷く。
エステルも、トトネも頷く。
そして、リクトから有り得ない量の魔力が溢れ出し、力となる。
「十二執行官序列五位だったか。悪いな、お前の物語は、ここで終わりだ!!」
ジョブ能力『勇者』、スキル『鼓舞』。
リクトの莫大な魔力が、エステルとトトネを包み込み、全てのスキルを一段階進化させる。
まず、エステルが走り出す。
「騎士として、守るべき者のために!!」
ジョブ能力『騎士』……スキル『疾風斬』。
リクトの『鼓舞』を受け、疾風斬は『閃光斬』へ進化、光速の連撃がプルチネッラを刻む。
「ぐああああああああああ!!」
「では、わたしも」
ジョブ能力『精霊魔法』……スキル『樹の根』
リクトの『鼓舞』を受け、樹の根は『樹木の槍』へ進化、地面から飛び出した根が、プルチネッラを串刺しにした。
そしてリクトは走り出し、拳を握る。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
「そんな、馬鹿な、この、ワタシが、滅び……」
ジョブ能力『勇者』……スキル『勇者の剣』が覚醒。
リクトの手に握られた聖なる剣が、プルチネッラを両断した。
プルチネッラは完全に消滅。ネヴァンは涙を流し、静かに呟いた。
「……さようなら、主」
◇◇◇◇◇◇
リクトは、自分の手にある『勇者の剣』をマジマジ見てはニヤニヤしていた。
「覚醒!! いや~、ついにオレも『勇者』だぜ!!」
「……すごい力を感じました。エステル、気付きました?」
「ああ。私のスキルが進化した。勇者のスキルに、仲間の技を進化させる技があるとは」
「つまり、仲間を増やせば増やすほど、リクトは強くなれるんですね」
「いいねいいね。なんか主人公っぽいぜ!! なあ、ネヴァン!!」
「……そうだな」
ネヴァンは、一度目を閉じ……再び開けた。
プルチネッラへの気持ちに整理をつけたのか、リクトに言う。
「リクト。改めて、お前の仲間にしてほしい。半魔族、そして半翼人と半端な存在だが……」
「気にすんなって。なあ、二人とも」
「ええ、気にしないでください」
「そうだ。お前は、お前なのだからな」
「……ありがとう」
こうして、リクトも『勇者』として覚醒した。
海斗はこのことをまだ知らない。ネヴァンが仲間になったことも、ハーレム化が進んでいることも……すべては、ストーリー通りに進んでいた。